新生
意識を取り戻した後、最初に視界に飛び込んできたのは、天井の白い色だった。
「……どこだ、ここ?」
ベッドから半身を起こして、アイヴァンは呟く。
石造りの小さな部屋だった。部屋の中を照らすのは、裸電球の照明のみ。床はよく掃除が行き届いており、清潔感を覚える。壁に触れると、石造りの家特有のごつごつとした手触りがした。
「なんつーか……こんなマシな家にいること自体が奇跡のような気がしてきた……」
ノースエルトで使っていた小汚い部屋とは比較しようがない。というか、ここにいると、あそこが人の住む部屋だったのかさえ疑わしくなってくる。
それはともかくとして。
あれから自分は、どれくらい寝ていたのだろう。電子時計を取り出して見ると、『全統暦七〇三〇年アリウスの月第二週目マルスの日』と表示されていた。以前見たときはトナティウの日だったので、あれから二日間も寝ていたことになる。
「……さて、どうしたもんだか」
ジャケットやジーンズは脱がされ、体には包帯が巻かれていた。負傷した腕や足は動かせなくもないが、まだ痛むという状況だ。
あれから、二日。誰が助けてくれたのかは分からないが、我ながらよく死なずに済んだなと思う。
ふと、『銃』のことが気になった。ベッドの傍らにある椅子にかけられたジャケットの中をまさぐると、それはあった。
「あ、あれ? ……なんで直ってんだ?」
二日ぶりに銃を見たアイヴァンは、目を瞬かせた。
ノースエルトで、軍の兵隊に向けて引き金を引こうとしたあのとき。銃は逆に撃ち抜かれ、確かに破壊されたはずだ。破壊されたはずだというのに――今アイヴァンが手にする銃は、直っていた。元の状態に、完膚無きまでに修復されていた。
「誰かが直してくれた……ってことは無いな。絶対」
この銃とは、幼い頃に手にして以来長い付き合いとなる。だから、知っていた。この銃は、一朝一夕で修復できるような代物ではないということを。
と、何の前触れもなくドアがノックされた。入るぞ、という落ち着いた低い声と共にドアが開かれ、白衣姿の若い女性が現れる。
最初に思ったのは、綺麗だ、ということ。次に思ったのは、『こいつとはなるべく会話したくないな……』だった。
それもそのはずで、女性の表情は無愛想極まりない仏頂面。平均的な女性と比較してややキツめの目つきが更にそれに拍車をかけている。墨を流したかのような黒髪が白衣とコントラストをなしているのが、妙に印象的だった。
……医者、か?
白衣を着ているからには、医者なのだろう。それにしては随分若い。雰囲気から判断するに二十代前半ほどか――そんなことを思っていると、目の前の女性は単刀直入に切り出した。
「聞いて驚くなよ。今のあんたは、本来死んでいる」
「……はあ? 何言ってやがる、俺ぁまだ生きてるぞ」
困惑と怪訝の入り混じったアイヴァンの言葉の先を、医者は手で制する。
「まあそう結論を急ぐな。あんたをここまで運んできたティリアという女の子に大体の事情は聞いたんだがな……ノースエルトで、あんたは肉体の各重要部位を撃ち抜かれた。あんたはその時点で死んだ、はずだった。今のあんたは、ティリアのリオーガナイザーを体に埋め込まれ何とか生きている状態だ」
「……リオーガナイザー? 何だ、そりゃ」
聞き慣れない単語に目をぱちくりとさせると、女医者は少しだけ困った顔をした。
「……ああ、どう説明した方がいいか。ナノマシン、って分かるかな?」
「文明終焉以前に散々使用された分子機械のことだろう。ナノメートルサイズでの人為的作業を可能とする機械だ。それがどうした」
女医者は、ほう、と眉を上げてみせた。
「よく知っているな。ウィルスサイズの極小機械、それがナノマシン。ナノマシンは、物質を再編成する――ああ、私らは、分子配列の組み換えのことを『再編成』と呼ぶんだ。ナノマシンは用途に合わせて様々な種類が存在するけど、中でも人体細胞の再編成に特化して開発された物を、リオーガナイザーと言ってな。本来は、医療用に用いられていたナノマシン群体さ」
「ちょ、ちょっと待て。ナノマシンの講釈を垂れるのは別に構わないが、そもそもお前は何者なんだよ? ついでにここはどこなんだ?」
「ああ……そうだな。忘れていた、すまない。ここは、ガンズヒル。あんたのいたノースエルトから見て、西部へ進んだ場所に位置する小さな街だ。そして私は、この街の医者をやっているファリナという者だ」
そう名乗って、ファリナは握手を求めてきた。
「俺の名はティリアから聞いているかもしれないが、一応言っておく。アイヴァンだ」
そう返し、差し出された手を握る。
「……で、俺をここに運んできたのがティリアだと言ったな。あいつは今、どこにいるんだ?」
「疲労がたたって、別の部屋で休んでいる。ガンズヒルは周辺を荒野に囲まれていてな……ティリアはその荒野を横断してここまでやって来たんだそうだ。まったく、非常識極まりない」
アイヴァンは、思わず言葉を失った。
ティリアが、負傷した自分をここまで運んでくれた?
荒野を横断するという無茶をしてまで?
……おいおい、冗談じゃねぇぞ。どこの世界に自分を捨ててまで他人を助けるような奴がいるんだ。
ノースエルトで暮らして五年。自分を省みず他者を助けるという行為がどんなに馬鹿馬鹿しく報われないことか、身に染みて分かっている。
ティリアと話をしなくては。自分をもっと大切にするよう、言ってやらなくては。ベッドから起き上がろうとしたアイヴァンに、途端、貫くような痛みが全身を襲った。
「……くっ」
痛みに歯を食いしばるアイヴァンを見て、ファリナが眉をひそめた。
「動くな。あんたは本来死人なんだ。下手に動き回れば、再編成中の組織が崩れてまた死ぬぞ」
ちっ、とアイヴァンは舌打ちする。
「分かったよ、大人しくしてりゃいいんだろ。仕方ねぇから、お前と話でもしてるよ」
「……。随分と横柄だな、あんた」
「気にすんじゃねぇ。んで、さっきからお前が言ってる『本来死人』ってのはどういう意味なんだ」
「あんたの体内に入ったリオーガナイザーは生体電気を原動力に自己複製を繰り返して、あんたの損傷部位を全力で修復しようとしている。それでも修復できない部分は、リオーガナイザー同士が結合して擬似的に細胞を形成している。つまり、今のあんたは損傷した箇所をナノマシンで補っているということになる。肉体の一部をナノマシンという異物で補っているわけだから、今は大丈夫でもその内、肉体の拒絶反応が出てくるだろうな」
「……おい、ちょっと待て。馬鹿を言うなよ。確かにナノマシンは便利な物だが、万能なわけじゃねぇ。不可能なことも当然ある。文明終焉以前の世界じゃ、分子工学技術の発達に伴いナノマシンも機能を進化させてきた。だがそれでも、ナノマシンは何でもできるってわけじゃない。そうだろう?」
「ほう。よく知っているじゃないか。正直、そこまで知っているとは思わなかったぞ。だがな……世の中には、何事も例外というものがある。かつての宇宙統合政府に、ナノマシン開発研究部門があったことを知っているか?」
さすがにそれは知らない。首を横に振って応じるとファリナは、
「当時、まだ未開拓状態にあったナノマシン研究に対し、統合政府は先行してイニシアチブを取るため専門の部署を設けた。それがナノマシン開発研究部門であり、全域大戦時において最も勝利に貢献した機関だ。
余りある資金にモノを言わせて開発された統合政府製ナノマシンは、民間が作り出したのとは比較にならない力を持つ。大戦時においては、統合政府製ナノマシンの力によって容易に死者は蘇り生者は滅したと聞く。そしてあんたの体内にあるリオーガナイザーも、統合政府製だ。ここまで言えば、リオーガナイザーが如何に常識外れの代物か分かるだろう?」
なるほど。実に分かりやすい説明、どうもありがとう。
……話が本当なら当分は動けそうにないか、クソ。
顔を険しくするアイヴァンをよそに、ファリナは更なる衝撃の言葉を告げた。
「問題はな――ティリアがリリウスだということだ」
……あいつ、そんなことまでこいつに話したのか?
文明終焉以前の遺産であるリリウスは、それ自体が膨大な稀少価値を有している。そんな重要なことをぺらぺらと見知らぬ人間に喋るとは、無防備にも程があった。
「リオーガナイザーはティリアによって電子制御されている。あんたも知っているだろうがリリウスは『兵器』だ、機密保持のための様々な措置が採用されている。彼女のリオーガナイザーもその例外ではなく、特殊な調整を施されたものとなっている」
「……いちいち回りくどい。つまり、どういうことなんだ」
「ティリアが機能停止するか、もしくは彼女と一定の距離を置くと……ティリアを中心として半径一キロ以内かな。それ以上彼女と離れると、自動的にリオーガナイザーは機密保持のため自壊プログラムを作動させる。要するに、ティリアが死ぬか、もしくは彼女から一キロ以上離れると、あんたの体内で細胞組織を再編成しているリオーガナイザーが自壊する――つまりあんたは、再び死ぬこととなる」
アイヴァンは、今度こそ絶句した。
「……おい、冗談じゃねぇぞ。俺の生殺与奪権はティリアが握ってるってことか?」
「そうとも言うな。まあ、損傷部分が完治したらリオーガナイザーは自動的に機能停止するから、治るまで待つことだな」
「人の命がかかってるってのに、随分と気軽に言ってくれるな。はっ、これまでに何度も人の死を見てきたお医者様はこの程度では動じないってか?」
吐き捨てるように言うアイヴァンを、ファリナは鼻で笑った。
「医者という職業に理解の無い者は皆そう言うな。まあ、仕方の無いことではあるが」
「つうかお前、本当に医者か? その歳でそこまでナノマシンに詳しい医者なんて、そうそういるもんじゃねぇぞ」
「そんなことを言ったらあんたも同じだ」
言って、ファリナは肩をすくめる。
……つまり、お互い様だと言いたいらしいな。
だが、とアイヴァンは思う。
文明終焉以前のテクノロジーに関する知識の保有度は、確かにお互い様な状況ではある。しかしそれを差し引いても、ファリナの知識は異常だ。ナノマシンに、リリウス。たかが生体患者専門の医者だというのに、文明終焉以前のテクノロジーにこれほどまでに詳しいとは。
加えて、ファリナの態度を見ると、ティリアから教えられたというより、もっと以前からそのような知識を得ていたように思える。
「……なあ。あんた、本当に、本当に医者なのか?」
「くどい。何度も言わせるな。私は紛れも無い生体患者専門の医者だ」
「じゃあ聞くが、なんで生体患者専門の医者なんてやってんだ? それだけの知識があれば、サイボーグ野郎専門の医者だってできるだろうに」
「知識と技術は別物だ。それに私は……進みすぎた科学技術は嫌いな方なのでな」
「だから関わらないってか。お前、自分のスキルをもったいないと思わないのか?」
「その言葉、そっくりあんたに返す。未発掘の遺跡に潜って無事に生還できるほどのスキルがあれば、どこかのちゃんとした調査部隊にも入れるだろうに。違うか?」
皮肉ぶった口調で言われたその一言で、彼女に対する疑念や邪推はすっかり失せてしまった。
……何だ、こいつも俺と同じなのか。
ファリナが自分と同じ立場にあることを理解したアイヴァンの心に湧いて出てきたのは、彼女に対する親近感と興味だった。
「お前ってさ、口調とか性格はぶっきらぼうで無愛想だけど、実は結構優しそうだよな」
「前半は余計だ、馬鹿者が」
不機嫌そうに反応を返すファリナに、アイヴァンは苦笑いする。
ファリナは確かに綺麗ではあるが、人をよせつけないオーラを放っている。そんなので、本当に医者などやっていけるのだろうか。親しげに患者と接して安心させるのも、医者の仕事の内なのだが。
そんなことを漠然と思っていると、女医者は、その美しい眉間に皺を寄せてこちらの顔をじっと凝視してきた。
「何だよ、人の顔をじろじろ見て。どうかしたか?」
「いや……あんた、前にどこかで会ったことあるか? 何か、以前にもあんたの顔を見た気がするんだがな」
「そうか? 俺はそんな覚えなんか無いけど。それよりお前、よくそんな性格で医者なんてやってられるな。そんなに無愛想だと、怖くなって患者が逃げるぜ」
「うるさい、色々と事情があるのだ。それにしても……すんなりと話が通じて良かったよ。盗掘屋に難しい話はまず通じないと思っていたからな。あんた、意外と頭良いんだな」
「……何気に毒のある言い方は無視しておく。俺が多少なりとも知識を持っているのは、お袋の教育の賜物さ。お袋のお陰で、昔はそれなりに学があった。ま、今じゃこのザマだけどな」
「ほう。昔は神童、今は凡人ということだな」
「いちいち気に障ることを言うんだな、お前は……」
「癖みたいなものだからな、気にするな。……さて、私はそろそろティリアの様子を見に行くが、何かご要望はあるか?」
アイヴァンは少し考え、
「銃器に詳しい知り合いがいたら、この銃を見てくれるよう頼んでくれないか?」
そう言って『銃』を差し出すと、ファリナの形の良い眉がひそめられた。
さすがにこの頼みは無理か……と思っていると、
「いいだろう。もっとも、期待に添えられるかどうかは、今のところ分からんがな」
承諾して銃を受け取ってから、ファリナは部屋から出て行った。
小鳥のさえずる音が聞こえる。
まだ太陽の昇り切っていない早朝。辺りを包み込む清浄な空気の中、ティリアは目覚めた。
「えっと……ここは確か……」
少し考えた後、荒野で倒れた自分を介抱してくれたファリナの家だということに思い至る。
……そうでした、私はファリナという人に……。
助けてもらったのだ。そして、彼女に一通りの事情を話した後、疲労のあまりその場で眠ってしまったのだ。
それから二日。無理をしすぎた反動で、ずっと眠っていたことに思い至る。今もまだ全身の気だるさが取れず、柔らかいベッドと暖かい毛布の心地よい感触に、すぐに眠ってしまいそうになる。
「……とりあえず、身体チェックでもしましょう」
眠気覚ましのため、起き上がって簡単に自分の体をチェックしてみたところ、コンバットスーツとリグレーを装着していないことに気づいた。
今のティリアは、普通の人間たちが着るような服を着ていた。
「なんか、ちょっと違和感が……」
コンバットスーツはリリウス一人一人に合わせて作られた特注品だ。スーツを着ていないと、何だか落ち着かなかった。否、それより問題なのは、リグレーとスーツがどこにいったかだ。一体どこに、と思って視線を巡らせると、すぐ傍の壁に立てかけてあるリグレーとスーツを見つけた。
……そういえば、前の晩に脱着しておいたんでしたっけ?
極度の疲労から眠りについたため、前の晩の記憶が少し曖昧だった。
「――ティリア、ちょっと部屋を開けて貰えないか?」
「あ……はい、分かりました」
廊下側から声が聞こえたのでドアを開けると、トレイを持ったファリナが部屋に入って来た。トレイの上には、香ばしい匂いを漂わせるパンや湯気の立つスープが乗っている。
「腹が空いているだろうと思ってな、食事を持ってきたぞ」
「わあ……美味しそうですね」
生まれて初めて見る豪勢な食事に、ティリアは目を輝かせる。
ファリナは木彫りのテーブルにトレイを置いてから椅子に腰かけると、
「ティリア、その服の着心地はどうだ? 私の服なんだが、何か変なところがあったら遠慮なく言ってくれ」
「え、この服ってファリナさんのなんですか?」
改めて自分が着ている服を見る。黒いタートルネックに、ミニスカート。脳内データベースに登録されている人間女性の標準に近い服装だった。
「そっか……これ、ファリナさんの服なんですね。人間の服は初めて着ますけど、特に変なところはないです」
「ふむ、そうか。そういえば、ティリアは今までこのような……人間の食べ物を食べたことも無かったのか? 何だか、料理を初めて見るような目つきだったの気になってな」
「リリウスは培養装置の中で育成されるっていうことは昨日言いましたよね? 培養装置の中では、常時必要な栄養素が供給されるので食事を摂る必要は無いんです。ですから、培養装置から出たばかりの私には、人間の食べ物は初めてですね」
「そうか……ああ、食べてくれていいぞ。折角の料理だ、冷めてしまってはいかんからな」
「はい、いただきますね」
そう告げて椅子にかけ、ティリアは料理に口をつける。パンにはハーブが練り込まれていて、一口ごとに豊かな香りが口腔内に広がる。暖かいスープの正体はポテトスープで、まろやかな味わいが特徴的だった。
「……美味しい……」
初めて触れる料理の味にティリアが感嘆していると、
「ティリア、食べながらでいいから話を聞いてくれないか?」
「はひ? はんでひょうか?」
口に食べ物を詰め込んで話すティリアに苦笑しつつ、
「ノースエルトで軍と戦ったと言ったな。そのときの状況を、詳しく教えて欲しいのだ」
ファリナはそんなことを言った。
「ええと……ノースエルトに来た軍隊が戦闘行為を始めて、私たちはそれに巻き込まれて逃げてきた……っていうのは前に言いましたよね。私もそれ以上のことはよく分からないんですが……あ、でも、軍隊の武装や特徴は分かります」
「分かった、じゃあそっちを頼む」
「軍隊が使用していた兵器は、文明終焉以前のテクノロジーによって造られた物……いわゆるロストテクノロジー兵器ですね。私が見た限りでも、荷電粒子砲や電磁加速銃を使っていました。一方、特徴はと言うと、黒を基調とした軍服に、同じく黒の軍靴。脳内データベースによると、彼らが着用していた物は統合政府製の物と断定。この軍隊は、実験部隊という名称の部隊だということが判明しています」
実験部隊という単語を聞いた途端、ファリナの肩がびくりと震えた。
「実験部隊か……まさか、奴らが出てくるとはな」
「ファリナさん、実験部隊を知っているんですか?」
「……ああ。実験部隊というのはな……宇宙統合政府に所属していた、特殊な部隊だ。実験的な兵器のデータを採るための部隊で、空間を超越して如何なる場所との通信も行える情報転移通信や、標的の内側に重力波を発生させて粉砕する重力転移砲などといった特殊兵器を扱っていたと聞く。もっとも、それら技術のほとんどは到底実用に及ばないレベルの物だったようだがな」
「何だか怪しい部隊ですね……」
「実際、実験部隊を見た者はいなかったらしくてな。実験部隊など、実体の無い単なる噂の産物だと考えられたときもあったようだ。しかし、今回の件で本格的に表舞台に現れたとなると……まずいことになりそうだな」
「まずいこと……ですか?」
「実験部隊は通常兵器の他にも、実戦に出ることのなかった兵器も保有している。つまり、未知の力を持つ兵器を保持している可能性があるということだ。もうそれだけで、危険性は高い……何しろ実戦に出る機会の無かった兵器だ。彼らの保有している兵器は一撃で惑星を打ち砕く代物だった、というような可能性は十分考え得る」
「うーん……惑星を破壊ですか。確かに、脳内データベースにもそういった兵器の存在は記載されてますけど……あ、ごちそう様でした。この料理、凄く美味しかったです」
料理を綺麗に平らげたティリアは、ぺこりと頭を下げて感謝する。
「美味しかった、か。うむ……そう言って貰えて光栄だ。患者を切り分けるのは得意でも、料理の腕はそれほど上手いとは自分では思っていないのでな」
「あ、あはは……そうですよね、解剖と料理は全然違いますよね……」
引き攣った笑みを漏らすティリア。ファリナは『うむ、まったくだ』と頷いて、次の用件を切り出した。
「ティリア。少し見て貰いたい物があるのだが、いいか?」
「あ、はい。何でしょう?」
「これなんだが……ティリアから見て、この銃はどう思う?」
ファリナが懐から取り出したのは、銀色の銃だった。そっと手を伸ばし銃に触れた途端、よく見知った情報が脳内を駆け巡った。
「これは、まさか……リオーガナイザー?」
「……恐らくはな。ティリアが用いた物と同じタイプのナノマシン群体が、その銃には組み込まれている。ただ、活性化状態にあるわけではなさそうだな。ティリア、この銃のリオーガナイザーを活性化できるか?」
やってみます、とティリアは元気良く返して、活性化プログラムを起動するための生体波動を銃に送った。
リオーガナイザーは、活性化状態であるのならば所有者の受けた身体的損傷を自動的に治癒する。つまり、活性化に成功すれば、ティリアのリオーガナイザーとの相乗効果により、アイヴァンの肉体の修復速度は加速度的に早まる。
「リオーガナイザーなどという代物を組み込んでいるほどだからな。その銃は恐らく、形態変化を行ったり持ち主の損傷を修復する以外にも、隠された機能があるはず……」
「確か、形態変化や損傷修復もリオーガナイザーの機能の応用によるものでしたから……きっと、隠された機能は更なる応用形に違いないはずです」
「そうだな。……しかし、アイヴァンもよくよくナノマシンと縁のある奴だ。まさか、普段持ち歩いている銃にリオーガナイザーが使われているとは」
「……ファリナさんは、なんで生体専門の医者になったんですか?」
唐突な質問に、ファリナは面食らったような表情になった。が、すぐさま取り繕うと、
「アイヴァンと同じようなことを聞くんだな。なぜそんなことを聞く?」
「だって、それだけの知識を持っていて……なんでロストテクノロジーに関わる仕事に就こうとしないのか、私には不思議に思えて仕方ないんです」
「ますますアイヴァンと同じだな。まあいい……率直に言うと、ロストテクノロジーが嫌いだからだ。これで十分か?」
「じゃあ……なんで、嫌いなんですか? その理由を、教えて下さい」
答えを必死で引き出そうとするティリアの姿に、ファリナは苦笑した。
「ティリア、なぜそんなにも必死になるんだ? 極論すれば、私は赤の他人に過ぎないのだぞ。たかが赤の他人の好みの問題に、そこまで入れ込む必要などあるまい?」
「いえ、それは……ファリナさんからは、何か普通の人と違うような感じを受けるんです。何というか、上手くは言えないんですけど……ロストテクノロジーに関して知識のあるファリナさんがそこまでロストテクノロジーを嫌うのには、何か意味がある。そんな気がします」
ファリナは、目を細めた。
「……ロストテクノロジーは、確かに便利だ。だが、その行き着く先は一体何なのか、考えたことはあるか?」
「いえ……ありません。まだ、そういうのは良く分からないんです……」
「なら覚えておくことだ、ティリア。ロストテクノロジーの行き着く先は破滅しかない。かつて、栄華を極めた文明が一瞬にして滅んだように……あの強大な力は、今の人の手には余る代物なのだ。ロストテクノロジーは、使うべきではない。私はそう考えている……」
「なるほど……だからファリナさんはロストテクノロジーに関わらないようにしている。そうなんですね?」
「……まあな。だが、ロストテクノロジーの実態はもっと複雑で……私の意見など、それほど重要なものじゃないさ。所詮、私個人が感じる些細な問題に過ぎない。――まともに受け取るな、ティリア。人の意見を受け流すのも、時には重要だ」
そう言って、ファリナは肩をすくめた。
彼女の言ったことの意味を吟味しながら、ティリアは思う。
……ファリナさんの言うことは、正しいと思います。
書物を読んで様々な事柄を学習してきたティリアにとっても、ファリナの言うことは正しく的を射ているように思える。ロストテクノロジーに関する深い知識に加え、その危険性を見通す先見性。ファリナには、明らかに常人を超越した何かがある。
「何だか……凄いです」
想像すらできないような知識を多量に持ち、かつそれらを正しく扱っていくファリナに対して、ティリアは憧れにも近い感情を抱いていることに気づいた。
……きっと、これが『人間』と触れ合うっていうことなんですね。
人は、自らが持たないものを持つ者に憧れや尊敬の念を抱く。それはとても人間らしく良いことだと、ティリアは思う。
「……で、ティリア、その銃の活性化状況はどうだ?」
「え? あ、はい、ええとですね……」
考え事に没頭していた心を現実に引き戻したファリナの質問に、ティリアは答える。
「リオーガナイザーの活性化進行速度は良好。もう私が活性化用の波動を送らなくても、勝手に活性化していくと思います。数日もすれば、完全に活性化するはずです」
ティリアは銃から手を離す。
ファリナは、触れる者のいなくなった銃に手を伸ばすと、
「そうか……ならばもう大丈夫だな。すまんな、妙なことに付き合わせてしまって」
そう告げて、銃を懐にしまった。
「いえ、私こそ……変なことを聞いてすみません。ちょっと、反省しています」
「ふふ、お互い様ということだな。ああ、そうだ……変なことついでに、私からも一つ聞きたいことがある。アイヴァンのフルネームは、どういったものなのだ?」
「えっと、確か、ラーディスだったと思います。アイヴァン=ラーディス、それがマスターのフルネームです」
「……ふぅむ」
腕組みをして黙り込むファリナ。しばらくして彼女はぼそりと呟いた。
「まあ、色々試してみないとまだ分からないか……」
「……? 何の話ですか?」
「何でもないさ。ところでティリアは、この後どうする?」
「うーん……まだ疲労が回復してないので、もう少し寝ることにします」
「まあ、無茶をしてまた倒れて貰っても困るからな。……では、私はこれで退散するとしよう。またな、ティリア」
そう告げると、ファリナは食器を持って部屋から出て行った。
「――マリアシステムの開発状況はどうなっている?」
ノースエルトの一件から二日。軍本部に帰投したダイタスは、開口一番そう告げた。
「順調です。肉体を構築するリオーガナイザーの調整も、上手くいってます」
マリアシステムの開発に従事する白衣姿の最高責任者が、すぐさまそれに答える。
「そうか、ご苦労だったな。早速で悪いが、開発状況を確認したいのだがよろしいか?」
「ええ、構いませんよ。それでは、こちらへ……」
責任者に案内され、蛍光灯の灯る通路を渡った先の一室に入る。そこでは、慌ただしく働く研究員や設置された数々の機器や設備に混じって、中央に円筒状の容器が置かれていた。
「ご覧の通り、経過は順調ですよ。何の問題も無し。順調すぎて、却って怖いぐらいですな」
責任者の言葉を受け止めながら、ダイタスは腕組みをした。その視線は、桃色の液体に満たされた容器に向けられている。
「ナノマシンによって構成された存在――か」
容器の中にいるのは、裸身の少女。金色の髪を纏う見目麗しい少女が、容器の中でじっと蹲っていた。
「世界を滅ぼした元凶を、世界を救う存在に新生させる。我々の考えに、間違いは無いはずだ……」
順調に構築されつつあるマリアシステムの肉体を見上げ、ダイタスは陰気に呟いた。