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無法者が集う地にて


 どこまでも続く曇天がノースエルトを覆っていた。

 灰色に渦巻く空からは、銀線が降り注いでいる。

「……タイミングが悪ィというか何というか。ジイサンの予測した天気じゃ、今日は晴れのはずだったんだけどな……」

 アイヴァンは溜息を漏らして空を仰ぐ。

 遺跡の最深部で発見した自動昇降機で地上に帰還し、そうして三日ぶりに帰ってきたノースエルトには、雨が降っていた。

 この街に雨は合わない。ノースエルトの街に雨が降る度、アイヴァンはそう思う。

ただでさえ無法者の集まる街だというのに、その上更に雨が降ると辛気臭くて堪らない。

 視界に映るのは、文明終焉以前から残る高層建築物の廃墟や、簡易式テントばかり。まばらに通りを行き交う人々は、お互いのプライバシーに干渉しないよう決して顔を合わせない。中にはあからさまに犯罪性を匂わせる人物も少なくないが、それでも無視して人々は黙々と歩き続ける。

 この街は、無法者の集う場所だ。アイヴァンがこうして自宅に向かっているたった今でも、この街のどこかで犯罪が起きている。ノースエルトは、そんな街だ。

「それにしてもこいつ、全然起きる気配が無いな」

 ろくに舗装もされていない道を歩きつつ振り返り、廃品回収用のリヤカーに乗せ運んできた『それ』を確認する。

 リヤカーには、先ほど遺跡から回収した少女が乗っている。少女は『棺桶』に酷似した形状の物体を背負ったまま、すうすうと穏やかな寝息を立てていた。

 またしても、溜息。

「こいつ……自分が今どんな状況にあるのか絶対分かってねぇ……」

 ぼやきつつアイヴァンは、自宅へ近道するため裏通りに入った。道の両脇に建つ高層建築物の間に入り、その先へ。

 高層建築物の影に覆われた暗い道を抜けると、簡易式テントの暗鬱な色調がアイヴァンを出迎えた。ここが、裏通り。色あせた青い簡易式テントが所狭しと並んでいる、ノースエルトで特別な場所だ。

「……そういや、家にある食料も残り少ないしな。一応、調達しておくか」

 リヤカーを引き、裏通りを進む。

 雨が降っているせいで、いつも暗い裏通りは更にどんよりとしていた。しかし、裏通りにて人が絶えるようなことは決してない。

 なぜなら、ノースエルト裏通りで揃わない物は無いからだ。近くの農場で取れた野菜から、どこから掘り出したのかも知れないガラクタ、果てはちゃんと法制度の整えられた街ではご法度の麻薬まで、その品揃えには限りがない。

「おっちゃん、宇宙レタス二つ」

「………………」

 いつも通っている青物屋に立ち寄ったが、店主に無視された。その上店主からぎろりと睨まれ、止むなくアイヴァンはその場から退散する。

 ノースエルトは、何が起こってもおかしくない街だ。ある日突然親しい人間と縁を切られたところで、別段不思議でも何でもない。

 まあいい。別の場所で必要な物資を手に入れればいいことだ。幸い、使えそうな物を遺跡から幾つか発掘してきてある――事態を楽観的に捉え他の店と交渉していくが、全て断られた。向こうから話しかけてきた商人も、リヤカーに乗せた少女を見た途端、顔を引き攣らせ取引きの中止を申し込んできた。

「何だってんだ、まったく。一体どうなってやがる」

 いつもだったら気前よく交渉に応じてくれる相手であっても、今日はどこか態度がよそよそしい。住民のいつもとは違う反応に困惑するアイヴァンの背後から、声がかかった。

「……お主も厄介な物を拾ってきてくれたのぉ」

「ん……ジイサンか。驚かすなよな」

 振り返った先にいたのはダルティ老師だった。鷹を思わせる鋭い目つきに、どこか賢者を連想させる豊かな白髪。黒い着流しを着て、から傘を差した姿という、東方の出で立ちで彼は佇んでいた。

 老師は、無法故にまとまりの無いこの街のまとめ役とも言える老人だ。アイヴァン自身、この街に移り住んでから老師には幾度となく世話になっている。ついでに老師は、アイヴァンに遺跡発掘の依頼をした元凶でもある。

「……ジイサン、今回は安全な仕事とか言ってたよな。遺跡の中じゃ機械人形が出るわで大変だったんだぞ。終いにゃわけの分からん小娘まで発見しちまったし」

「すまん、安全な仕事というのは、ありゃ嘘じゃ」

「………………」

「そう怒るな。お主が遺跡で見つけた小娘はくれてやるわ。それでいいじゃろう?」

 あの過酷な労働に反して報酬がそんな程度では割に合わない。文句を口にしようとして、はた、と思いつくものがあった。老師の先ほどの口ぶりからして、遺跡で発見したこの少女の正体を知っているのは確実だろう。

 謝罪料代わりに情報を貰っておくのも、悪くはない。アイヴァンは老師に尋ねた。

「ところでジイサン、こいつを厄介な物とか言ったが……こいつの正体、知ってるのか?」

「知ってるも何も、そいつは全域大戦で主力となった兵器じゃよ」

「兵器? この小娘が?」

「そうとも、そいつは文明終焉以前の文明が誇った、生体兵器……『リリウス』なのじゃよ」

 昔々、文明終焉がまだ起きていなかった頃。宇宙に進出し各惑星に高度な文明を築き上げた人類は、宇宙全域を巻き込んだ大戦を勃発させた。そして、そんな全域大戦を終結させたのがリリウスと呼ばれる兵器だったと、アイヴァンは聞いている。

「リリウスって……圧倒的な火力によって全域大戦を集結に導いた、あのリリウスか? こいつが? ……冗談だろう。 とてもそうは見えねーぞ。どう見たって只の乳臭い小娘だろう、こいつは」

 リヤカーに乗せた少女に目を移すと、彼女は未だにぐっすりと眠っていた。この少女が兵器だなどと、性質の悪い冗談だとしか思えない。

 確かに、遺跡内部で発見した当初、この少女は文明終焉以前の兵器を用いて機械人形を倒した。しかし、少女を文明終焉以前のテクノロジーの結晶だと断定するには判断材料が少なすぎる。

「ふ……お主には分からんじゃろうが、儂には分かるのじゃよ。その人間離れした美しさ、そして体に取り付けられた特異な形状の外部拡張端末……儂もこう見えて全域大戦を乗り切った人間じゃ、街を行き交う人間が『普通の人間』なのか『人の形をした兵器』なのか、それぐらいの目利きはできて当然じゃ」

 大規模な戦争を通じて幾多もの修羅場を乗り越えた老兵特有の勘というヤツなのだろうか。老師の言っていることは、とても嘘には聞こえない。もっとも、今年で齢八十を超えたヨボヨボの老体が全域大戦を乗り越えた人物であることを信じればの条件付きであるが。

「その顔を見るに、どうもまだ疑ってるようじゃな……ふぅむ。よし、そうじゃな。リリウスの特徴とその恐ろしさをレクチャーしてやろう。お主としても、その小娘の正体に関する情報なら何としても手に入れたいはず。それで異論はなかろう?」

 老師の言う通り、異論はなかった。正体不明の少女を連れ歩いてるだけで相手が勝手にその正体を教えてくれる――アイヴァンとしては大歓迎なシチュエーションだ。ああ、労せずして利を得るのは何と甘美なのだろうか。

 こほんと咳払いをしてから、老師は勿体振った口調で説明し始めた。

「リリウスは生体兵器としても恐ろしかったが、何よりリリウスはセクサロイドとしての機能を備えていての……兵士連中にとって最も恐ろしかったのは、セクサロイドとしてのリリウスだったのじゃ」

「……? セクサロイドっつーと、アレ用のロボットだよな。それがなんで恐ろしいことになるんだ?」

「リリウスとナニすると、内部に仕掛けられた高性能爆薬が起動するように仕組まれておったのじゃよ。つまり、リリウスとナニすると爆死するのじゃよ」

「うっ……それはまた、嫌な仕掛けもあったもんだな……」

「じゃろう? じゃが、男を悦ばせるためだけに開発された特別製のアレの按配の良さに皆が皆、虜になっての……あの頃は、人心まで荒廃しておったからの。一部の道徳者を除き、皆リリウスを捕獲するために奔走したもんじゃ。まあ、リリウスに仕掛けられた生体爆弾は範囲十キロメートルは軽く吹き飛ばす超特大級のヤツじゃったからの。リリウスとナニした奴らはその時点で爆発に巻き込まれて全員死亡、お陰でリリウスの内部に爆弾が仕掛けられているという事実の発覚は遅れ……兵士どもがその事実を知ることができたのは、戦争後期ぐらいじゃったからな。多少、仕方ないところもあるんじゃよ」

「……女の尻追いかけ回して敗北か。冷静に考えてみると、すげぇ嫌な戦争だな」

 老師は、くくっ、と笑った。

「戦争は、いつの世もそんなもんじゃよ。幾ら上の連中が大義名分を掲げても、下がそんなでは実現可能な理想も遥か遠く、そして人民というのはいつの世も『下』なのじゃ。そんなわけで事実上、全宇宙を巻き込んだ大戦はリリウスのお陰で終結した。反乱勢力である第三銀河共和国はほぼ全滅、大戦は宇宙統合政府の圧倒的な勝利に終わった。……もっとも、その後すぐに起こった文明終焉により統合政府の勝利は三日天下となったがな」

「文明終焉ねぇ……イマイチ、分からねぇんだよな。なんで宇宙を支配していた文明が一夜にして滅んじまったんだか」

 老師は、静かに首を横に振った。

「原因は、儂らとて分からん。ただ気づいたら、全ての文明が一瞬にして滅びていた。儂らが寝静まった夜、草木も眠り全ての記憶が記憶として機能していない頃に……何か、酷いことが起こったのじゃよ」

「酷いこと、か……一体何をどうしたら、一夜にして宇宙中の文明が瓦礫の山になるんだよ」

「分からんさ。他の惑星とコンタクトを取ろうにも、文明終焉によって惑星間の交通及び連絡手段は失われてしまったしの。真実は、永久に闇の中じゃ」

 そこで話を区切ると、老師はアイヴァンの後方に視線を移した。

 つられるようにして後ろを見ると、物陰に隠れてこちらの様子をじっと窺っている人物が幾人かいた。遺跡から文明終焉以前の遺産リリウスを連れ帰ったアイヴァンの行動を監視しているつもりなのだろうか。しかし、その誰もが、恐怖とも怒りとも取れない複雑な表情を浮かべているところを見ると、どうも事情は異なるようだ。

「この街に住み始めて早五年のお主じゃ、ここの事情もそれなりに知っているじゃろうが……この街はじゃな、全域大戦を生き延びた兵士たちが開拓した街なのじゃ。反乱軍の生き残りも、数多くいる」

「……そうなのか」

 それは初耳だった。

 道理で、街中の人間の反応がおかしかったわけだ。ここの住民が全域大戦の生き残りであるのなら、大戦の最終兵器であるリリウスを見て恐怖や怒りを抱くのも、何となく分かる。

「全域大戦が終結して三十年、しかしまだ戦争の後遺症に悩む者も多い。……良いか。その娘を、この街の住民、特に男には見せるな。日中堂々と歩くのも以ての外じゃ。貴様ともども、その小娘がどんな目に遭っても知らんぞ」

「……分かったよ。じゃ、俺はもう行くわ。この小娘を連れたまま散歩してても、あまりいいことはなさそうだしな」

 しっかりと釘を刺す老師に別れの挨拶をして、その場から立ち去る。

 こちらを苛むような視線が降り注ぐ裏通りを歩きながら、アイヴァンは思う。

 遺跡で発見した少女は、やはりとんでもないものだった。文明終焉以前の遺産、リリウス。彼女を発見したのは自分だ。だが今はまだ、どうするべきなのかは分からない。普通だったらしかるべき相手に売り捌くところなのだろうが、少女の無垢な寝顔を見ていると、そういう気は起きそうになかった。

「まったく、俺はとんだ甘ちゃんだな……」

 溜息混じりにぼやきながら、アイヴァンは自宅への道を進んだ。


 ノースエルトはかつて、この惑星の主要都市の一つだったとアイヴァンは聞いている。

 この惑星の主要都市として機能していた頃のノースエルトの名は、『北部都市ノースエルト』。北部都市ノースエルトはこの惑星でも高度な文明を誇っていたが、文明終焉によって滅んだ今では、当時のテクノロジーの産物である高層建築物が立ち並んでいるだけだ。

 廃墟となった高層建築物の多くは使い物にならないような有様であったが、それでも探せばあるもので、かろうじて発電機器が生きている場所が見つかる場合がある。幸運にもそんな場所を見つけられた人々は、その内の一室を改造して『自宅』として使っている。アイヴァンも、そんな幸運な人々の一人だ。

 しかしノースエルトは無法の街だ。特に、アイヴァンの自宅は、裏通りからさほど離れた場所にあるわけではない。裏通りの近くにあるので便利だが、その分、何かあったときは襲撃されやすい。無法の街と言えど、価値観の異なる者たちが共存するためのルールがあるわけだが、些細なきっかけでその箍が外れるときもある。

 老師と別れて、十数分後。自宅として使っている一室がある高層建築物を見上げ、アイヴァンは呟く。

「待ち伏せされてなきゃいいんだがな……」

 全域大戦を生き延びた兵士たちが住む街で、よりにもよって大戦の最終兵器であるリリウスを連れ回してしまったのだ。自宅に帰るときには細心の注意を払う必要が、いつも以上にあった。

 リヤカーを一階の一室に隠してから、アイヴァンは少女を抱えて高層建築物の階段を上り始めた。少女は相変わらず背中に棺桶を背負っているものの、全体重量は大して重くはない。あちこち崩れかけた踊り場を経由し、そのまま何事もなく七階分の階段を上って目的の場所に辿り着く。

「どうか待ち伏せされてませんように、と」

 自宅として使っている部屋の前に着くと、アイヴァンはドアを乱暴に開けた。それから恐る恐る部屋の中を覗き、誰かに待ち伏せされていないか確認する。

「……よし、誰もいないな」

 ほっと安堵の溜息をつくと、少女を抱えて部屋の中に入る。自宅に帰ってきたのは三日ぶりだ。

 未だ寝息を立てている少女の体は雨でびしょ濡れになってしまっていた。

風邪を引かないようタオルで体を拭いてやった後、隅に置いてある木製のベッドに少女を横たわらせる。一連の作業を終えると、アイヴァンはふう、と溜息をついた。

 自宅に帰る道中、待ち伏せやこれといった尾行は無かった。そこから考えると、自宅の位置が特定されていないのは確実だ。ならば、今日のところはひとまず襲撃されることは無いはずである。知人から自宅の位置を聞き出せば話は別だろうが、ノースエルトをまとめる老師がそんな横暴を許すはずがない。

 無法の地には無法なりの法がある。その法さえ守っていれば、この街ではどんなことをしてもいい。例え、他の街では許されぬ行為であっても。逆に、その法を守らぬ者には制裁が加えられる。死という名の制裁が。

「要は、今日はもう安全ってこった」

 ぼすん、という豪快な音を立てて革のソファに座る。雨で濡れた体をタオルで拭いた後、留守中に何か変わったことはないかと辺りを見回すと、大量の埃が宙に舞っているのが見えた。

 視線を足元に移す。埃だらけとなっている床が、見えた。

「そういえば、しばらく掃除してなかったからな……。仕方ない、ひとまず掃除しておくか」

 こういう些細な衛生面の悪化から、疫病が発生することもある。特にこの街は疫病が蔓延するのにうってつけの環境が揃っているため、衛生面には注意を払いすぎるぐらいで丁度良い――というのがアイヴァンの持論だった。

 アイヴァンはソファから立ち上がり、換気するために窓を開けた。窓の外は相変わらず雨が降っており、換気の効果はさほど見込めない。だが全く換気しないよりは幾らかマシだろう。

 それから、溜まった埃をまとめて排除すべく雑巾を探していると、後ろから声がかかった。

「おはようございます、マスター」

 振り返ると、ベッドの上でちょこんと正座してこちらを見る少女の姿があった。

「お前、目が覚めたのか?」

「はい。ここは、マスターの部屋ですか?」

 ああ、とぶっきらぼうにアイヴァンは答える。

 少女は辺りを見回すと、

「素敵なお部屋ですね」

「……素直に汚いと言ってくれていいよ」

「……? そうなんですか?」

 きょとんとした表情で少女は首を傾げる。嘘偽りのないその表情を見て、アイヴァンは嘆息した。

 ……価値観がズレてやがる。

 それとも、世の中の仕組みというのをほとんど知らないのだろうか。だとすると色々と困ったことになりそうだ。

 今後のことを色々と思案し黙り込むアイヴァンに、少女はまるで邪気の感じられない表情で告げた。

「あの、すみませんがマスターの簡単な自己紹介をお願いできますか?」

「……名前は、アイヴァン=ラーディス。アイヴァンがファーストネームで、ラーディスがセカンドネーム。歳は十九……」

 考え事をしていたためにそんな質問を投げかけてくる意味にまで気が回らず、つい答えてしまった。はっとして顔を上げるが、時既に遅し。

「アイヴァン=ラーディスを所有者として登録しました。申し送れましたが、CUGP-G2LNTティリアというのが私の名です。単に『ティリア』と呼んで下さって結構です。これからよろしくお願いしますね、マスター」

 前方で、にっこりと微笑んでいる少女の姿があった。

「……ちょ、ちょっと待て。えっと……ティリア、『所有者』って何のことだ?」

「文字通り、リリウスの所有者のことです。……マスターは、私の所有者であることを承認しないのですか?」

「いや、別にそんなことはないが、所有って……」

 リリウスは人じゃなくてモノなのか?

 内心、どうリアクションして良いものか分からない。困惑を露にしていると、ティリアはこう告げた。

「無事にマスター登録は完了したわけですし、念のため、私の現在の情報を確認しておきますね。各部正常作動中。基礎人格情報は既にインストール済み。初回起動により開始した学習も問題なく続行中です。どうやら、特に問題はないようですね。とは言え、まだソフト面ハード面共に外界に慣れず不安定ですけれど」

「インストール……? ソフト面ハード面……? なあ、もしかしてティリアはロボット……もしくは、サイボーグなのか?」

「いえ、どちらでもないです。アイヴァンさんと同じ生身の人間ですよ」

「じゃあ、なんで自分のことを紹介するのに工学系の単語を使う? インストールだとか、ソフト面ハード面だとか……普通の人間は、自分に対してそんな言葉は使わないと思うんだが」

「そう言われましても……マスターも知っているかもしれませんが、私はリリウスという存在です。リリウスは、機械的な生産プロセスによって半自動的に誕生・育成されます。単独で敵集団及び大量破壊兵器を殲滅可能な超人、リリウス。そのリリウスとして必要な遺伝子調整を施された受精卵は培養装置内で培養・育成され、成長した個体の脳細胞に刺激を送ることで基礎的な人格データや社会的な常識などがインストールされます。それらの工程を完了させてリリウスは誕生します。

 つまりリリウスは、生身の人間でありながら人工の存在でもあるんです。人工の存在でもあるため、こうした工学系の単語で自分のことを表す必要があるんです。無論それは、私とて例外ではありません」

「……そうだったのか」

 あの巨大なガラス状の容器はティリアの培養装置で、その周りにあった用途不明の機器や端末は彼女の育成に使用される装置だったというわけだ。

「すると、あの遺跡……第四ジオフロントシティの生体兵器研究所とか言ったか。そこにお前がいたのは……」

「第四ジオフロントシティ生体兵器研究所では、次世代型リリウスの研究開発及び生産に着手してしました。私は、そこで誕生した次世代型リリウスの一体……ということになりますね」

「次世代型リリウス……」

 ……リリウスに次世代型があったなんて話、聞いたことねぇぞ。

 アイヴァンの記憶が確かなら、全域大戦で運用されたリリウスは一世代のみだったはずだ。自分は次世代型だというティリアの話が本当だとしたら、これは歴史学上における大発見だ。しかしそれより気になるのは、

 ……なんで、次世代型は大戦時に使われなかったんだ?

「次世代型リリウスは、全域大戦末期に開発計画が開始されました。しかし一世代目とはまるで異なる開発コンセプトだったことにより計画は難航。更に、次世代型で採用された新しい兵装の材料が特殊だったため生産が間に合わず、次世代型は遂に一体も運用されないまま大戦は終結してしまいました。次世代型が大戦で使用されなかったのは、そういった理由によります」

 こちらの考えを見抜いたかのように、ティリアが言った。

 彼女の言葉を咀嚼したアイヴァンは、眉をひそめた。

「そんな理由で運用されなかったって言われても……なんか、嘘くせぇな」

「そう言われましても、私の脳内には、次世代型リリウスの運用状況に関してはそれだけの情報しかインプットされていませんし……それに、私を創った第四ジオフロントシティは次世代型リリウス開発計画もろとも破棄されています。そのため私には、本来だったら手動でインプットされるべき知識や情報の一部が入力されていません。なので、それ以上は全く分からないんです……」

 ティリアは、困った表情でそう告げる。彼女の性格や態度を考慮すると、嘘ではないようだ。

 ……さて、これらの情報はどう解釈したもんだかな。

 もたらされた情報から思いを巡らせている最中、唐突に、アイヴァンはある違和感に気づいた。

「なあ。今気づいたんだけどさ、お前を見つけたときと今じゃ、なんか性格違わないか?」

「マスターが私を見つけたとき……? ああ、あれですね。機械人形に襲われたマスターを、私が助けたときのことですね」

「そう、それだ。あのときと比べて、性格が変わっているように思えるんだが」

「戦闘起動状態――通称『コンバットモード』に入る際には、脳内の回路が戦闘起動用回路に切り替わるんです。戦闘起動用回路に切り替えると通常の精神活動が一旦停止され、戦闘のための半機械的精神に移行します。つまり、戦いの際に無用となる心理要素を一時排除し、リリウスを戦うだけの自動兵器と化させます。性格が変わって見えるのは、そのためでしょうね」

「……要は、戦闘時にはコンバットモードに移行し、戦闘終了後は通常の状態に戻るわけだな。なるほど、よく分かった」

 戦闘時だけ人間らしい心を取り除き、兵器として運用する。確かにその方法なら、兵器として運用されるリリウスがどんな人格を有していようと一定以上の戦果は見込めるだろう。

「ですが戦闘終了後、通常の精神状態に戻ったリリウスは皆、戦闘行為による精神的影響を受けます。例えば、戦いを嫌うリリウスが強制的に兵器として運用された場合、その後長期間に渡って自身の行った行為に苦しめられることとなります。これを宇宙統合政府ではフラッシュバックと呼んでおり、この現象を防ぐための措置として、通常、肉体的・精神的なケアをする専門の人物が各リリウスに一名配備されます。それが、マスターと呼ばれる存在です」

「マスター……つまり、リリウスの所有者か」

「ええ。私の場合、目覚めたときにアイヴァンさんが目の前にいたため、アイヴァンさんを正規のマスターと思っていました。どうも状況を見るに正規のマスターとは違うようですけど、特に問題は無いと思います。……でも、もう戦争は無いことですし、アイヴァンさんが私のマスターでいる必要も無いんですよね。リリウスも戦後の世界では不要だと思いますし……」

 困り顔でそう言うティリアには、最初の頃の圧倒するような勢いは無い。

 困っている女の子は苦手だ。何しろ、放置していると罪悪感が襲ってくるのだから。放っておけばいつまでも困っていそうなティリアを見るに見兼ね、アイヴァンはこう告げた。

「分かった、分かった。ちゃんとマスターになってやるからそんなに心配するな。それに、お前を売ったり捨ててくるような真似はしないから、そんなに困るんじゃない」

 沈んでいたティリアの表情が再び、ぱあっと明るく輝いた。

「ありがとうございます! これから一生懸命、マスターの役に立てるように頑張ります!」

 ……ありがとう、か。

 随分と久しぶりにそんな言葉を聞いた気がする。

 しかしそんなことより、当面の問題は食事や生活用品などといった日常的な部分だ。ティリアのマスターになると言ってしまった以上、彼女をその辺に放り出すわけにはいかない。これからこの部屋で一緒に過ごすであろうティリアの好き嫌いや性格的特徴を把握して、それらに応じた行動をとっていく必要があるだろう。

 まあ、何とかなるだろう。資金面では多少の余裕がある。特に何をしなくても、当分は大丈夫のはずだ。

 アイヴァンは、ティリアが身に着けている白いスーツのような衣装に目を向けた。

「ところでティリア、その服装というか衣装は……何とかならないのか?」

「このコンバットスーツは、外部拡張端末との神経接続など重要な役目を果たす物なんです。マスターの命令とあれば、着替えますけど……」

「いや、重要な物だったら別にいいんだけどよ……ああそうだ、俺のことをマスターって呼ぶのだけは無しな。マスターっていうのは何かちょっと恥ずかしいから、呼び捨てにしてくれ」

「分かりました。……アイヴァンさん」

「……ま、そんな調子で頼む」

 頷いてから、アイヴァンは窓の外の風景に目を移した。外はまだ、雨が降り続いている。

「雨……止みませんね」

 そうだな、と口にしかけたアイヴァンの脳裏に、唐突に過去の情景が浮かんだ。

 ――雨。焼ける家々。兵隊。

 雨だ。五年前のあのときも、こんな風に雨が降っていた。

「……五年前、か」

 右腕に嵌められたそれを見る。今は腕輪の状態となっているそれは、元々は銃だった。

 幼い頃、アイヴァンは母親から『銃』を託された。持ち主の意思に応じて自在に形状を変化させる、謎の銃を。だがその銃は、五年前の悲劇のときには役に立たなかった。使い方が、分からなかったのだ。当時まだ子供だったアイヴァンはそれ以来、銃を完全に操る術を手に入れるべく、そして自身が生き延びるための当て所の無い旅をし、最終的にノースエルトに辿り着いた。

 文明終焉以降、文明の力に頼っていた各地の街や国家は事実上消滅し、この惑星は荒廃していた。そんな中で、かろうじて街という体裁を保っているノースエルトに偶然にも辿り着けたのは奇跡と言っても良かっただろう。

「あの、アイヴァンさん? どうかしたんですか?」

 急に五年前のことを思い出し黙り込んだアイヴァンを、ティリアは不思議そうに眺めていた。

「……何でもねぇ」

 アイヴァンは答えてから、何とは無しに視線を遠くにやった。

 高層建築物の八階から見るノースエルトは、今日も変わりがない。白い高層建築物と青いテントが、視界の端までずらりと並んでいるだけだ。

 ノースエルト中央道の両脇に整然と並ぶ高層建築物のほとんどは、所々で白い塗装が剥げたり内部構造が剥き出しとなっている。中には、完全に劣化し崩れ去った物もある。

 代わり映えがない、とアイヴァンは思った。この街の光景は、五年前とまるで変わってない。

「五年……そうか、ジイサンに会ってからもう五年か」

 五年前、ノースエルトに辿り着いたアイヴァンを迎えたのは老師だった。老師はこの街で守るべき幾つかのルールや身を守る術を教えた後、アイヴァンを混沌の街中に放り出した。生きたいのならば自力で生き抜いてみせろ、という厳しい教えには、当時は随分反発したものだ。今ではすっかりその教えに順応してしまったが。

「あれから五年か、時が流れるのは速いな。……それにしても、老師はなんであの遺跡を調査しろなんて言ったんだか」

 昔を思い出し感傷に浸るアイヴァンの脳裏にふと、今更ながら深い疑問がよぎった。

 未発掘の遺跡を探索したら文明終焉以前の遺産を偶然見つけてしまうなど、話が出来すぎている。大体、なぜあの遺跡が未発掘だと断言できた。様々な要素を加味して総合的に考えてみると、おかしな点だらけだ。

「……怪しいぜ。猛烈に」

 ここは一つ、調べてみる必要があるだろう。アイヴァンは窓から離れると、部屋の出口に向かっていった。

「あれ? どこか行くんですか?」

「少し散歩だ。お前と一緒だと色々面倒なことになるから、お前は来るな」

 さすがに街中にティリアを連れていくわけにはいかない。彼女に釘を刺すと、アイヴァンはドアを開けて部屋から出ていった。

 目的地は、裏通り。ティリアとあの遺跡のことについて、幾つか老師に聞いておきたいことがあった。


 少し散歩に行ってくる――そう言って主が出ていった部屋で、ティリアは一人、黙々と本を読み耽っていた。

「えっと……マクガフィンがライオンを捕まえる道具で……」

 なぜ本を読んでいるかというと、理由は二つあった。

 一つは他にやることがなかったからで、もう一つは成長過程において不完全な状態で入力された脳内の知識や情報を補完するためだ。

「……あ、なるほど、そう考えるとそういうことになるんですね」

 部屋の隅にある本棚から持ち出した書物は、どれもこれもティリアの知識欲を満足させるに足る物ばかりだった。専門的な知識、世の中の仕組みや常識に至るまで、アイヴァンの所有していた本はどれも高水準の情報を内包していた。

 本棚から持ち出した書物を一通り読んだティリアは、たった今読んでいた本をぱたんと閉じた。

 本の知識はどれも新鮮だ。培養装置の中で誕生して以来、知識や情報の類はずっと機械からインプットされてきたティリアに、本は様々なことを教えてくれる。

 しかし……

「……何だか、物足りません」

 理由は分からないが、ティリアはどことなく物足りなさを覚えていた。

 脳の学習機能に問題があるわけではない。アイヴァンの所有していた本に知識的欠落があるわけでもない。しかし言い表しようのない物足りなさが、ティリアの心を支配していた。

「うーん……アイヴァンさんが帰ってきたら、教えてもらいましょう」

 ずっと本を読んでいたため、少し疲れた。疲労を発散すべく座っていたベッドから立ち上がり、背伸びをしようとした、そのとき。

『警告。九時方向に大規模空間転移反応を感知』

 背中の『棺桶』に収められた広範囲レーダーが、大規模空間転移を感知。『棺桶』と接続されたコンバットスーツがレーダーの警告を生体電流に変換し、神経を伝わらせて脳内にフィードバックさせる。

 脳内に伝わる警告。その意味を考えるまでもなく、ティリアは素早く立ち上がって窓に近寄る。

「あれは……」

 窓から覗けるこの街の全容。街の端で、独特のフォルムを持つ空間転移輸送機が出現した。そして、空間転移輸送機の中から出てくる、軍服を着た人間たち。

『脳内データベース照合……目標の正体把握完了。目標の正体は、宇宙統合政府軍所属実験部隊』

 視界から入った情報を元に戦闘起動用回路が超高速度演算、即座にその正体を解析把握した。

 宇宙統合政府軍所属実験部隊……軍隊だ。現在では存在するはずの無い軍隊がわざわざ街に現れるなど、正気の沙汰とは思えない。

「戦争は……もう終わったんじゃないんですか……!?」

 眼前に迫った危機に、ティリアはいてもたってもいられず部屋を飛び出した。



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