人目が無いとはいえですね・・・。
ルイス・ハント先輩は本当にあの状態で大丈夫なのか、千里眼でズームして確認する。
ルイス・ハント先輩の目が死んでる。と言うか表情が死んでる。
あれ絶対に合意のもと操縦席に乗ったわけじゃ無さそう。見た感じ、ハント先輩は完全に現実逃避している。頑張って、逃げちゃ駄目だ。
幼少期のクリス様より遥かに虚ろなハント先輩は、ゴーレムの頭部に詰め込まれたまま魔法科の学科棟へと移動して行った。
どうやら手分けして学科棟の解体をする様だ。
聖魔法科は私。錬金術科はゴーレム。魔法科はハントinゴーレム。残るは魔法戦士科と魔術師科なんだけど、私やゴーレムの対処方法を見た誰かが対応してくれるだろう。
きっと解体作業なら魔法戦士科と魔術師科は得意なはずだ。
そう考えて聖魔法科の作業を再開していると、赤い飛竜に乗った竜騎士が燃え盛る魔法戦士科の学科棟に、次々と突っ込んで行く姿が見えた。
赤い飛竜と言う事は炎属性の飛竜かな? 竜騎士はシールド張れるだろうから無事だろう。
残りは魔術師科だな、と考えていると、魔術師科の学科棟の方から金色の閃光が走り、次の瞬間学科棟が吹き飛んだ。
あぁ・・・アレは爆撃狂、いや、今は『爆滅妃』って呼ばれているアリスちゃんの仕業だな。
アリスちゃんの称号は爆撃狂のままだし、まだクリス様と結婚してないけど、彼女は周囲から『爆滅妃』と呼ばれる様になった。
クリス様がスキルの常時発動による神経衰弱から回復した事で、一時期に婚約者希望の令嬢が増えたんだよね。
呪いが解かれたなら、婚約者の家に大きな権力が無くても大丈夫だろうと、『是非ウチの娘を婚約者に』と言ってくる家が沢山わいて出たんだ。
王様も王妃もその時には、アリスちゃんをクリス様の婚約者にしようと思っていたんだけど、周囲がうるさかった。
そこで王妃が、『クリストファーよりも弱い娘は(クリス様が読心出来ちゃうので)婚約者とは認めん。我こそはクリストファーの妻に相応しいと言う者は、その武勇を持って我らを納得させよ』とか言い出したもんだから、アリスちゃんの心に火が点いた。
その結果、爆撃魔法でクリス様は言うまでも無く、他の婚約者候補達を蹴散らし、なおかつ中規模ダンジョンを単身踏破して、最下層ボスの討伐証明を王家に献上してみせたアリスちゃんが、婚約者として確定したのだった。
それからというもの、アリスちゃんの前に立ち塞がる恋敵は全て爆撃によって滅される。彼女こそ第二王子の不動の婚約者であり、第二王子妃として約束された令嬢。だとして『爆滅妃』と恐れと敬意を込めて呼ばれる様になった。
多分この国にはもう、アリスちゃんを倒せる(クリス様に)恋する乙女はいないと思う。
アリスちゃんとクリス様は魔法戦士科に行くって言っていたけど、魔法戦士科の消火活動は竜騎士候補に任せて、魔術師科の消火に回ってくれたんだね。
ただ、あの学科棟の吹き飛び方を見るに、周囲と地下は大丈夫か? まぁ良いや。向こうは向こうで何とかするだろう。
なんだかんだとよそ見をしながらも、聖魔法科の学科棟を解体し終わった私は、瓦礫を広場へとどかしながら地下への出入り口を探す。
消えにくい特殊な炎と言えども、燃やす物が小さくなった事でだいぶ下火になり、周囲の野次馬でも瓦礫に残る炎をなんとか消火出来る様に成っていた。
地下の出入り口の捜索をしていると、観客達が近寄って来てねぎらいの言葉と、後は私達が変わりましょうと瓦礫の処理を引き受けてくれた。
正直ウルシュ君の事が心配だったので、その言葉に甘えて聖魔法科を後にする。
マリエタを探さなければとか、ベラを任せたバーバラに合流しなくてはとか、色々考えが浮かぶけど、今日はもうなんか疲れた。とにかくウルシュ君に会って癒されたい。
そう考えてゴーレムによる解体が進む錬金術科の学科棟へと、足を進める。
どうやら転移装置で地下から出て来たゴーレム製作チームが、ゴーレムの動作チェックをしているようで、錬金術科の茶色のローブに身を包んだ生徒が、集まって記録を取っていた。
その集団の中に、グレーのツナギを着た薄茶色のモフモフ頭のウルシュ君の姿を見つける。
ふおぉぉぉっ!! ウルシュ君がツナギを着ているっ!! なんかいかにもエンジニアっぽくてカッコイイ!!
テンションを上げた私はウルシュ君に駆け寄って行く。
「ウルシュくーーーんっ!! わーい、ウルシュ君!! こっちは終わったよ! 」
私のその声に笑顔で振り返ったウルシュ君は、笑顔のまま一瞬硬直すると、今まで見た事のない様な俊敏な動きでこちらに向かってきた。
けして走ってはいないんだけど、綺麗な姿勢で歩きつつ、それでもビックリするくらいのスピードでやって来たウルシュ君は、しかし私の前で止まらず、流れる様な動きで私を片腕で抱えると、そのまま移動して行く。
「ウルシュ君こっちは消火活動終わったよ。ウルシュ君もゴーレム製作お疲れ様」
声をかけるが返答が無い。どうしたんだろう? と様子をうかがうと、そこには能面の様に薄ら笑みを貼り着けたウルシュ君の表情があった。
・・・やべぇ。なんかウルシュ君が怖い。
いつもみたいに黒いオーラが滲んで来ている感じでは無いんだけど、その張り付けた笑みが怖い。
あ、もしかしてコレが世に言う『暗黒微笑』とか言うやつか? いや、でも黒いオーラは出て無いし。
そんな事を考えていると、人気のない大きな温室の裏にまでやって来た様で、私はそこにそっと降ろされた。
「え~と。どうしたの? ウルシュ君」
「どうしたのぉ? ってそれは僕が言いたいんだけどねぇ? ねぇ、どうしたのぉ? その恰好」
ウルシュ君に指摘されて、私は自分の恰好を思い出す。
ふぉぉぉぉぉ!! 腹筋出したままだったぁーーーー!! なんてこったい!!
「うわぁっ!! ウルシュ君待った!! お腹は駄目だ!! お腹は見ちゃ駄目だ!! 」
「なんで見ちゃ駄目なのぉ? いつからその恰好で居たのかは知らないけどぉ、他の人には見せていたんだよねぇ? 」
「腹筋が有るからっ!! 見ちゃ駄目なんだよウルシュ君!! 」
両手で腹筋を隠そうとするも、ウルシュ君に両手首を掴まれて持ち上げられる。
全力で抵抗すれば振りほどけなくは無いんだけど、それをすると後が怖い気がして振りほどけない。
少しでもウルシュ君から腹筋を隠そうと、身体を捻じるが無駄な抵抗感が強い。
「他の人は見て良くて、婚約者の僕が見たらいけないのはおかしいよねぇ? で、なんでそんな恰好しているのぉ? それザハール王国の民族衣装だよねぇ? なんでイザベラがザハール王国の民族衣装を着ているのぉ? 」
理由を話すまで開放されないだろうと考え、ウルシュ君との通話を終えた後からの行動を、正直に説明する事にした。
話し始めるとウルシュ君が両手を解放してくれたが、腹筋を隠すと怒られそうで、行き場のない両手を落ち着き無く彷徨わせながらの説明となった。
だけど何故だろう? 正直に話せば話すほどにウルシュ君の表情が怖くなって行くのは・・・。
確かに私はザハール人じゃないけども、似たような露出度のロゼリアル王国人、例えば魔術師のお姉様方とか冒険者とか女騎士とか街中でよく見かけるし、水着姿で日向ぼっこしている人とかも公園や広場で見るし、なんら珍しい恰好でも無い。
ウルシュ君が怒っている原因が分からず、だけど聞ける勇気も無く黙って見上げていると、ウルシュ君はゆっくりと口を開いた。
「とりあえず、その衣装を今すぐ脱いでくれるぅ? 」
は?
・・・・・え~と?
今すぐこの衣装を・・・・・・・脱げと?
「え、いや、その・・・」
「なんで悩むの? 脱げないの? 」
いやいやいや。ウルシュ君、いや、ウルシュ様。流石に無茶やで。
「え~と、その、人目が無いとはいえですね・・・。その野外で全裸になるのには抵抗感が・・・」
「え? 」
「え? 」
いやいやいや・・・。『え? 』って何だウルシュ様。四の五の言わずに脱げって言う圧力か、そうなのか?
くっ!! ここは・・・よし。女は度胸だっ!!
気合を入れてビキニみたいな衣装に手をかけた所で、焦ったウルシュ君から止められる。
「ちちち違うからぁっ!! そうじゃないからっ!! 脱いでってそう言う意味じゃないからっ!! 」
え? 違うの? じゃあどういう意味だ。
意味が分からず、ウルシュ君を見上げると、ウルシュ君は両手で顔を覆っていた。
でも、肝心な目の部分に指の隙間が出来てるよ、ウルシュ君。
目が開いてるか閉じているか判断付かないけど、絶対それ見えてるよね。
「全裸になって欲しいんじゃ無くて、その衣装を脱いで欲しいの!! 」
え? いや・・・、だから衣装を脱いだら、全裸やで私。
「あぁーーーもうっ!! イザベラは【クローゼット】から直接装備を変えられるでしょ!! その色気過剰な衣装から変更してくれれば良いんだよぉ!! 」
あ、そういう意味か。ようやく納得したわ。
そうだよね、流石に野外で全裸になれとは言わないよね。




