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理想違えて


 昨夜未明、軍の第三支部が何者かに襲撃され壊滅した。詳しい損害は不明。襲撃者の正体も不明だ。

 軍は、今朝早くから会議を行っていた。各支部の今後の方針や、襲撃者の正体に関して交わされる不毛な議論を聞き流しながら、ダイタスは嘆息した。

「第三支部壊滅、か。奴らもなかなかにやってくれるな……」

 作戦指令室の中心に居座るダイタスは、冷静に考える。

 ダイタスが本拠地と定めたこの軍本部は、地下三百メートルにある巨大シェルターだ。加えて、電子撹乱迷彩を施し完璧なる防御を実現した建造物でもある。核シェルター以上の頑強さを持ち、なおかつ、あらゆる電子兵装の目を眩ます軍本部を外部から破壊することはほぼ不可能だろう。

「だがそれでも……万が一ということもある」

 呟くと、ダイタスは作戦指令室から密かに抜け出し、自動昇降機に乗って地上を目指す。

 襲撃者の正体について、思い当たりはあった。否、襲撃者たちとダイタスは知り合いと言って良い。だから分かる。支部を落とし勢いづいた彼らは、次に必ず軍本部を襲ってくると。

 ……だが、本部は支部とは異なりそう易々と落とせるものではないぞ。

 何より、本部にはこの自分がいる。軍本部の敷く鉄壁の布陣は、突破すること自体が絶対的に不可能だ。

 軍本部から地上に出たダイタスを迎えたのは、果てしのない荒野と中天に浮かぶ黄色い太陽という、いつもの光景だった。

「もう昼頃か。たかが会議でこうまで時間を潰されるとはな」

 呟いて足を踏み出しかけたとき、前方に突如として金色の光が迸った。その光は、物質転送時に起こる特有の現象だった。

「来たようだな――『反乱軍』よ」

 光の粒子は三つの人影を虚空に描いた。三つの人影は物質転送の光に導かれ虚空から現出すると、ダイタスの前に立ち塞がる。

「まさか、物質転送機を使って直接ここに転移してくるとは。反乱軍では禁忌とされているロストテクノロジーまで用いて……どうしても私と決着を着けたいようだな、君たちは」

 語るその言葉に一切の感情は含まれない。

 ダイタスの眼前に立ち塞がる三人は、ダイタスの昔の知り合いだった。まだ文明終焉が起こっていなかった頃、宇宙統合政府の実験部隊に共に所属していた仲だった。だが今は、理想を違える敵に過ぎない。

「手前ぇを倒せば全て問題無し、という道理だ。軍の第三支部は俺たちが壊滅させてもらったからな……次は、手前ぇだぜ」

 三人組のリーダー格に当たる筋骨隆々とした男が声高に宣言し、それに続くようにして、残りの二人がそれぞれの獲物を構える。

 溜息をついて、ダイタスは正面から三人を見据えた。刃物による切り傷に、銃創。彼らは全身に怪我を負っていた。恐らくは、第三支部を襲撃した際に負った怪我だろう。

「……傷も癒えていない状態で挑んでくるとはな。独断専行が過ぎて、味方から見捨てられたか?」

「生憎、俺たちの専属医は気難しくてな。そうそう簡単には俺たちの手当なんぞしてくれないのさ」

 リーダーの男がにやりと笑った次の瞬間。目にも留まらぬ速度で、三人の姿がダイタスの眼前から消え失せた。

 ――生体速度の加速化。

 全域大戦時によく使われたテクノロジーの一つで、人体の遺伝子及び神経系を後天的に調整することで、生体速度を任意で加速することのできるスキルだ。生体速度加速化調整を受けた人間は『ドラグナー』と呼ばれ、常人を遥かに凌駕する戦闘力を持つ。

 だが同様に生体速度加速化調整を受けているダイタスにとっては、相手の生体速度加速など、精々が普通の人間より少し速い程度に過ぎない。視覚に捉えられないのは、最初の一瞬だけだ。ダイタスの加速化された知覚は、高速で動き回る三人の姿をたちまち捉える。

「遅い……遅いぞ。それでも文明終焉を生き残った者か、お前たちは!」

 ダイタスは腰に下げた鞘より抜刀。飛び込んできたリーダーの剣を抜き身の刀で受け止めると、彼に告げる。

「マークス。お前は何にでも早く結果を求めすぎる。それが弱点だ」

 三人組のリーダーことマークスに鋭く蹴りをかまし、彼を近くの岩山まで吹っ飛ばす。

 ダイタスは懐から拳銃を取り出すと、次に、白髪を頭に頂く男に銃口を向ける。

「カイル。君は受けに徹しすぎて何もかもを見失っている。一度死んでおきたまえ」

 マズルフラッシュ。カイルと呼ばれた男は、発射された銃弾を剣で弾き飛ばす。だが、遅い。カイルがこちらの動きに気がつく頃には、ダイタスは正確に彼の首を狙い、刀を振るっていた。

 血飛沫が盛大に舞い、ごと、と大きな物が地面に落ちる音がした。

 最後に、ダイタスはハンマーを振るってくる男に刀を投げつけ、

「ガルム。そんな隙だらけの武器を戦場で使うとは、正気を疑うぞ。人生の最初から出直してこい」

 ガルムと呼ばれた男はハンマーを急旋回させ、刀を打ち落とす。その一瞬の隙を突いて、ダイタスは拳銃のトリガーを引いていた。火薬の爆発に伴い発射された弾丸は、過つことなく目標の心臓に到達。合計三発の銃弾の直撃を受け、巨体が地に崩れ落ちた。

「……この程度か。大戦時の主力と謳われたドラグナーも、地に落ちたものだな」

 落胆と共に踵を返そうとした瞬間、一条の光が空間を貫いた。

 ダイタスは横に跳んで寸前でそれをかわすと、正面に目を向ける。遥か前方、岩山まで吹き飛ばされたマークスが、銃型の兵器を持ってこちらを狙っていた。

「荷電粒子砲か。どうやら本気で私を倒すつもりらしいな」

「手前ぇを殺すには、こういうロストテクノロジー兵器に頼らざるを得ないんだよ。手前ぇは――そう、化け物だからな」

「そのような兵器があるから、戦争はいつまで経っても終わらないのだぞ……そうだ、戦争はまだ終わってなどいない。生活に逼迫した人々は猜疑心に囚われ、争いを生む。人はそんな性を持つ。故に、人々を争いの無い世界に導くためには、軍が全ての罪を引き受けるしかないのだ。お前はそれを分かっているのか?」

「手前ぇのゴタクは聞き飽きたんだよッ! 俺たちは手前ぇの野望を打ち砕く! それで全て解決だ!」

「愚かな……」

 マークスは荷電粒子砲を構えたまま、こちらに突進する。彼の指が引き金に触れたそのとき、ダイタスは、反射的に唱えていた。

「――範囲指定、アルファサイズ。我が眼前に在りし対象よ、砕けよ!」

 言葉の終わりと同時。ばちっ、という音を立てて、荷電粒子砲の砲身が砕け散った。

 マークスの顔に、初めて動揺が走った。

「くっ……マジックシステムか!」

「――その通り」

 ダイタスは、笑み一つ漏らさず答える。

 マジックシステム。それは、事象再編成用ナノマシン・マテリアライザーによって行使される人為事象操作のことだ。

 術者は特定の意味を持つ単語同士を組み合わせて詠唱文を作り、唱える。例えばダイタスが先ほど言った言葉は、作用範囲を最小にして眼前にある物質を分解、という意味の詠唱文となる。そしてマテリアライザーは、詠唱文から読み取った意味に応じた事象を構築する。つまり、術者の望む事象を人為的に引き起こすことが可能となる。

 術者の周囲の分子配列を変換し、間接的に事象を引き起こす。それがマテリアライザーだ。それこそが、かつて文明終焉を引き起こした元凶だ。

「クソが……世界を『浄化』するなどと抜かすクセして、マテリアライザーを使うとはな!」

「力に善悪は無い。使う者の意志一つで良くも悪くも変化するものだ」

「だから使うと言うのか! 文明終焉を引き起こした最悪のナノマシンを!」

 そう。文明終焉は、マテリアライザーの暴走が引き起こした。

 文明終焉は、人災なのだ。

「……皮肉なものだな。まさか、世界を救うための要であるマテリアライザーが、文明終焉を引き起こしたとは。しかし、我々の力によってマテリアライザーが世界新生の手助けになるとあれば、文明終焉で亡くなった者たちも報われよう」

「何でもかんでも自分に都合良く解釈してるんじゃねぇッ!」

 砲身が砕けた荷電粒子砲を捨て、マークスは肉弾戦に持ち込む。繰り出される拳と蹴り。それらを逐一かわしながら、ダイタスは思う。

 これまで、ナノマシンは人類にとって危険以外の何物でも無かった。試験型ナノマシン実験地であった第二冥王星と、ナノマシンを用いて惑星改造を行おうとした第五海王星はグレイ・グーによって消滅した。その他にも、数え切れないほどの惑星がナノマシン災害により死滅している。

 人類史上最悪の人為災害として数えられるナノマシン災害によって、多くの惑星を失った記憶は未だ真新しい。そして、宇宙開闢以来最大の災厄である文明終焉もまた、ナノマシン災害だった……。

「かつて、数多の惑星はナノマシン災害によって死滅した。確かにナノマシンは、人類の存亡を脅かす多大な危険性を持つ。だが、それらの問題は、マリアシステムの力によって全て解決される。そして、人類は次のステップに進むのだ」

「手前ぇのそれは宗教だ! そんなこと、できるはずがねぇ!」

「できるのだよ。――否。やってみせなくては、人類に明日は無い!」

 力強く言い放つと、ダイタスは生体速度を更に加速。相手が知覚すらできない速度で蹴りを放った。

 蹴りを放った足を介して、骨が砕ける音と、衝撃が内蔵まで達した手応えを感じた。

 がはっ、という声を発してマークスはその場に蹲り、それっきり沈黙する。

「どうしたね。それで終わりか?」

 沈黙を続けるマークスを見下ろし、ダイタスは自らの意志を冷酷に伝える。このままじっとしていてはお前は死ぬぞ、と。

 死を目前に控えたマークスはかろうじて顔を上げ、苦し紛れにこう言い放った。

「……俺たちが倒れても、意志を継ぎし者が必ず手前ぇを潰す! そうして手前ぇらの野望は、この地上から消える!」

 今わの際に発せられた言葉への返答は、銃声だった。

 胸に穴を穿ちゆっくりと地面に倒れるマークスの最期を見届けたダイタスは、新たな気配を感じて後ろを振り向いた。

「少佐、探しましたよ。突然指令室からいなくなって……それより、そこの死体は何です?」

 振り返った先にいたのはノルグ軍曹だった。ダイタスは役目を終えた拳銃をしまうと、命令を待つ軍曹にこう告げる。

「先日、第三支部を襲撃した者たちだ。本部にのこのことやってきたので、始末しておいた。軍曹、すまないがこの者たちの死体を処理するついでに、彼らの身元とそのバックにいる者たちに関する情報を集めておいてくれ」

「了解しました。それと少佐、次世代型リリウスを目撃した一般兵の記憶を走査して作成した高精度映像をお持ちしました」

 ダイタスは振り返り、携帯端末を受け取る。手渡された携帯端末には、兵が過去に見た光景を精密に再現した映像が映っていた。

「……ふむ。これが、例の次世代型リリウスか」

 端末の画面には、ノースエルトの陰鬱な街並みを背景にして立つ一人の少女が映っていた。外見年齢は十代前半といったところか。銀髪が印象的な少女だった。少女が『すみません』と言ったと同時、回し蹴りが放たれ、映像はそこでぷつりと途切れた。

「次世代型リリウスを目撃したその兵は直後に一撃を受けて昏倒しましたので、記録映像はそこで終わりとなっています」

「ふむ……」

 顎に手を当てて、ダイタスは次世代型リリウスの力を思う。

 ……生体速度を加速せずとも、あの速度か。戦闘能力はなかなかのようだな。

 それから、ふと思いついたことを軍曹に告げる。

「軍曹、至急頼みたいことがある。ナンバー五十三の資料を持ってきてくれないか」

「ナンバー五十三と言うと、アーネイですか? なぜ今更、あの村の資料を?」

「少々気がかりがあってな……不安の芽は、早い内に摘み取っておいた方が良い」

「分かりました。では、探してきます」

 軍曹が立ち去っていくのを見送ると、ダイタスは深く吐息をした。

 軍曹の情報収集能力は極めて優れている。軍のデータベースや衛星測位システムを使用すれば、明日にでも、マークスたちのバックにいる組織の詳細が分かるだろう。そうなれば、軍の総意を以てその組織を潰しにかかることになる。だが……

「悲劇は、繰り返してはならない。五年前の悲劇――アーネイで起こったあのような悲劇を、再び繰り返してはならないのだ……」


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