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好奇心の塊


 ――時は数十分ほど前に遡る。

 うとうとと眠っていたティリアは隣の部屋から物音を聞きつけ、意識を覚醒させた。

「うーん……いま何時ですか……?」

 壁にかけられている時計を見ると、今日という日が終わろうとしている時刻だった。一度早朝に起きて、それからまた眠ったので多少寝すぎの感があった。

 ティリアはベッドから這い出すと、全身の凝りを取るために大きく背伸びをした。

「……さて、アイヴァンさんとファリナさんはどうしているのでしょうか」

 現状の確認がてら呟くと、ティリアは今着ている服を脱いでコンバットスーツに着替えた。

 リオーガナイザーを素材に用いて作られたスーツは、全身にぴったりとフィットする。そんないつもの着心地に、ティリアは安堵を覚えた。

 やっぱり、これじゃないといけませんね。

 ファリナの貸してくれた服に少々未練はあったが、やはり自分にはこれが合っている。世界に一つだけのオーダーメイドとも言うべき着心地に満足したティリアは、部屋から出てアイヴァンたちを探すことにした。

「アイヴァンさーん、ファリナさーん、いませんかー?」

 名前を呼んでみるが、反応は無い。それでも諦めずに二人を探して家中を引っくり返した後、ティリアは一つの結論に至った。すなわち、現在この家は無人であることに。

 ……こんな時間に、二人とも一体どうしたんでしょう。

 何か予感めいたものを感じたティリアは一旦部屋に戻って、リグレーを背中に装着した。

「念のため、念のため、と」

 リグレーはコンバットスーツと擬似的に神経結合を起こし、瞬く間にティリアの手足の延長線となる。

「それにしても、家の中にいないということは、二人とも外にいるってことなんでしょうか……?」

 当然の結論に至ると、ティリアは疑問を解消するために家の外に出た。

 家の外は、星空が頭上に広がっていた。頭上を埋め尽くす星々の輝きに、ティリアは思わず見蕩れる。

「いけませんいけません、今は星空に見蕩れてる場合じゃないです」

 頭をぶんぶんと振って、星空への憧憬を脳内から追い出す。改めて気を引き締めると、ティリアは二人の捜索を再開した。

 真夜中のガンズヒルは人気が無かった。周囲の家々に明かり一つ灯っていないような状況で、ティリアは唸る。

「うーん……この状況で探すのは、ちょっと無理が……」

 そうは言っても、ここで諦めるのは少々気が引ける。

 ……そうだ、サーモグラフィで人間の熱源反応を調べればいいんですね。

 考えた後にそんな結論に至ったティリアは、リグレーに内蔵されているサーモグラフィを起動。周囲の熱源反応を調べてみると、驚きの結果が表示された。

『熱源反応は零。人間と思われる熱源は感知できませんでした』

「えっ、熱源が無いってことは……」

 深夜だから人気が全く感じられないのは当然として、熱源が皆無というのはなぜなのか。

 答えは簡単だ。今のガンズヒルには、人がいない。そういうことになる。

「一体、何がどうなっているのでしょう……」

 住民が忽然と消えたことに頭を傾げていると、突然、脳内にアラームが響いた。

『警告。十時方向に、対ナノマシン反応有り』

「え? 対ナノマシン反応……?」

 リグレーに内蔵されたレーダーが伝えた警告に、ティリアは動きを止める。そして、警告に促されるまま十時方向に目をやると、白亜の建造物が視界に映った。

「――あれは……?」

 ティリアは、ふらふらと誘われるようにして白い建造物に向かっていった。

 白い建造物は、よく見るとドーム状の形状をしていた。壁面に使われている材料は大理石だろうか? 白い建造物を更によく観察するため、あと数メートルというところまで近づいた瞬間、突如としてティリアの全身を覆うコンバットスーツが硬化した。

「あ、あれ? コンバットスーツが……?」

 コンバットスーツはティリアの意志とは無関係に硬化し、着用者の動きを妨害し始めた。

 着用者の動きをサポートするはずのスーツに逆に拘束され、身動きが取れなくなったティリアは、底知れない不安と焦りを覚える。

 ……うう、なんでスーツが。もしかして誤作動ですか?

 人体組織の修復の他、コンバットスーツの素材としても使用されるリオーガナイザーは、従来のナノマシンとは異なり誤作動の可能性が非常に低い。が、誤作動の可能性が絶対に無いとも、言い切れなかった。

 極論すると、ナノマシンは人の作り上げた機械に過ぎない。限りなく有機的ではあるが、人が作った以上、内蔵プログラムにバグが必ず存在する。従って、特定の環境下で予期せぬ動作をする場合がある。

 だが、そんなことを知っていても、実際にその状況に置かれては意味が無い。焦るティリアは、拘束するスーツに精一杯の抵抗を仕掛けることを試みた。

「コンバットスーツさん、元に戻って下さい!」

 どうでもいいかけ声と共に全身の力を振り絞り、思いっきり後方にジャンプ。跳躍した先の地面にティリアの体が落ちたと同時、硬化していたコンバットスーツが軟化し、元に戻った。

「ふ、ふぅ……何とか元に戻ったみたいです」

 これで元に戻らなかったらと思うと内心冷や汗ものだったが、何とかスーツは元通りになったので万事解決だ。ひとまず安心したティリアは立ち上がり、状況を分析することにした。

 スーツの状態をチェックしてみると、どうやら特殊な電磁波の影響によってリオーガナイザーの機能が狂ったようだった。要するに、周囲に何か電磁波を発する要因があるということだ。そのような要因は……辺りを見渡す限り、一つしかない。

 ティリアは試しに、眼前の建造物に手をかざしてみた。それと同時、手を覆うスーツが硬化する。

「やっぱり……原因は、この建造物みたいですね」

 建造物に近づくとどうやらリオーガナイザーの機能が阻害され、それに伴いコンバットスーツが硬化するみたいだった。恐らく、この建造物は何らかの仕組みによって特殊な電磁場が形成されているのだ。近づくとナノマシンの機能が狂うのは、そのせいに違いない。

「もしかして、対ナノマシン反応ってこのことなんですか……?」

 レーダーの発した警告を思い出し、ティリアは眉を寄せた。

 ……周囲のナノマシンの機能を阻害する建造物、ですか。

 そんな建造物があるなど、今まで知らなかった。脳内データベースを検索してみるが、一向にそんな情報など出てこない。

 ティリアの脳内に設けられたデータベースは、宇宙統合政府の国立大図書館に匹敵する情報量を持つ。それなのに、まるで情報が載っていないとは……。

「この街……何か、物凄く怪しいです」

 これまでの経緯を振り返り、ティリアは呟く。

 忽然と消えた住民に、文明終焉を無傷で生き残った建造物。そして、対ナノマシン反応。これで怪しいと思わない方が変だ。

 怪しさ爆発の状況にティリアが唸っていると、レーダーが更に警告を伝えてきた。

『警告。地中百メートルにA粒子反応有り』

「……今度は地中ですか……」

 対ナノマシン反応の次は、地中百メートルのA粒子反応。半ば呆れる思いで、ティリアはとりあえずリグレーを解放することにした。

 ティリアの意志を反映するリグレーはその身を解放し、内部兵装を展開する。ティリアは少し考えた後、何の兵装を使うのかを決めた。

 ……A粒子反応があるってことは、どうせA粒子兵器に耐性があるってことですから、もう手っ取り早くコレを使っちゃいましょう。

「アウレウス――展開」

 呟いて、リグレー内部よりA粒子砲を両脇の下に展開。そのまま砲身を地面に向け、ティリアはA粒子砲を発射した。

 全長一メートルの砲から発射されたビームが、地面に穴を穿つ。夜空に黄金の光が瞬き、そして、衝撃が広がった。

「ふぅ、これならさすがに大丈夫でしょう……って、あれ?」

 A粒子砲で開けた地面の穴を覗いてみる。が、穴は途中までしか開けられていなかった。途中の地層に埋まる装甲板のような物体に防がれ、ビームは目的の場所まで貫通していないことが分かった。

 A粒子をビーム兵器として転用したA粒子砲は、あらゆる事象を貫通する特性を持つ。理論上は、宇宙の片隅まで届く貫通力を持つのだ。従って、目の前にある現実は、一つの結論を示していた。

「読みはバッチリですね……やっぱり、A粒子砲に耐性があるみたいです」

 地中にある『何か』は、A粒子を用いた兵器に耐性がある。その結論に至ったティリアは、即座にA粒子砲を連射した。

 金色の光が連続的に瞬き、衝撃と共に轟音が鳴り響いた。

 そうして数分後。

 地中に埋まる装甲板を貫通し、穴は目的の場所まで開けられていた。

 穴の中を覗いてみると、奥底には人工の物と思しき広大な空間が広がっていた。

「ああ……怪しすぎます。物凄く」

 ……どうしましょう。ここで引き返すわけにはいきませんし、でもこのまま地下の空間に行くのも危険そうですし……。

 物凄く悩んだ末に、ティリアは一つの結論に達した。すなわち、

「ああもう、こうなったら毒食らわば皿まで、鬼が出るか蛇が出るか――!」

 最近覚えた諺を叫びながら、ティリアは地下空間にダイブした。

 ――そうして、現在に至る。


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