信じてくれるって信じているから。
「大変!!マリーを見失ったわ!!」
慌てる私に対して、ウルシュ君は不思議そうに首を傾げた。
「大丈夫じゃない?だって、あの人は僕の家に手紙を届けに来るんでしょ?そのうち気付いて、戻ってくると思うんだけどなぁ。」
確かに。
だけどマリーちゃんの様子を見るに、無事に辿りつけるか心配なのだ。
上の空で歩いて、馬車に撥ねられたりしないだろうか?
そう説明すると、ウルシュ君は一緒にマリーちゃんを探してくれると言ってくれた。
その上、この慌ただしい街中で、私がはぐれない様に手を繋いで歩いてくれる。
優しい。優しいよウルシュ君。
ただ、一つ、気になる事が有るんだけど・・・
手を繋いで一緒に歩きながら、ウルシュ君の腰に、ぶら下がっている物を盗み見る。
「ねぇイザベラ?あの人を見つけて、その後どうするの?」
ウルシュ君に声をかけられ、慌ててウルシュ君の腰から目を離す。
危ない危ない。
腰もとをジロジロみて、変態だと思われたらショックだ。
「え?どうするって何がですの?」
「イザベラは、あの人をコッソリ尾行してたんでしょ?じゃあ、見つけても声はかけられないよねぇ。その後どうするの?たとえあの人が危なくても、出て行く事はできないよねぇ?」
盲点だった!!
そうだよ!!私はコッソリ尾行している上に、屋敷を一人で抜け出しているんだよ!!
たとえ心配で見守っていて、何かにマリーが巻き込まれても、それ以上の事は出来ない。
本当に、追いかけて行ってどうするんだろう、私。
そもそも、ウルシュ君の家を探すと言う目的は、達してしまったんだから
これ以上、マリーちゃんを付け回す必要性は無いのだ。
でも、このままにして、マリーちゃんが怪我して帰ってきたら、後悔しそうだな。
苦悩する私に、ウルシュ君は仕方が無いなぁと言った風に笑い。
何も出来なくても、心配で気になるんでしょ?と
見失ったマリーちゃんをひとまず探す事にしてくれた
その後の事はその時に考えようと。
ウルシュ君、中身が成人している筈の私より、ずいぶん包容力が有りますね。
6歳で、これだけの包容力が有るなら、将来モテモテ間違いないよ。
くっ!!他のウルシュ君を狙う女子達には負けんぞっ!!
そうと決まれば、マリーちゃんを探し歩きます。
時々、道行く人にメイドさんを見なかったかと、聞いてくれるウルシュ君。
地元の大商人の息子なだけあって、知り合いが多いですね。
周りの人達も、ウルシュ君に対して、にこやかに対応してくれているので、スネイブル商会の地元民からの評判は悪くないようだ。
2人で手を繋いで街中を走り回るのは、とても楽しいのだけど
余り時間をかけるとウルシュ君の迷惑にもなるし、マリーちゃんに何かないか心配だ
そこで、「魔眼」の出番ですよ。
実は、ここ何日間か色々試してみて、魔眼は2種類までなら同時使用可能な事に気付きました。
そこで、《傲慢》と《色欲》の同時発動を試みる。
なんですぐに使わなかったのかって?
忘れてたのよ・・・・
そして、途中で思い出したのは良いんだけど、
マリーちゃんを魔眼で見つけたところで、
それを、どうウルシュ君に伝えればいいのか、分からないっ!!
だって、おかしいでしょ?おかしいよね?!
急に私が、”2ブロック先を右に曲がった所の、魚屋さんの前でマリーちゃんを見つけた”なんて言い出したら。
一体、どうやって見つけた?って話になるよね?
絶対に聞かれるに決まってるよね?
どう説明すれば良いんだっ!!
でもさ、よくよく考えたら、そんな難しい話でも無かったわ。
だって、別にウルシュ君に隠すような魔眼でも無いし。
正直に話しちゃっても良いんじゃない?!
将来の旦那さんのウルシュ君に、隠し事は良くないっ!!
HPがキングなコング並みな事は隠すけどねっ!!
そう思い直して、周りを見回しているウルシュ君に声をかける。
「ウルシュ君、2ブロック先を右に曲がった所の、魚屋さんの前に、マリーちゃんが居るのを見つけましたわ。」
「そうなんだぁ。じゃあ、彼女がそこから離れる前に、追いつかなきゃ駄目だねぇ。よし、走ろう。」
そう言うと、ウルシュ君は私の手を握ったまま走り出した。
・・・・・・え?
どうやって見つけたか、聞かないの?なんで?
そして、突拍子の無い私の発言を、無条件に信用してくれたの?
予想外のウルシュ君の反応に、呆然としながら彼に手を引かれ、街の中を走った。
マリーちゃんの背後、5M程をキープしつつ尾行を続ける。
あの後、マリーちゃんを無事発見した私達は、マリーちゃんがスネイブル家に手紙を届けるところまで、尾行を続ける事で同意しました。
帰り道は・・・もう知りません。
マリーちゃん、本当に手紙を無事に届ける気が有るのかと、
小一時間ほど問い詰めたい位に、無計画に歩き続けています。
朝早くに屋敷を抜け出したのに、もうすぐお昼の時間だよ。
たぶん、屋敷では私の大捜索が始まっているハズ。
最近は忍者ゴッコで、私が隠密行動を繰り返しているから
私の姿が見えない事に、慣れて来た屋敷の皆とはいえ、流石に昼食にも戻って来ないとなるとね・・・
まぁ”隠れていたら、そのままそこで眠っちゃった”とでも言い訳をしよう。
ただ無作為に歩き続けるマリーちゃんを、尾行するのに飽きてきたので、さっきの事について、何故信じたのか、何故何も聞かないのか、ウルシュ君に問いかける。
するとウルシュ君は、笑いながら私の顔を指さしながら言った。
「あはは~。だってイザベラの顔。嘘つかないもんねぇ。」
顔が嘘つかない?
何ですか?それ。
「ほらほら、それだよ~。今は、意味が分かんないって顔してる。ぜぇ~んぶ、顔に出てるんだぁ。イザベラが、あのメイドの人を心配してるのも、方法は分からないけど本当にあの人を見つけた事も、それを僕に話すか悩んだ事も、全部ねぇ。」
なるほど!!
さすが商人の息子!!人の表情を読み取るのが上手ですね!!
そして、そんなに表情に出やすいんだ、私・・・
「それに、イザベラが言う事は、僕、信じたいんだぁ。”絶対に自分の事を信じてくれる”って信じられる人が、世界に一人だけでも居てくれたら、それはきっと、とても幸せな事だと思うんだよねぇ。僕はイザベラの、そういう人に成りたいの。」
ウルシュ君のその言葉に、私は何も言えずにいた。
黙ったままの私の頭を、開いた方の手で撫でると、ウルシュ君は続けて言う。
「なんで、見つけた方法を聞かないかって言うのは・・・聞かれたらイザベラ、多分、答えちゃうでしょ?でも、それは僕に隠し事をする事が、後ろめたいから言うのであって、僕を信用してるからじゃないよねぇ?それは僕、嫌なの。」
その通りだった。
私はウルシュ君を、信用しているわけでは無かった。
私の能力を、利用されるかも知れない、周囲に吹聴されるかもしれない、それでも正直に話す事が誠実さの表現だと思ったから、聞かれたら正直に答えようと思っただけで
そこにウルシュ君に対する、信用は、信頼は無かった。
どこかに、「ゲームキャラのウルシュ君」に対する、ミーハー的な気分が抜けきっていなかったんだと思う。
ウルシュ君本人ではなく、ウルシュ君と言うキャラクターを見ていたんだ。
好きなキャラのウルシュ君だから好き。
好きなキャラのウルシュ君だから、無条件ですべて受け入れる。
たとえ利用されても、裏切られても、
大好きなキャラクターのウルシュ君がする事だから、と。
今、目の前にいる、ゲームキャラでは無い、生身のウルシュ君を、
私は、まともに、真っ直ぐ見ていなかった。
きっと、ウルシュ君は、そんな私に気付いたんだ。
そのまま黙り込み、下を向く私の頭を撫で続けながら
ウルシュ君はいつもの優しい、間延びした声で語りかけてくる。
「僕は、いつまでも待つよ~。イザベラが僕を信じて、自分から話してくれるまでねぇ。イザベラは僕を信じてくれるって信じているから。」
ウルシュ君という人を、真っ直ぐ見ていなかった私を
ウルシュ君という人を、信じていなかった私を
ウルシュ君は信じると言ってくれた。
自分が情けなかった。
ウルシュ君に申し訳なかった。
泣きそうになりながら、下を向き続ける私と手を繋いだまま
黙っていつまでも撫で続けるウルシュ君に
温かくて、優しい手を持つウルシュ君に
ゲームキャラなんかじゃない、今ここにいるウルシュ君に
私は初めて恋をした。