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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第九十七話 ティータイム・トライアングラー 前編

(色々と気まずいわね……、本当に色んな意味で……)


(二人とも困惑しているな。まあ、一番ダメージを食らったのは私なのだから、まあこれくらいやってもいいだろう。私も所詮は人なのだから)


(ちょっとこれ……、どうしたらええんや……、ほんと、どうしたら、どうしろって、いうんやろうか……)


 とある場所でとある三者が一堂に会し、心中で抱いた言葉である。





 それは男の演説が終わった後のことである。


 少年、シュトーレン・マックス・モラー、リールの三人は一堂に会していた。


 よりにもよって、あまり大きくない同じテーブルに。至近距離で。向かい合って。そこはとある場所に存在する一つの部屋。


 上下前後左右が透明度の高いガラス張りの、六畳程度の広さの、天井高めの、正方形の部屋である。


 ガラスの外側に広がっているのは、見渡す限りの大海原。ただし、空は一切見えない。なぜならそこは海の中なのだから。ただし、底は一切見えない。なぜならそこは中深海水層に位置する海域なのだから。


 中深海水層とは、水深150メートルから1000メートルの範囲のことを指す。ただ、少年たちは、そのガラスの箱の中から、泳いでいる魚たちの姿を色も併せて見ることができるので、水深150メートルから200メートルといったところである。






 少年は、男が演説を終えてこつ然と姿を消した後、リールと合流しようと人垣を掻き分けて進んでいたのだ。だが突如、どこからか手が伸びてきて、慣れた手つきでさっと鼻と口を押えられた上で、後ろからの不意の打撃によって昏倒させられ、連れ去られたのだ。


 なぜなら、少年は目を覚ましたとき、目の前が真っ暗だったのだ。真っ黒な覆いを被せられ、手足の自由を奪われ、声を出そうにも口が開けないようになっていたのだ。


 だが、耳は塞がれていなかった。襲撃犯があえてそうしたのだろうと少年は判断したが、その通りだったのだ。


 何者かの足跡が少年に向かって近づいてきて、足元で止まる。そして、意識を失う少し前まで散々長い間聞かされた、わざとらしいトーンの口調が耳に入ってきたのだ。


「諸事情でこういう手を取らせてもらったよ。とはいえ、君に何かしようというつもりはないさ。これから君にはたっぷりと代価を払ってもらわないといけないのだからね」


 ガッ


 少年は首元を突然掴まれた。それもかなり強い力で。そして、顎を前に出すような、持ち上げるような感じで、上方向にリフトされる。


 口の中からひどく、むせかえるような匂いと重苦しい味がした。






 スルスルスルスルッ!


 勢いよく、目隠しとして頭にぐるぐると巻かれていた黒く長い布が少年の頭から勢いよく外される。


 あまりに勢いがよかったので、そのまま少年の体も半回転ほど鈍く転がされてしまい、手も足も雁字搦がんじがらめの少年は顎から地面にひれ伏した。


 生暖かい液体が口の中からかなりふんだんに溢れてくる。軽く口を切ったというレベルではない。流血しているという表現がしっくりくる、酷い怪我だった。


 あまりに乱暴に扱われたため、少年の上の前歯の一本が折れたのだ。


「いっ! でぇ……なぁ……、……ぉい!」


 少年は自身の目の前にしゃがみ込み、自身を見下ろす、自分に対して主導権を握っている男に向かって凄んだ。


 かなり強い痛みになんとか耐えながらではあるが。当然、涙なんて流しはしない。


(シュトーレン・マックス・モラー……)


 少年の態度とは違って、内面には強い戸惑いが現れていた。なぜこのようなことを自分にこの男がしたのか。それが少年には全く分からないのだ。


 まだ子供である少年に、大人であり、無駄に老練した、ある意味枯れたような一面を持つ、ある意味歪んだその男の心の内を知るよしなどありはしないのだから。






 目の前の男はそんな少年の反応をまるで部外者かのように見つめている。敵意を向けられた人間がする表情では到底ない。


「さて、落ち着いたかね?」


 男は悪びれることなく、少年にそう尋ねた。色々と馬鹿らしくなって、少年は男に対して怒りを向けるのをやめた。そんなことをしているようなら、まるでこの道化じみた男以上に自分が道化になってしまうと気付いたから。


 そして、冷静になった少年は、怒りによる視野の狭窄が終わり、周囲の明るさに明順応してきたところで、その部屋の構造に気付いた。


 正方形の、ガラスに覆われた部屋。外は一面の海。出口は一見見当たらず、部屋の中央には、これまた透明なガラスでできた正三角形の天板を持つ、座ってお喋りするのに程よい大きさの机が置かれていた。


 正三角形の各一辺に向かい合うように、椅子が一つずつ置かれていた。透明なガラスの、レース模様になるようにところどころくりぬかれた四脚で背もたれのある椅子が。


 そして、その一つに一人の女性が座っていた。顔をレースで覆って隠してある。やたらと高貴な衣装を着ている。だが、少年にはその女性が誰であるかは一切の迷いなく分かった。


 その輪郭から。背格好から。存在感から。だが、ただ彼女の正体に気付いただけではなかった。これまでになかったものが少年の心にはできつつあったのだ。


 それが、今、形となった。それだけに過ぎない。


(リールお姉ちゃん……、ごめんなさい)


 リールが今の遣り取りにおいて干渉してこなかったこと。それこそが答え。


 少し大人になった少年は、これまで分からなかった、彼女の細かい感情の機微から、自身の行動の身勝手さや軽率さに気付いたのだった。


 今更ではあるが。だが、それでも気付いたのだ。


 少年は不自由な手足を動かして、なんとか正座の姿勢になり、二人の方を向いて自ら頭をごつんと下げた。

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