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『軍』の襲撃

 老師を探して街中を彷徨い続け、どれほど経っただろうか。

 常時ポケットに入れている電子時計を取り出して見てみると、『全統暦七〇三〇年の月第二週目トナティウの日一六時ニ七分』と表示されていた。この電子時計は文明終焉以前の物であるため暦の表示が古いが、使用に際しては特に問題は無い。

「もうそろそろ夜か」

 電子時計の液晶に表示された時間を見て、アイヴァンは溜息をついた。

 まだ雨は降り続いていた。僅かにこの街に残っている街灯の明かりを頼りに再び入り込んだ裏通りでは、陰気極まりない曇天の下、住民たちが右へ左へと忙しなく走り続けている。他に目に入るのは、青いテントばかり。相変わらずな光景だった。

「……しっかし、見つからねぇな。ジイサンはどこに行ったんだか」

 ノースエルトの住民がテントを自宅として使う理由は単純だ。固定式住居と異なり如何なる場所に移動可能な簡易式テントには、敵の目を欺くという側面があるからだ。しかし、敵に自宅の居場所を特定されにくいという面はこの街では大いに有効であるが、人探しをする際には不便極まりない。

 嘆息しつつ辺りを見渡していると、薄汚い格好をした子供が寝ているホームレスの衣服や食料品を奪い去っていくのが見えた。

「……子供のスリか。この街も、随分生き難い場所になったもんだな」

 盗難など、この街ではよくあることだ。ルールさえ守れば、この街ではあらゆる犯罪は許される。それがこの街に住む者の絶対であり、アイヴァンも例外ではない。しかし、年端もいかない子供が犯罪行為に手を染めているところを見ると心がチクチクと痛むのは、なぜだろう。

 ……俺がおぼっちゃん育ちなせいかもな。

 昔は、今と違って純粋だった。最初にこの街に来たときには、その混沌ぶりに呆れたのを覚えている。今となってはそれも懐かしいが。

「思えば遠くに来たもんだよな。この街に初めて来たのは確か……」

 ノースエルトに辿り付いた時期を思い出そうと頭を捻っているそこへ、後ろから声がかかった。

「お主がこの街に来たのは、五年前じゃよ」

「おお、そうだそうだ、五年前だ――ってジイサン、いきなり出てくんなよ。びっくりするだろ」

 振り返った先では、老師がいつもの東方の出で立ちで腕組みしていた。相変わらず、出現タイミングが読めない老人だ。

 老師は顎鬚を撫でながら、にやりと笑った。

「この街に来たときのお主はまだ十三、四歳じゃったか? この街の混沌ぶりについていけなくて、ぴいぴい泣いてたのが懐かしいのお」

 そんな老師の言葉を無視し、アイヴァンは尋ねる。

「ジイサン。聞きたいことがある」

 アイヴァンの真剣な表情から言いたいことを察したのだろう、老師はふむ、と唸って目を細めた。

「儂がお主に遺跡を調査するよう依頼したことについて、かの?」

「ああ、そのことでなんだが――」

 話を進めようとした刹那、虚空に突如として謎の閃光が迸った。

 迸った閃光をアイヴァンが怪訝に思った、その瞬間。衝撃波と共に、何の前触れもなく眼前に一機の巨大な航空機が出現した。

「なっ……何だありゃあ!?」

 衝撃波に吹き飛ばされぬよう踏ん張りながら、アイヴァンは叫んだ。

 突如として現れた黒い航空機は、一見するとジェット機のようにも見える。だが、物理法則を無視して『無の状態からいきなり出現する』ようなジェット機など、聞いたことがない。

 衝撃波の収まった頃には、一体何事かと裏通りが騒がしくなりつつあった。動揺する周囲から視線を外し、老師は顔をしかめる。

「……むぅ。あやつら、こんなタイミングに来るとは……」

 航空機を忌々しい顔つきで眺める老師に、アイヴァンは、混乱気味の頭を捻って作り出した質問をぶつけた。

「おい、ジイサン! 何だよありゃ! 何も無い虚空からいきなり出現したところを見ると、ロストテクノロジー兵器か何かか!?」

「……その通り。あれは、文明終焉以前に使われた、空間転移輸送機じゃ。機体装甲表面に遍在する『A粒子』に指向性を与えることで、任意の座標に転移するのを可能とする……要するに、ワープじゃな。空間を飛び越えて、世界中のほぼあらゆる箇所に乗員をワープさせることを可能とした究極の輸送機じゃ」

「はあ!? 何言ってるんだかさっぱり分からねーよ!」

 ちんぷんかんぷんな説明をする老師から顔を背け、アイヴァンは眼前の航空機こと空間転移輸送機に目をやる。と、空間転移輸送機に取り付けられた自動扉が開き、中から人が出てきた。

 ざっと数十名だろうか。独特の規律ある動きで空間転移輸送機から出てきた彼らは、その誰もが黒色を基調とした軍服を着て、文明終焉以前の物と思しき兵器の類を手に持っていた。

「……あいつら――」

 彼らの動きと格好を見た途端、五年前の情景がフラッシュバックした。

 ――雨。燃える村。兵隊。

 無意識に握った拳が、震えた。

「あいつらは……五年前、俺の村を襲った奴らだ……!」

 普段は決して陥ることのない激情が、心を支配した。激情に駆られるままその場から飛び出そうとして、背後から腕を掴まれる。

「待て、アイヴァン! お主の事情とそれに付随する感情は儂とて理解できる! じゃが、奴らに向かっていくのだけは止めるのじゃ! あやつらは……『軍』は、大戦の残存勢力じゃ!」

「『軍』だぁ……? 知ったことじゃねぇ、あいつらには故郷を滅ぼされている! 奴らの横暴を、黙って見過ごす訳にはいかねぇんだよ!」

 老師を振り払い、アイヴァンは前方の集団目がけて駆け出した。

「話を聞け、アイヴァン! この大バカ者がぁっ!」

 ……すまねぇな、ジイサン。だがこれは、俺のケジメみたいなもんなんだ。

 故郷を滅ぼされ、五年。そして、今。自らの過去にケジメを着ける絶好の機会が、あちらからやって来たのだ。こんな機会を、むざむざ見逃すわけにはいかなかった。

「うおおおおおっ!」

 ほぼ無意識の内に右腕の腕輪に触れ、銃へと形態変化させる。狙いは、集団を統率している指揮官と思しき人物。

 画一化された集団の中で一際目立つ、豪奢な意匠を施された軍服を纏うその人物に照準を定めたところで、相手がこちらの存在に気づいた。

「何者だ、貴様!」

 鋭い口調で発せられる問い。

 無視してアイヴァンは引き金を引こうとし――逆に、撃ち抜かれていた。軍の兵士たちが手にする銃から一条の強烈な光が迸ったと思った瞬間、アイヴァンの銃は閃光に貫かれ機能を停止していた。

「なっ……!」

 呻く。自分はそれなりに銃の腕はある方だと思っていたが、相手はその更に上を行っていた。

 ――実力の差がありすぎる……!

 ビームに貫かれ銃口を破壊された銃を捨てることもできず、ただ呆然と立ち尽くすアイヴァン。軍の指揮官はそんなアイヴァンの姿を見ると、

「ふん、反乱分子か。構わん、撃て」

 情け容赦ない指示と共に放たれた閃光が、反応する間も無くアイヴァンの体を貫いていた。

 痛みは無かった。ニの腕、足の膝、胴体、胸部……ビームに貫かれた箇所が灼熱し、神経ごと焼き尽くす。あるのはただ、糸が切れた人形のように、自分の肉体が地面に崩れ落ちる感覚だけだった。

 そして――意識がブラックアウトしていく。肉体が、急速に死に向かっていく。

 ……おい、ちょっと待て。こんな簡単に俺の人生終わるのか?

 今死ぬには、心残りがありすぎる。老師からはまだ事情を聞いていない。ティリアのことについても謎が多すぎる。何より、五年前に起きた出来事の決着は着いていない。

 だが、迫り来る闇は、無慈悲にもアイヴァンの体から力と意識を奪っていく。

 ……くそっ、まだ死ぬわけにはいかねぇってのに……!

 意識が暗く沈みゆく中、アイヴァンの脳裏に浮かんだのは、かつて五年前の悲劇で行方知れずとなった『彼女』の姿だった。


 ノースエルトの裏通りを、ティリアは疾走していた。

 白いコンバットスーツに包まれた肢体が駆ける度、周囲から恐怖と畏怖の念が入り混じった視線が突き刺さるが、今はそんなことは気にしてはいられない。レーダーを介して脳内に表示された座標を頼りに走り続け……そうして辿り着いた先で、ティリアは見た。

 現代に蘇った、実験部隊という名の軍隊。そして、兵士たちが銃口より放った閃光に貫かれ、倒れるアイヴァンの姿を。

「アイヴァンさん――ッ!」

 兵士たちは動きを止めない。確実に射殺するためか、次の銃口をアイヴァンに向けている。

 ――このままではアイヴァンは死ぬ。彼を助けるには、戦うしかない。

 生まれたときより備わる知識が、無意識にティリアの体を動かしていた。

「戦闘起動。脳内リミッター解除。コンバットモードに移行」

 脳内回路がコンバットモードに切り替わる。

 コンバットスーツが皮膚下に走る神経の電気信号を読み取り、その情報を、背中の棺桶こと兵装コンテナ『リグレー』に伝える。思考情報を読み取ったリグレーは瞬く間に内部ロックを解除し、その真の姿を現した。

「ブレスオブドラゴン――展開」

 背部の兵装コンテナが解放され、内側に収められた三対の砲身の内一対が肩口の上部より出現する。長さはニメートル。前方に展開した砲身は、鈍い漆黒の輝きを放っていた。

 ――この宇宙には、事象貫通粒子『A』というものがある。

 A粒子は、あらゆる事象を貫通して移動する。故に光速を超える速度で移動し宇宙全域に満ちるA粒子は、その特殊な性質からこれまで観測されることがなかった。しかし文明終焉以前、高度に発達していた文明はA粒子の観測することに成功し、これを兵器に転用した。ティリアが展開したブレスオブドラゴンは、このA粒子を用いた兵器であった。

「アイヴァンさん、今助けます……!」

 目標は、空間転移輸送機。

 リグレーを介して神経と直結されたトリガーを引いたと同時。亜光速で撃ち出された事象圧縮弾は周囲に破壊を撒き散らし、目標に到達した。

 A粒子は物質化寸前まで圧縮されると、周辺の事象を圧縮しつつ自壊していく特性を持つ。この特性を利用し弾頭として精製した物を、事象圧縮弾と呼ぶ。事象圧縮弾の特性は、弾頭の軌道を中心として周囲に事象圧縮を行い、大規模な破壊を撒き散らすところにある。――すなわち、事象圧縮弾の軌道はブラックホール化する。

 ブレスオブドラゴンの事象圧縮弾は、生身の人間であるリリウスでも扱えるよう威力調整されているため、効果範囲は極小でしかない。だがそれでも、ブラックホールだ。放たれた事象圧縮弾は音も無く、目標である空間転移輸送機を粉々に粉砕した。

「な、何だ!? 何が起こった!」

「事象圧縮弾だッ! 六時方向からの射撃だ、周辺を徹底的に調べろ!」

 死角からの攻撃に反応できなかった兵士たちは、自らを攻撃してきた者を探すべく周囲に散開する。だが、そんなことで発見されるはずも無い――ティリアが現在いる地点は、彼らがいる場所から一キロメートルも離れているのだから。

 コンバットモード時のリリウスの視力は、高空を飛ぶ渡り鳥の姿を正確に捉えることができるほどだ。加えて聴力は、遠く離れた場所で針が落ちた音を拾うことさえできる。そのような肉体面の優位さを活かせば、今回のように『相手の声を直接聞きながら遠距離狙撃をする』というような離れ業を行うこともリリウスには容易い。もっとも、膨大な集中力を必要とするので多用できないのが難点だが。

「慌てるな! 残った各小隊は、アンチAシールドを展開! 第二波に備えろ! 調査に向かった者はそのまま作業を続行だ!」

 指揮官から飛んだ指示により、兵士たちは元の冷静さを取り戻す。だがそれでも、簡単には混乱は収まらないようだった。狙い通り、彼らの注意はアイヴァンから完全に逸れている。道の中央に立つティリアはその場から急いで離脱し、アイヴァンの回収に向かった。

 事象圧縮弾の発射と街のルールを知らぬ兵士たちの身勝手な行動により、裏通りは今や暴動が起こりかねない一触即発の気配に包まれていた。中には憤怒のあまり、調査に向かった兵士の胸倉を掴む者までいる。このままでは、近い内に暴動が起きるのは間違いない。しかし今は、この混乱こそがティリアの味方だった。

 混乱に乗じて、兵士たちに見つからぬよう道を一気に駆け抜けたティリアは、アイヴァンの傍にまで近づくと周囲の様子を窺う。

 ……うん、これなら大丈夫そうですね。

 未だ残存してる兵士たちの動きを警戒しつつ、ティリアは彼らの隙を突いて物陰からそっと手を伸ばし、ぼろぼろになったアイヴァンの体を引き寄せる。

 アイヴァンはまだ死んではいなかった。撃たれた箇所から多量の出血はしているものの、何とか脈拍はあるし、呼吸もしている。彼がまだ生きていることに安堵の溜息をついた刹那、背後から声が上がった。

「貴様……リリウスかッ!?」

 驚愕を顔に貼り付けた兵士が、こちらを指差していた。

 周辺を調査しに行った兵士がたまたま何かの用事で戻ってきたのだろうか。ともかくも、見つかってしまった以上、やることは一つだ。

「すみませんっ……!」

 相手に謝罪して――なぜそんなことを言ったのかは自分でもよく分からないが――ティリアは、容赦の欠片も無く回し蹴りを放った。人間の反応速度を遥かに超える一撃を食らい、兵士はたちまちその場に昏倒する。

 ……まずいです。今ので、他の兵士に気づかれなかったら良いんですが。

 油断していた心を引き締め、辺りを見渡す。が、兵士たちがこちらにまるで注意を払っていないところを見ると、幸いにも気づかれずに済んだようだ。

 ……良かった。気づかれてなかったみたいです。

 危機は何とか脱した。次は、アイヴァンの治療だ。

 未だ降り続く雨で濡れた顔を腕で拭ってから、アイヴァンを抱えて近くの高層建築物の中に入ると、ティリアは早速治療に取りかかった。

「リオーガナイザー、活性化。目標に注入開始……」

 リグレー内部に蓄えられた人体細胞修復用ナノマシン群体『リオーガナイザー』の活性化プログラムを起動。活性化を開始したリオーガナイザーを、専用の注入器を使ってアイヴァンの体内に注入する。これで、死亡だけは何とか免れたはずだ。アイヴァンは依然として目を覚まさないが、顔色が少しずつ良くなっていくのが分かる。

 ……後は、この街から出るだけですね。

 謎の軍隊に目をつけられてしまった以上、早急にこの街から逃げ出す必要があるだろう。生憎、文明終焉以前の兵器を手にした集団相手に真っ向勝負ができるほど、リリウスは無敵ではない。せめて、外部拡張端末と呼ばれる追加兵装さえあれば話は別なのだが……。

 ふと、降っている雨が小雨になっていることに気づいたティリアは、空を見上げた。空を覆っている暗雲の切れ目より、鮮やかな赤銅色に輝く陽光が覗いていた。綺麗だ……とティリアは思った。

 ずっと降り続いていた雨はもうすぐ上がろうとしている。曇天が晴れた後には、もっと綺麗な夕焼け空が広がっていることだろう。

「……行きましょう。リリウスとそのマスターは、常に一心同体なのですから」

 よし、と声を上げ自らを奮い立たせると、ティリアはアイヴァンの肩に手を回し歩き出した。

 その先に何があるかも知らず、僅かな希望だけを胸に抱いて。


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