仲直りのダンスだよ
本日二回目の更新です。読む順番にお気を付けください。
とりあえず生徒が集まってキャンプファイヤーしている場所で話すのもなんなので、移動する事にした。
避難場所として開放されている本校舎に入り空き部屋を探すが、なかなか重要な話を話せそうな場所が無かったため、広い半円形のバルコニーにある空中庭園に出る。
流石にこんな時間に空中庭園を見に来る生徒はおらず、職員を含め誰も居なかったので場所をここに決め、ウルシュ君と二人でバルコニーの手すりを握って、燃えている職員棟を見下ろす。
「それで・・・私に七大罪の魔眼を植え付けて、人工的に魔王を創り出そうとした人っていうのは、一体誰なの? 」
確か、あの時ウルシュ君は『私も知っている人物で、ウルシュ君が大っ嫌いな男で、二度と会う事は無い人』と言っていた筈だ。
いまだに思い当たる人物がいないので、気になっていた。
「イザベラが僕の作業場に遊びに来て、ゴリラって言う生き物の真似した日の事は覚えてる? 」
「忘れて。アレは忘れて」
今考えると、好きな男の子の前でアレは無かった。恥だ、黒歴史だ、一刻も早く忘れてくれウルシュ君。
だけどウルシュ君は無情にも首を横に振って拒否した。
「駄目だよ。僕はイザベラと過ごす大切な日々の思い出は、イザベラの頼みであっても何一つとして忘れないよ。イザベラ自身と、イザベラと過ごす一分一秒は僕の宝物なんだから、無くさないし誰にも渡さない。それが例えもう一人の自分自身だとしても」
もう一人の自分自身? 何だろうソレ?
もしかしてウルシュ君はまだ、私が前世プレイしていた『ラブ☆マジカル』のゲームキャラクターであるウルシュ君にライバル意識を燃やしているのだろうか。
でも私はすでに、ゲームのサブキャラだったウルシュ君よりも、今現実に目の前に居るウルシュ君の方が好きなんだから、心配しなくても良いのになぁ。
そう言えば日中に、ゲームウルシュ君の創った衣装を着ていた事で嫉妬されたな。
まぁ、ある意味そのおかげでウルシュ君の脱ぎたてホヤホヤのツナギをGET出来たから、得しかしてないけど。
ちなみにこのツナギを返すつもりは無い。
婚約者の作業着を借りパクするつもりの私、悪役令嬢十四歳です。だけどその代わりに新しいツナギを後日プレゼントするよ。名前の刺繍も入れよう。私の刺繍の腕前は可も無く不可も無くで面白味が全く無いけど、ウルシュ君なら笑って許してくれるだろう。
私がそんな事を考えている間にも、ウルシュ君は話を続ける。
「あの日初めて僕は、イザベラのステータスを《強欲王の眼》で鑑定したんだけど、その時、鑑定結果に今まで経験した事が無い現象が起きたんだ」
「経験した事ない現象? 」
「そう、あの日イザベラのステータスの鑑定結果の上に、僕に宛てたメッセージが乗っていたんだ」
「うん? 」
え、意味が分からない。
なんて? 鑑定して出て来たステータス表示の上に、ウルシュ君宛てのメッセージが乗ってる?
実体の無いステータス表示の上に、どうやってメッセージを乗せるの?
って言うか、なんでウルシュ君宛て? ウルシュ君があの日に私を鑑定する事を知っていた誰かが乗せたの? いや、そんな筈は無い。アレは予定された行動じゃ無かった筈だ。
待て待て待て。その前に他人のステータスの上に、誰か宛てのメッセージを乗せておくと言う離れ技をやってのけた人物がヤバイ。
もしかしてそいつが魔王なんじゃないかって言うレベルの超絶技巧すぎて、理解が追い付かない。
「えっと・・・。良く分からないんだけど、それはつまり私は、知らない間に伝書鳩にされていたって事かな? 一体いつの間に? 」
なんだそれ。軽く腹も立つし、意味分からなすぎて怖い。
「一体いつか、と聞かれると、イザベラが転生する前。イザベラがまだ『ニホンジン』の女性だった時に、《七大罪スキル》と一緒にメッセージも持たされたんだ」
「んーーーーあーーー。なんだったけ? 確か、来世、つまり今の世界から世界線と時間を越えて、前世の私にスキルを埋め込んだ人が、一緒にメッセージも乗せたって・・・いう事? 」
なにそれ本気で怖い。
私で人工魔王を創ろうとしたヤバイ人からのメッセージって事でしょ? そんな物を理解不能な配達方法で、しかも名指しで送られたら、困惑するし説明が難しいな。
「そうだよ。そのメッセージにイザベラへ《七大罪スキル》を埋め込んだ事と、そのスキルを全て進化させると『魔王』が出来上がる。と、彼が思っている事が書かれていてね、そのスキルを進化させる作業を僕に任せる事が書かれていたんだ。でも、彼にも誤算があったみたいでね、確かに『僕』宛ではあったんだけど、それは『魔術学院に通っている僕』に対するメッセージだったんだ」
なんて事だ・・・。配達指定日時を大幅に間違って届いたとはいえ、急に名指しでそんな無茶な作業を任される事になった六歳児の少年が受けるであろう衝撃は計り知れない。
普通の六歳児が魔王創りを任されたら、荷が重すぎて途方に暮れるぞ。それ以前にメッセージの内容がサッパリ理解できないかもしれないけど。
ウルシュ君だったから内容を理解したうえで、私に気付かせずにやり過ごし、今日まで黙っていられたわけだが。
・・・・どう考えても当時六歳のウルシュ君、スペック高すぎだろ。
「で、そのぶっ飛んだ男は一体何者なの? 私の知っている人とは言われたけど、私の知る限り、そんな壊れた性能を持った人物に、思い当たるふしがないんだけど・・・」
私が知る中で一番のチートだと思えるのはウルシュ君だけど、そのウルシュ君よりも遥かに違う次元に居る気がするよね。
一体どこの誰が、知人の前世に干渉してスキルを埋め込むついでにメッセージを挿むんだよ。
「・・・僕だよ。他の世界線で、イザベラと出会わずに成長した僕がそれをしたんだ」
「あぁ! それなら納得」
OK、理解した。
確かにウルシュ君以外に、そんな事を可能にしそうな人物は他に居ないわ。
うんうん、と頷く私をウルシュ君は首をかしげて眺める。
「イザベラ? 怒らないの? 」
「え? なんで? 」
「だって、並行世界線上の僕がイザベラを実験体にして、魔王を創り出そうとしたんだよ? 」
「うん、それは今聞いたよ」
「僕に対して怒らないの? 僕を嫌わない? 」
「え? うん? なんでウルシュ君を嫌うの? ウルシュ君がした事じゃ無いじゃん」
「僕だよ」
違うよ、ウルシュ君だけどウルシュ君じゃ無いよ。これ、ウルシュ君に一体どうやって説明したらいいんだろう?
そもそもウルシュ君は日中、自分とゲームウルシュは違う男だと言っていたじゃないか。発言が日中と相反してるよ。
これはアレか。凄い事、凄い物を創ったゲームウルシュは自分と違う男で、悪い事をしたゲームウルシュは自分と同じって感じで、マイナス面だけ背負っている感じ?
いや、そこはマイナス面も他人がやった事だと切り捨てちゃいなよっ!!
実際この世界のウルシュ君は、何もやっていないじゃん!!
許すまじ並行世界のウルシュ・スネイブル!! お前のやらかしで、私の婚約者が変な罪悪感と負い目を感じて自己評価が低くなってるじゃないか!!
「えっと、やっぱりウルシュ君がした事じゃ無いよ。うまい例えが見つからないんだけど、例えば一卵性の双子の兄弟が居たとして、明らかに”双子の兄の方”が悪い事をしたって分かっている状況で、”双子の弟の方”が『僕と兄は同じだから、僕がやったも同然だ。だから謝罪に来ました。申し訳ありません』って謝って来たとしても『いやいや、お前じゃねぇよ。やった兄本人が謝罪に来いよ』ってなるでしょ? それが例え同じ遺伝子・・・って言っても分からないか。えっと、同じ血が流れた同じ姿をした人物だとしても違う人なんだよ!! 」
「でも、双子の兄弟は魂まで一緒じゃないよね。僕とそのウルシュ・スネイブルは並行世界線上の同じ人間で・・・」
「えぇいっ!! もう、面倒くさいなぁ!! だったら今すぐ歯を食いしばれぇい!! 」
「え? 」
私の言葉にポカンとしたウルシュ君の頬へめがけて、思いっきり手加減した平手打ちを喰らわす。
燃える職員棟からの明かりで照らされる空中庭園に、『ばちーん』と音が響いた。
ウルシュ君は私に打たれた頬に手を当て、相変わらずポカンとしている。
そして、私はと言うと・・・・。凄まじい速さで早鐘を打つ心臓を抱えて、冷や汗を流していた。
よ、よよよよよかったぁぁぁぁぁぁぁ!! なんとか上手く手加減が出来たっ!!
私の平手打ちで、ウルシュ君の頭と身体が永遠の別れにならなくて、本当に良かったぁぁ!!
内心バックバクだけど、そのまま勢いに任せて言い放つ。
「今の平手打ちで全部チャラだよっ!! ぶっちゃけウルシュ君は全然悪くないと思っているけど、ウルシュ君の気が収まらないんだったら、今のが罰ね。はい、この件は一件落着!! 終了!! 」
「えっ? えっ? 」
「『えっ?』じゃないっ!! 終了なのっ!! はい、他に言っておくべき事はある? 」
「え・・・あ、うん? う・・・うん、そのメッセージで、並行世界の僕は『大賢者』って名乗っていたんだぁ」
え、ちょっ、おまっ!!
「だ、『大賢者』はお前かぁーーーーーっ!! 」
「え、えっとぉ、僕自身はまだ『賢者』スキルしか持ってないけどぉ・・・。それは、うん」
それを聞いた瞬間、私はウルシュ君にタックルして抱きしめる。
「うわっイザベ・・・グフッ・・・!! 」
「はい、確保ーーっ!! 『大賢者』確保ーーっ!! 生け捕り成功っ!! 」
マリエタと考えていた『大賢者生け捕りクエスト』を達成した瞬間、軽快な音楽が流れだした。
一瞬クエスト達成メロディかと思いきや、どうやらキャンプファイヤーの周りでダンスが始まったようだ。
「よし、ウルシュ君。私達も踊りに行こう。仲直りのダンスだよ」
そのままウルシュ君を抱きしめたまま、引きずるようにして燃え盛る職員棟へと戻る。
ウルシュ君は階段を降りる時に段差に足がぶつかって痛かったのか、途中で両足を浮かせて私にぶら下がっていた。
その姿がおかしくて笑うと、ウルシュ君もつられて笑い出した。
二人で笑いあいながらダンスの輪に加わると、お互いの左腕を組んでグルグルと回転しながら跳ね回る。
ちなみにこの世界には、ワルツやタンゴのように向かいあってホールドするダンスは無い。
多分、これは私の予想なんだけど、両腕を塞いだ状況でお互いの背中を他人に晒すのは無防備だと考える脳筋的な風土が影響していると思う。
その結果が、酒場で荒くれ者共がジョッキ片手に踊るようなこのダンスだ。正直、色気は何も無い。
でも、ダンスは楽しい時や元気を出すべき時に、馬鹿騒ぎしながらする物だと言う文化は結構好きだ。
ウルシュ君と笑いながら、グルグルと飛び跳ねる。
大丈夫。私達はやっていける。
魔王が何なのかも、大賢者が何を考えていたのかも、まだ全然分からないけど、私達は笑い合いながら、信頼し合いながらやっていける。
これにて3章が終了です。次から4章が始まります。