よく面倒見てたよね?
人が集まっている所から少し離れた場所に着陸したマリリンから降りると、先輩と一緒に門から出られないでいる人達のもとへと、話を聞きに行く。
学科棟が炎上しているにも関わらず、敷地内から出られないでいる事に多くの生徒が混乱していた。
情報も錯綜しているようで、沢山の人に話を聞くが、何が正しい情報なのかが判断付かない。
「学院内に不審者が居るらしくて、学科棟の火災がその不審者の仕業じゃないかと言われているらしいよ。その人を出さないようにする為の封鎖だって聞いた」
「職員棟への攻撃は認められていないし、職員棟の強力な防御も突破しているから、悪意を持った誰かが計画的に起こした騒動じゃないかって噂だよ」
「なんか重要な物が盗まれたらしいぜ。これは俺の予想だけどよ、その盗まれた物が学院外に運び出されないようにする為に、出入り口が封鎖されたんじゃねぇの?」
「一斉に燃えだしたの!! 同時よ!! 同時!! 絶対に複数犯よ!! 一人で全部を燃やせるわけないわ!!」
「見ろよこの服。いくらだと思う? ブッブー! はずれ~。実は上下で五百ガルでした。安くね? いやー俺って買い物上手だわー」
「なんか学科棟を燃やしている炎、特殊な炎らしいな。色々試しているけど消えないんだってよ。だから消火活動が遅れてる」
「一昨年にクビになった教師によく似た人が目撃されたらしいよ。なにか関係があるんじゃない?」
「私この状況に似たシーンを小説で読んだわ。きっと模倣犯よ。小説の展開通りに進むなら、燃え後から魔宝石の組みこまれたミスリルの儀礼剣が発見されるはずよ」
「三十年前も同じような火災が有ったらしいね。その時の犯人グループは捕まって、動機も手段も解明されてるらしいけど」
「ねぇ。赤毛の長い髪をおさげにしている、清楚系ワンピース着たマッチョを見なかった? いや、私の兄なんだけどさ、あんなに目立つ風体しているのに姿が見えないのよ。もし見かけたら妹がココで待ってるって声かけてくれない?」
手分けしてある程度の情報収集を済ませると、先輩と合流し情報交換を行った。
だが、どちらが得た情報もアテになりそうになかった。
「状況が全然分からねぇ。封鎖されてる理由も聞く奴らで違ってさ、いつ封鎖が解けるのかも分かんねぇ」
「そうですか。今のところベラは大人しく寝ていますけど、図書棟で離乳食と母乳飲んでから、そこそこ時間が経って来ているんですよ。そろそろお腹空かせるんじゃないかと思うんですけど、食べさせられそうな物持ってなくて。ベラだけでも外に出す事は出来ないでしょうか」
ベラはこの騒ぎの中、ぐっすり眠っている。ちょっと有り得ない。胆が据わりすぎ。きっと将来大物になると思う。
「封鎖の原因もはっきりしねぇからなぁ。聖魔法科の学科棟なら生徒が利用する託児所あるし、時々子持ちの生徒が熱出したチビ連れて行ったりするから、何か置いてるかもしれねぇけどよ。火が消えねぇことにはな」
怪我人の治療の事も考えると、聖魔法科の消火活動を優先すべきだろう。
だけど、消火活動に協力したくても、ベラを連れているから派手に動けない。
どうしようかと思案していると、急に横から黄緑色の影が飛びついて来た。
「ねぇ、ちょっと!! 貴女、イザベラっ?! イザベラでしょ?!」
飛びついてきた黄緑色に視線を向けると、黄緑色の髪の毛をツインテールにした少女が立っていた。
「覚えてる? 私よっ!! ディアナ王国での『ブラッディドール事件』の!!」
「もしかして・・・バーバラ? バーバラなの? どうしてココに?」
黄緑色の髪の少女は、元ヒルソン子爵令嬢だったバーバラ・レイミー・ヒルソン。
現在は母親の再婚によって、バーバラ・レイミー・テイラーと名前を変えた、ブライアンルートでの悪役令嬢でマリエタの異母姉妹だ。
彼女はカラーズコレクター事件の時に、母親の再婚によってディアナ王国に引っ越したはずだ。
少なくとも私がウルシュ君とディアナ王国へ家出した時には、ディアナ王国の王都に住んでいた。
そこで彼女と彼女の姉、ミリアーナ・リリィ・テイラーが事件に巻き込まれ、ウルシュ君と共に事件解決した時に親しくなったのだ。
「私と姉さんは留学で来たのっ! でも、今はそれどころじゃ無いのよ! 姉さんは聖魔法科の治癒士なの!! 姉さんが、あの火事で地下に取り残されているのよ!! 助けなさいよ!! 貴女なら何とか出来るでしょ、あの時みたいに!!」
聖魔法科か、今も助けに行きたいと考えていたのだけど、ベラをどうにかしない事には何とも・・・。
ん? そう言えば、バーバラとミリアーナには確か・・・。
「ねぇ、バーバラには年の離れた弟が居たよね? すっごい可愛がって、よく面倒見てたよね?」
確かバーバラの母親はヒルソン子爵と離婚して、幼馴染と再婚した後にディアナ王国で息子を二人産んだはずだ。
「あれから天使みたいな妹が、二人も産まれてくれたわよっ!! それが何?!」
あれから更に増えたのか。子沢山だなテイラー家。
だけど、それは好都合。当時のテイラー姉妹の弟に対するデレデレ具合を考えるに、妹達の事も良く世話した事だろう。
「それと、『ブラッディドール事件』で絶体絶命になった時に、昔虐めていた腹違いの妹にいつか謝りに行きたかったって、泣いていたよね?」
「そそそそんな事、忘れなさいよっ!! 今はそれどころじゃ無いって言っているでしょ!!」
「いや、これはミリアーナを助けに行くのに重要な事なのよ」
「そうなの? で、でももう、あの子が何処に居るのかも、どう接触を持てば良いのかも分かんないんだから無理よ!!」
そう叫ぶバーバラの前にベラを突き出す。
「さて、こちらに見えましたるは、マリエタの愛娘のベラちゃんです」
「は?」
「貴女の腹違いの妹の娘だよ。つまり君の姪っ子」
「は・・・・・・。はぁああああ?!」
バーバラは目を向いて私とベラを交互に見る。
うん。その気持ち分かるよ。
私もマリエタから子持ちになったって聞いた時には、意味分かんなかったもん。
「え? は? いや・・・。え? あの子の、マリエタの子? 私、伯母になったの? ホントに? あ、でも確かにあの子に似てるけど・・・」
「私さ、マリエタからこの子を預かったから、ミリアーナを助けに行きたくても行けないのよ。で、この子の伯母であるバーバラに、この子の事をちょっとだけ見ていて貰えないかなぁ~・・・なんて」
実際問題としては、預かった幼児を更に別の人に預けるのは、たらい回しみたいで駄目だと思うんだ。
でも小さい子の世話した事のない私より、沢山の弟妹の面倒を見て来た経験のあるバーバラにお願いした方が、よっぽど良い気がするんだ。
それに、これを切っ掛けにバーバラとマリエタの仲が修復されないかなぁ~、なんて考えたりして。
「いや・・・でも、その子の世話はイザベラが引き受けたんでしょ?」
「・・・・・・引き受けては無い」
「は?」
「マリエタが急に私にベラをパスして、どっかに行っちゃったんだよね。”うん”も”すん”もなかったよ」
「はぁあああ? あの子何やってんのよっ!! しょうがないわねぇ! 分かったわ、私がその子を見とくからイザベラは姉さんを助けに行って来て!」
そう言ってバーバラが両手を差し出すのでベラを受け渡すと、バーバラはしっかりとベラを抱きよせた。
ミリアーナの心配で強張っていたバーバラの表情が、ベラの顔を覗き込んだ途端に少し緩んだ。
おぉ。私が抱っこしてた時より安定しているし、堂に入っている。ちょっと安心。
「ちなみにその子の名前はベラよ。マリエタとは図書棟で別れたから、そこに戻って来るかもしれないけど、図書棟は避難所になりそうな感じだったから出て来たの。封鎖が解除され次第にベラだけでも母子寮に帰そうとココまで来たんだけど」
「そうね。出られるならすぐにでもココから出してあげた方が良いと思うわ。分かった。イザベラかマリエタが戻って来るまで、私が責任もってこの子の事を見ておくから任せて。もし封鎖が解除されたら母子寮でこの子の面倒を見ながら待ってるわ。途中でマリエタを見かけたら、彼女にもそう伝えておいて」
「うん。よろしくね」
そう言って聖魔法科の学科棟に向かおうとすると、バーバラから呼び止められる。
「いや、ちょっと待ちなさいよ!! この子のオムツやご飯は?」
「私も受け取って無いよ。マリエタが持ったままどこかに行っちゃった」
「はぁあああああ? 封鎖がいつ解けるかも分かんないのに、どうすんのよっ!!」
デスヨネー。でも離乳食もミルクも無いんだ。
私の謎ヘドロなら【クローゼット】に沢山あるけど、食べさせちゃ駄目だろうし。
他は果物や、ゲームイベントで作ったプリンならあるけど・・・無いよりいいかな? 一応置いて行こう。
【クローゼット】からウルシュ君の創った『亜空間ポーチ』を取り出し、果物とプリンを入れておく。
ついでに『レモネード』も入れておこう。他に何か無いかな?
あ、ベラが怪我しないように、物理耐性と炎耐性のあるアイテムを身に着けさせよう。
これが良いかな? 『着ぐるみガチャ』のSレア『ドラゴン着ぐるみパジャマ』。炎耐性と物理耐性特化だし、着る人の身体に合わせてサイズ変わるし。
「ちょっとベラにこの着ぐるみ着せとくね。これ、物理衝撃と炎に強い素材で出来てるから」
そう言って、ベラの着ている服の上から着ぐるみを着せようとすると、バーバラから怒られた。
「乳幼児は体温高いんだから、こんなに厚着させたら暑いでしょ!! 蒸れて汗疹が出来るじゃ無い!! ただでさえ火災の熱風で暑いのに!! 少しは考えなさいよね!!」
「う・・・ごめん」
「これは私が着せておくから、イザベラはもう行って!! あとは魔法でも何でも使って果物すりおろすなり、白湯飲ませるなりで何とかしのぐから!!」
怒られた・・・。
とりあえず、バーバラが子守に関してはしっかりしている様だし、任せて聖魔法科の火災をどうにか消しに行くとしよう。
私はもう一度バーバラにベラの事を頼むと、学科棟が立ち並ぶ場所へと急いだ。