自衛できませんか?
うっうぅ、重たい。赤ちゃん預かる責任が重たい。マリエタってば、なんで子守ビギナーに愛娘を押し付けて行くんだよっ!!
乳幼児を任せられたプレッシャーによるストレスで、SAN値をガリガリ削られながら、必死に窓を探す。
この図書棟は一階に読書スペースの机が並んでいて、三階までの吹き抜けになっている。
そして窓はあるけど、私の腰の高さから三階の天井付近までの、アーチ状のステンドグラスの窓だ。
勿論、開閉不可。しかもステンドグラスなので外の様子が見えない。
明り取りは必要だけど、燦燦と光が入ると本が黄ばむから、こういう形になったんだろう。
だが今回みたいな非常時には普通の開閉出来て外の様子が見える窓が何個か欲しい。
どうしよう。もうこのステンドグラスの窓、叩き割って外に出ちゃおうかな。
でも窓ブチ破った時に、万が一ベラが怪我したら駄目だし、何よりベラがビックリして泣き出すかもしれない。
そう悩んでいると、同じく読書スペース辺りでウロウロしていた赤いローブの先輩達が、ステンドグラスに向けて椅子をぶん投げた。
椅子はステンドグラスに当たると、鈍い音を立てて床に落ちる。
「くっそ~。やっぱり割れねぇのか!」
「大量の蔵書があるからなぁ・・・。ココが学院の建物の中で一番守りが強固だろ。椅子投げた位じゃ割れねぇよ」
「下手に割って、蔵書が駄目になったら後々怒られんぞ。他の出口探そうぜぇ」
どうやら赤いローブの先輩達も外へ出ようとしているようだ。
赤いローブだから、彼らは魔法戦士科の生徒だろう。私より学院内の建物や地理に詳しいかも知れないし、一緒に付いて行けば外に出られないだろうか。
「あのっ! 先輩方。私も外に出たいんですけど、一緒に付いて行っても良いですか?」
声をかけると、先輩達が一斉に振り返り、私とベラの姿を確認して口を開いた。
「あぁ? ん、新入生? いや、外で何か起きてるっぽいし、ここで待っていた方が安全だと思うぞ」
「それが・・・この子のママが、この子を置いて外に出て行っちゃったんですよ。私赤ちゃんの面倒の見かたが分からないから、せめてこの子を寮の誰かに頼みに行くとかしたいんです」
「お前がココで見とくのは駄目か?」
「乳幼児の面倒って、そう簡単にホイホイ引き受けられる物じゃないですよっ! 何の知識も無いんで、何かあった時の対処法が分からないし、責任が取れません。こんな非常時だと特に」
何も無い平和な休日とかで、オムツやミルクの揃っている部屋に居る事が前提で、なおかつ、ちょっとだけレクチャー受けた上で赤ちゃん見といてって言うなら、なんとかなりそうな気はする。
だけど何も無い図書棟で戻って来るのがいつになるかも分からない状況で赤ちゃん預かるのは、正直きついわ。
まず私のクローゼットには、離乳食とか入っていないし。
私の作ったヘドロ料理は離乳食っぽいけど、乳幼児に食べさせるには不安しかない。何よりオムツどうすんだ。
たしかマリエタの荷物に入っていたけど、置いて行ってくれなかったし。預けるならせめてオムツも置いてけよ。
マリエタ、物語のヒロインらしさを発揮して問題に飛び込んで行くのは良いけれど、ちょっともう少し冷静に物事を考えて欲しい。特に、この学院の生徒やっている様な人間に、子守を任せてはいけないと言う事を察して欲しい。
「ん~。確かに、母子寮の寮母に預けた方が良いかも知れねぇな。分かった、ついて来い。寮へ行く橋までなら送って行ってやるよ。ここから出さえすれば後は簡単だから」
「なぁ。もう出口探すより、入り口に集まっている奴らを蹴散らした方が早いんじゃねぇの?」
「う~ん。俺、後々もめたくねぇんだよなぁ。でもまぁ、ちっせぇのが居るから仕方がねぇか。多分、もうすぐココも避難して来る奴らで混雑するだろうし、急ぐかね」
そう言って魔法戦士科の先輩達が、出入り口付近に集まっている人の対処をしてくれるということで、言葉に甘えてついて行く。
「ベラ。お外に出ますので~。人が沢山居るけど泣かないで下さ~い。お願いします」
「お前、なんでチビ相手にそんな下手に出てんの・・・」
先輩達に呆れられながらガードされて、入り口の人ごみを抜けて行く。
ようやく図書棟から外に出ると、そこは火の海だった。職員棟を含む六棟の建物が、ゴウゴウと燃え盛っている。
「おいおい、マジかよ・・・・・・。学科棟はまだ分かるとして、職員棟が燃えてんのはヤベェよ。あそこは学科棟とは違って張りぼての建物じゃねぇから、図書棟ほどでは無いが防御壁を何重にも張っている筈だぞ」
「職員棟もだけど、聖魔法科の棟が燃えてんのも最悪だ。あそこの地下って怪我人を収容してんだろ。上の建物が燃えてたら、地下に居る治癒士も出て来れねぇ。この状況で治癒士が動けねぇのはマズイぞ」
先輩達も現状が分からずにいる様だったが、まずはベラの安全を優先しようということに成り、先に寮へと向かうことになった。
先輩の一人が首に下げていた短い銀色のストローを口に加えて、空に向けて吹く。笛の様に見えるが、音は鳴っていない。
「それ、何ですか?」
「ん? これ? 俺の相棒を呼ぶ笛。人の耳では聞こえねぇんだけど、ちゃんと鳴ってんだぜ。ほら、俺の相棒が音を聞き取って、やって来ただろ」
そう言って先輩が空を指すと、飛竜が頭上を旋回していた。
「・・・相棒って、あの飛竜ですか?」
「そうそう。俺、竜騎士候補だから。知ってるか? 竜騎士って魔術学院を出て無いと成れないんだぜ。普通の騎士が訓練して竜に乗ってるって思ってる奴らが居るけどさぁ、実際は竜騎士に成るのは魔術師なんだよ。魔法が使えねぇと空飛ぶ飛竜の上で、息が出来ないっつうの。さみぃし、風はヤベェし」
そう先輩がドヤ顔で語る。
うん。先輩は自身が竜騎士候補だと言う事を、誇りに思っている事はよく分かった。実際凄い事だしね。自慢して良いよそれは。
ちなみに私は、足腰鍛えれば普通の騎士でも飛竜に乗れるって思ってたよ。
言われてみれば、徒歩でも向かい風で息が出来無い事が有るのに、竜の上なんて防御魔法か風魔法が使えないと無理だわ。
そう納得している間に先輩は飛竜に合図を送って、図書棟の前の広場に着陸させる。
「よし。乗るぞ」
「え?」
「図書棟から出れば後は簡単っつったろ? こいつに乗れば、寮へ繋がる橋まですぐだぜ」
いやいやいや、待て。待たれい。
私だけならまだ良いさ。でも、ベラ連れて飛竜で飛ぶの?
「いや・・・あの、ベラがいるし」
「縛りつけとけよ。身体に」
チラッと飛竜の方へと視線を向けると、飛竜は私の方を見ながら長い睫毛を持った瞼で、パチパチとまばたきをして、すましている。
多分、この飛竜はメスだな。飛竜の中でもセクシー系の美人と見た。乱暴な飛び方はしなさそうだ。
「じゃ、じゃあ、乗せて貰います・・・」
「おう。乗れ乗れ。あ、コイツの名前は『マリリン』な」
まずクローゼットに入っていたスカーフを繋いで、ベラを私の身体に固定すると、飛竜に近づき挨拶をする。
「えっと。マリリンさん、始めまして。ちょっと乗せて頂きますね。よろしくお願いいたします」
そう声をかけると、マリリンは上目遣いで再びパチパチとまばたきをした。やたら色っぽい竜だな。
先に乗った先輩に、引っ張り上げて貰いマリリンの背中に立つ。
「足はマリリンの背骨に乗せる感じで立てよ。慣れねぇ奴が背筋を踏んで立つと、羽ばたく度に足の位置がズレて行って滑るからよ。両足を前後に開いて、動きのすくねぇ背骨を踏んでた方が、安定して立っていられるぜ」
先輩の指示に従いながら、足元のポジションを整えると、後ろから先輩の肩に掴まる。
準備が整うとマリリンは立ち上がり、翼を広げて五メートル程走ると離陸した。
先輩が防御壁を張っているので風は感じないが、上昇していく際の足場の角度が怖い。
慌てて魔力で自分の足とマリリンの鱗を固定する。
ある程度の高度に達すると、マリリンは悠々と寮の方角へ進路を向け飛び始めた。
周囲を確認すると、他にも飛竜で飛んでいる生徒を見かける。
彼らは上空から避難者へ指示を出したり、危険な場所に取り残されている生徒を探している様だ。
私も上空から、マリエタのピンク頭を探すけど、見える範囲には居ない様だ。一体どこへ行ったんだろう。
他にも消火作業の様子を確認するが、どうも作業が難航している様だ。
「なかなか火が消えませんね」
「あーー。地下がなぁ・・・」
「地下がどうかしたんですか? 」
「水かけて炎を消そうとするだろ? そしたら炎で熱された水が地下に流れ込むんだよ。そしたら地下がサウナ状態に成って、下に居る奴らが蒸されるじゃん?」
「でも地下に居る人達も魔術学院の生徒ですよね。何とか自衛できませんか?」
「魔力が残っていて万全なら良いけどよ。地下で裏方やっている奴らは皆フラフラしてんだよ」
それを聞いて、入学式の日に見かけた錬金術科の先輩達の様子を思い出す。
連日のポーション創りの作業に追われていて、極限状態に陥っていた。あれから三日ほど経つので、さらに疲弊している姿が簡単に想像できる。
その状態で地下に水が流れ込んで来たら、対処できないかも知れない。
ベラを母子寮に預けたら、すぐに戻って消火作業に協力しよう。
そう考えていると、先輩が声を上げた。
「あぁっ!! クソっ!! おい、マズいぞ」
「え? 何ですか? 」
「敷地内から出られねぇ!! 出口が完全封鎖されてやがる!! 」
先輩の言葉に下を見下ろすと、避難しようと集まり出られないでいる生徒や新入生で、敷地出口が混雑していた。
「は? なんでこんな時に封鎖されているんですか?」
「知らんっ!! ひとまず話聞くために着陸すんぞっ!!」