MA:GI計画
――時を同じくして。
アイヴァンは、軍本部内で暴れ回っていた。
「出てこい、ダイタス! 決着を着けてやる!」
通路の奥から次々と現れる警備兵を打ち倒していく中、アイヴァンは叫ぶ。
……くそ、ティリアは一体どこに運ばれたんだ。
散々探し回ったものの、ティリアの姿はどこにもない。いい加減苛立ち始めたそのとき、アイヴァンの叫びに応えるようにして、厳かな声が通路の向こうから発せられた。
「――皆の者、下がれ。後は私がやる」
通路の奥よりゆっくりと姿を現したその人物は、ダイタスだった。周囲に集った警備兵は一斉に敬礼して、彼に道を譲る。
アイヴァンは銃を構え、ダイタスと対峙した。
「出てきやがったな、軍の総締めさんよ。手前ぇとは、一度キッチリと話をしたいと思ってたんだ」
喧嘩腰に告げるアイヴァンに対し、ダイタスはあくまで静かに答える。
「ふむ。どうも君は、我々に対して並々ならぬ怨恨を抱いているようだな。なぜこうまで我々を恨む?」
「手前ぇの胸に聞いたらどうだ? 俺は、敵に自分の過去を話すような甘さは持ち合わせて無いんでね」
「ふむ……まあ良い。質問を変えよう。君はマジックシステムを扱うようではないか。一体、どうやって使っているのだね?」
「知るか。俺の方こそ仕組みを聞きたいぜ」
アイヴァンがそう言うと、ダイタスは鼻で笑った。
「マジックシステムを使う者からよもやそのような言葉を聞けるとはな。力を行使する者は、力の意味を理解すべきだ。……いいだろう、君は特別だ。教えようではないか。マジックシステムの媒体として使用されるナノマシンと文明終焉の因果関係――そして、我々の目的を」
ダイタスは大仰に両手を広げ、自分に戦う意志が無いことをアピールする。
アイヴァンは油断せず彼に銃口を向けたまま、問う。
「ナノマシンと文明終焉の関係だと? どういうことだ。文明終焉は……自然災害じゃなかったのか」
「その前にまず、マジックシステムに関して話さねばならんな。マジックシステムは、宇宙統合政府主導の下、MA:GI計画という計画から生まれた技術だ。
Project-Material Adaptator:Genesis Image――MA:GI計画とは、精神感応で作動するナノマシンを用いて全世界から兵器を駆除する計画だ。そうして開発された事象再編成用ナノマシンをマテリアライザーと呼び、兵器を駆除するための人為事象操作技術はMA:GI-CSと名づけられた」
ダイタスは遠くを見るかのような目つきで、続きを語る。あたかも、自分が未だに文明終焉以前の世界にいるかのように。
「開発されたマテリアライザーは各地で散布され、自己複製を繰り返し、文化的惑星の全域に浸透した。地中、大気、海中……それら全てにマテリアライザーは存在する。そうでなければ、マジックシステムは効果を発揮できないからな。
君も、統合政府の理念くらいは知っているだろう。統合政府主権による平和な世界――統合政府は本気でそれを実現しようとしていたのだ。MA:GI計画を通じてな。しかし計画に反対する第三銀河共和国の妨害により、全域大戦が勃発。大戦が終結する頃には、計画実行の予定時期を大幅に超過していた。
焦った上層部は、マジックシステムの大規模起動実験を行った。しかしマテリアライザーは度重なる自己複製によって内蔵プログラムにエラーを起こし突然変異化、正常に起動しなくなっていた……これは研究開発部で散々予想されていたことだ。上層部はそれを無視して急いた余り、大局的な視野を失ってしまったのだ。結果マテリアライザーは暴走し……我々の文明を一晩の内に破壊し尽くした。それが文明終焉の正体だ」
ダイタスの説明には異常な説得力があった。彼の話が本当だとすれば、全てに辻褄が合う。
だが、それを説明するダイタスには、一つの大きな疑念があった。
「て、手前ぇ……そんなことまで知ってて、なぜ今になって次世代型リリウスを手中に入れようとする! 軍部の奴らはそんなに戦争を再開させてぇのか!?」
吼えるアイヴァンを、ダイタスは鼻で笑った。
「戦争か。ふん、まだ分からぬのか……やはり社会底辺に存在する愚民は、思考まで底辺に漬かってしまうようだ。まあ良い。我々は人類全体のために動いている。それには貴様も含まれる……。我々が護る人民の一人たる貴様には、当然知る権利がある。話してやろう、我々の目的を。
我々は今一度マテリアライザーを大規模起動させる。無論、文明終焉と同じ過ちは繰り返さん。我々は、マテリアライザーを完全に制御する手立てを入手したのだ。教えてやろう……全てのヒントは、第四ジオフロントシティにあった。第四ジオフロントシティは、文明終焉を逃れる術を持っていた。それはなぜか――答えは、簡単だ。あそこの研究者は、マテリアライザーの暴走による文明終焉を防ぐため、事前に制御装置を開発していたのだ。マテリアライザーを電子的にコントロール、更には内蔵プログラムまでをも修正する専用の制御装置……すなわち『マリアシステム』をな。そして、大規模な電子コントロールを行うことによるマリアシステムの負荷を軽減するため、超高度情報処理装置を開発していた。それこそが、次世代型リリウスの正体だ。次世代型リリウスとは、文明終焉後の世界で人類を守護する兵器であると同時に、文明終焉を防ぐためのパーツ……すなわち、マリアシステムの情報処理中枢として機能する部品なのだ。
第四ジオフロントシティの研究者たちは、マリアシステムと次世代型リリウスを併用することにより、文明終焉に対抗しようとした。だがあまりにも複雑な成長過程を持つためマリアシステムと次世代型リリウスの完成は間に合わず、文明終焉を迎えた日、マリアシステムは止むなく不完全なまま起動された。中継地点を介してマリアシステムの恩恵を受けた一部の地域だけが文明終焉を免れ、他は全て灰燼に帰した。第四ジオフロントシティの住民たちはティリアの成長管理をコンピュータに託し、各地に散っていった。これが、ロストテクノロジーが現代に残っている理由だ……。
……そして現在。コンピュータによって完全自動化された成長過程の果て、次世代型リリウスはようやく自律行動できるようになるまで成長した。我々の手元には、リオーガナイザーによって肉体を構築されたマリアシステムがある。前回は情報処理中枢たる次世代型リリウスはいなかったが、今回はいる。不完全だったマリアシステムも、我々の技術によって完全体にすることに成功した。ネットワークを介して次世代型リリウスとデータリンクすることにより、マリアシステムは真の力を発揮するだろう。これにより、マテリアライザーは最早暴走せん。我々はこの技術を応用して、世界規模で『浄化』を行う。
人々はもう、前代の負の遺産たる兵器を使って戦争などしなくても良いのだ。我々はマテリアライザーを制御し、世界中の全ての兵器とそれに関連する情報を全て消去する。ロストテクノロジーはおろか、全ての兵器は人々の記憶から完全に抹消されるのだ。そう、これはマテリアライザーを用いた世界の『浄化』……我々は浄化によって兵器とその記憶を人類の歴史から抹消する。浄化により、世界を救う! それが、統合政府の意志を告ぐ我らの使命だッ!」
ダイタスは、誇らしげに宣言する。
その姿を見て、アイヴァンは理解した。自分が、この場でなすべきことを。
……そうか。ファリナがあそこまで必死になって俺を導いてくれたのは、このためだったんだな。
アイヴァンは、叫んだ。
「――ふざけるなっ! 手前ぇの言っていることは要は『争いも無くせない愚民たちに代わって世界を管理してやろう』ってことだろうが! 手前ぇらは、自分の価値観を押し付けているだけだ! 手前ぇらがやるべきことは、そんなことじゃねぇだろ!」
「それは違うな。私の母は言った……この世界は人の手で汚れている。今こそ世界を元の正しき姿へ戻すべきなのだと。彼女らの意志を継ぐ我々は、何としても浄化を行わなければならない。それが、我々の使命であり母の意志だ!」
「うるせぇ……いつまでも他人の価値観に合わせて生きてんじゃねぇっ! 自分で立って歩くこともできねぇ幼稚なガキに、この世界を任せられるか! 手前ぇのその考えは――何も知らねぇガキの世界での法律だ! 世界は、子供だけの物じゃない!」
マリアシステムの完成は、間近だった。
もうすぐ長年の悲願が叶うということで、研究室は活気に湧いていた。
だが――異変は徐々に、少しずつ研究室を覆っていた。
「大変です、部長! マリアシステムがこちらからのコマンドを拒絶しています! 制御不能になっています!」
「何だと!? そんなバカな話があるか、いきなり制御不能になどっ!」
「事実です! マリアシステムは現在進行形で――暴走しています!」
「くっ……一体何が起こっているというのだッ!」
最高責任者の怒号は瞬く間に研究室中に広がり、何か予想外の出来事が起こり始めていることをティリアは知った。
ティリアは、室内中央のガラス容器を見る。培養液に満たされた容器に、以前と変わった様子は無い。培養液に浮かぶ金髪の少女にも、特に異変は無いように思える。
だが。
ごぽり、と培養液から一際大きな気泡が昇った瞬間、それは起こった。
研究員が奔走する室内に、突如としてアラームが鳴り響いた。と同時、室内に設置されている電子機器が火花を散らし、次々とショートしていく。
「まさかこれは……マリアシステムが発するナノマシンコントロール用の電磁波が、電子機器に影響を及ぼしているのか!?」
瞬く間に制御不能となっていく電子機器を前にして、研究員たちは慌てふためく。
……一体、どうなっているんですか。
ティリアの眼前で、研究室は混沌の坩堝と化していく。第三者の立場からそんな状況を傍観せざるを得ない自分を悔しく思い、ティリアは唇を噛んだ。
と、そのとき。
『――私は今、迷っています。この事態に対して、どうしたら良いのかと』
「え……この声、どこから……?」
突如として発せられたその声はひどく女性的で、どこか母性を感じさせる物だった。
聞く者に安らぎを与えるその声は、自分の正体をティリアに伝える。
『私はマリアシステム。あなたの人格データを基に構成された、人類を導く者……』
「マリアシステム? それって、まさか……」
ティリアの視線が室内中央のガラス容器に向く。
先を告げようとしたティリアの言葉を遮って、マリアシステムの声が脳内に響いた。
『――残された力であなたを解放します。早く逃げて下さい、ティリアさん』
「えっ――?」
直後、ティリアを閉じ込めるガラス容器と電磁場発生装置が、盛大な音を立てて破裂した。




