答え合わせをさせて。
お待たせしました。
着替えと入浴を済ませ、アンの用意してくれた食事を食べながらマリエタの事について考える。
子連れってどういう事だろう? マリエタは私と同級生だから、現在十四歳か十五歳。年の離れた妹か、姪っ子を連れて来た? もしくはどこかで保護したのだろうか?
いや、その前に学院に小さい子を連れて来ても良いのか?
「ねぇアン。マリエタの連れて来ていた子供って、どんな子だった?」
「そうですねぇ。ピンク色の髪に琥珀色の瞳の、可愛らしい一歳位の女の子でしたよ」
ピンクの髪・・・。マリエタの血縁かな?
妹か姪っ子説が有力かな。
そんな事を考えながら食事を済ませてお茶をしていると、誰かが部屋を訪ねて来たので、アンが対応に出て行った。
入り口の方で二言三言会話を交わして、アンが部屋に戻って来る。
「お嬢様、先程のお嬢さんが見えていますよ。名前をマリエタ・ザロモンと名乗っていらっしゃいます」
マリエタ・ザロモン? マリエタ・プレアじゃ無くて?
いや、母親が結婚すれば苗字も変わるか。名前がマリエタで髪がピンクなら、私の知っているヒロインのマリエタだろうと判断して、部屋に通す様にアンに指示を出す。
しばらくしてアンと共に部屋に入って来たのは、私の予想通りマリエタだったが、その姿に驚かされる。
子供の頃に会った時は、胸までサラサラの髪を伸ばしていたし、乙女ゲームでは長い髪を編み上げ、後頭部で可愛らしくまとめていたのに、今の彼女は・・・ショートカットだ。
それもベリーショート。今日学院内で見かけた男子生徒達より、はるかに短い。
顔立ちが整っているので、短くても大変可愛らしいのだが、その頭は一体どうした。いや、似合っているけど、本当にどうした。乙女ゲームのヒロインが・・・
そんなボーイッシュ美少女に成った彼女は、混乱している私の前に立ち、フワフワしたピンク色の髪の女の子を抱っこしたままニコニコしている。
「え・・・っと。あ、マリエタ? 久しぶり」
「ええ、九年ぶりねイザベラ!! 貴女とまた会える日を、ずっと楽しみにしていたの。本当は手紙を書きたかったのだけど、宛先が分からなくて」
あ、そうか。手紙で連絡を取ると言う手が有ったか。全く思いつかなかった。
きっとウルシュ君に頼めば、住所を調べて手紙を届けて貰えたんだろうけど、なんか学院に入るまで会えない=連絡が取れないと思い込んでいた。
「あー、ごめん。手紙を私の方から送れば良かったね。思いつかなかった」
「良いのよ、だってイザベラも私の住所を知らないじゃない」
いや、調べれば調べられた筈なんです。ほんとゴメン。
内心で謝罪しながら、マリエタの腕の中でウゴウゴと動いている赤ちゃんに視線を向ける。
「え~と、マリエタ。子供を抱いたまま立ちっぱなしは疲れると思うから、まず座って」
そう声をかけると、マリエタはアンが引いた椅子に腰かける。
マリエタが座ると、アンは素早くお茶を用意し、茶菓子と共にマリエタの前に出す。
話ができる体勢が整った所で、早速彼女に話を切り出した。
「ねぇマリエタ。再会そうそう質問攻めにする様で悪いんだけど・・・その子はどうしたの? あと苗字が変わっているのは何故?」
「私、結婚したの。で、この子が私の娘のベラよ。もうすぐ一歳に成るわ。今日の入学式は子連れの生徒は免除されていたから、日中会いに来たんだけど、よく考えたらイザベラは入学式に参加していたのよね。私ってばウッカリしちゃったわ。そうそう、私の部屋は学院の母子寮に有るから、今度遊びに来てね」
待って。待ってマリエタ。情報が過多なうえ、ツッコミが追い付かない。
まず、結婚して出産?
乙女ゲームのヒロインが、学院入学という物語開始時点で子持ちの人妻って、どういうこっちゃ。
主人公の設定からして、乙女ゲームを始めようがねぇよ。
そして次に・・・
「えーと。娘さんの名前が・・・”ベラ”ちゃん」
「そう!! イザベラから名前を取ったのよ。この子が、私のもう一つの希望に成るように」
そっかぁ・・・。名前の元ネタは私かぁ・・・。
アリスちゃんが、私の事をベラちゃんって呼んでいるけど、これじゃ名前がごっちゃに成るな。
「で、旦那様がザロモンさん」
「そう。私達が引っ越した先はワインが有名な土地だったの。見渡す限り広大な果樹園が広がっている所でね、そこのワイン工場でお母さんと叔母さんが働いていて、私も時々手伝いに行っていたんだけど、ある日ワインを瓶詰にするための機械を新しく輸入する事に成ってね、その機械の設置や管理の為に機械の輸入先であるメタリア王国から何人か技師さんが来たのよ」
「メタリア王国って、国民の七割がドワーフって言う、牙楼帝国の向こう側の?」
「そうよ! その時にやって来た技師の一人が、この子の父親なの」
「ちなみに旦那様の種族は・・・」
「もちろんドワーフよ。彼はそのままこの国で暮らす事に成ったから、私と結婚してくれたの。今は地元のワイン工場で機械の管理をしながら、私が卒業して帰って来るのを待ってくれているわ」
どうしよう。聞けば聞くほど情報過多で、複雑な気分になる。
長い間離れていた知人と近況報告して、『お互い生活が変わったね』で済ませられないレベルで情報が多すぎる。
そもそも知人と呼べるかどうかも分からないレベルの接点しか無いのに、娘の名前を私から取ってる時点で、すでにキャパオーバーかも知れない。コメントに困る。
そして旦那さんも、嫁さんだけでなく娘とも離れ離れだけど、それで良いのか。
「入学式は、子連れだと危険だし免除されるのは分かるけど、そもそも入学自体は免除に成らないの?」
「成らないわ。既定の魔力量が有る国民は、入学する義務が有るから子供が居ても強制入学よ」
「その割には入学式に集まった生徒が少なかった気がするんだけど。国中から集めたにしては講堂に収まるような人数だったし」
「あぁ、それは遠くから乗合馬車とかで来る生徒が、遅れて来るからよ。だから学科勧誘が七日、休日入れて授業開始まで十日の猶予が有るの」
「確かに、他の子持ちの人とか移動が大変だね。住んでる地域に汽車が走っていれば良いけど、線路が通っていない領地の方が殆どだし。それに汽車の乗車料金も安くは無いから、乗れない生徒もいるだろうね」
「領地から多少の補助金が出るけど、そのお金を浮かそうと考える人もいるものね。でも、入学免除に成る場合もあるのよ」
「子持ちでも免除に成らないのに? 」
「そう。冒険者登録をして、魔術師としてすでに活動している子は入学しないの。そもそも冒険者は国を越えて活動するし、宿に泊まって定住せず税金を納めていないから国民に含まれないのよ」
「家を持って定住してる冒険者も居るよね?」
「でも、仕事ですぐに国外に出るし、指名依頼されたら仕事に出て行くから授業どころじゃ無いもの。引退してライセンスを返却して定住すれば、その土地の住民に成るわね。でも、その頃には入学規定の年齢を越えているの」
そう言えば、カラーズコレクターと戦った時、防御壁を張っていた冒険者のツインテールお姉さんは、学院生だったとしてもおかしくない年齢だったのに、学院に通ってる感じじゃ無かったな。
「そっかぁ。冒険者が所属しているのは国じゃ無く、冒険者ギルドになるんだね」
「そうよ。だから、冒険者ギルドに登録したら所属する国が無くなるから、国外追放を言い渡された人は、冒険者に成れば国内に居ても良いのよ」
「は?」
どういう事だ? 国外追放なんだから、国外に出なきゃ駄目なんじゃないの?
意味が分からなくて絶句していたら、マリエタが補足説明をしてくれる。
「国の法律によって違う所も有るかも知れないけど、少なくとも周辺の同盟国の法律では、国外追放と国外退去、入国禁止は別なのよ。国外追放で国外に出ても、国外で冒険者登録したら仕事でこの国に入るのは問題無いの。だから国外のギルドで冒険者登録して、戻って来て国内に居るのは大丈夫」
「マリエタ・・・そんな法律の抜け道を良く知っていたね」
「ダテに人生繰り返していないもの。とにかくこの国の保護を失って、国民じゃ無くなれば良いわけだから、冒険者に成っちゃえば、国外追放完了なの。重い罰の人は国外追放に加えて、入国禁止も言い渡されるけど、他国で名前や身分が変われば分かんないから、戻って来れちゃうのよ」
「ねぇ、マリエタの繰り返しの人生の中で、”イザベラ”が国外追放になった事って有る? 」
「本物のイザベラは無いけど、偽物のイザベラならあるわよ。入国禁止も言い渡されていたから国外に出て行ったわ。でもその後、行方を追えなかったらしいから、どこに行ったかは分からないの」
本物のイザベラに、偽物のイザベラ。
前にウルシュ君が語ってくれた予想が、合っているか答え合わせが出来るだろうか?
私は身を乗り出し、マリエタにも寄って貰うと、彼女の耳に小声で質問した。
「昔、マリエタが私にしてくれた警告を覚えてる?」
「えぇ、覚えているわ」
マリエタはそう答えながら、視線をチラリとアンの方へ向けた。
「答え合わせをさせて。マリエタが言っていた私の人生を奪う少女と、偽物のイザベラと言うのは、そこに居るアンの双子の姉、”メリー”の事? 」
寝ても寝ても眠たくて、サボっていました(去年も言った気がする)