第九十六話 真実の断片を求めて
「これで日記の朗読は終わりだ。」
男はそこで一度朗読を止めた。そして、大きく深呼吸した後、ちょっとした解説を入れる。
「やたら尻切れが悪くなってしまったが、これは仕方のないことなのだ。この日記は、細切れになっている。物理的に日記が切り刻まれているというわけではない」
「この日記を書いた者が仕組んだことなのだろう。時系列が一部、いじられているのだ。そして、文章が途中で終わって不自然なスペースが空いているところが散見された。」
「で、その隙間を埋めるものが、断片的なメモとして存在しているようなのだ。私が諸君に日記の内容を朗読する前に話した事柄には、その内容を幾つか含ませてもらった。」
「なお、まだ諸君らにその内容を伝えていない日記の頁や断片メモがまだ多く、私の手元に存在している。当然、全部揃っているわけではない。今私が手にしている日記や断片メモから類推するところ、私の所持するのは全体のおよそ4割というところだろう。だが、あらかた大筋は辿れる。」
「日記に関してはおそらくほとんどが私の手元にあるからだ。だが、予想以上に空白が多い。つまり、メモが膨大な数存在するということになるのだ。どれだけ存在するのかは私は考えたくない。」
「そもそも、全てのメモが現存しているとも考えにくい。欠けがあるに違いないだろう。それがもし非常に重要な記述だとすれば……。怖くて仕方がない。こんなに重要な資料がどこかで今この瞬間にも朽ち果てていこうとしているなんて」
「私には耐えられない。だから、私は諸君に頼もうと思う」
「私は欲しいのだ。一部抜けているこの者の日記が。歯抜けになっている空白を埋める真実を記した断片が。」
「そして、全てを知り、その全容を明かしたいのだ」
「そして、私は私として確固たる自身を以て、自身を取り戻したい」
男はその理由を説明し始めた。当然、目の前のやんごとなき人々にではなく、その他の聴衆たちに大してである。
「私は今日、想い人に袖にされたのだ。本当なら私から袖にするつもりだったのにも関わらずだ。それでは私の面子が立たない。プライドがへし折れる。そしてもう、粉々だ。これを再度くっつけるには、莫大なエネルギー、つまり、強大な自信が必要なのだ」
「自分が本当に凄い人間であるという自身が」
「そして、私はその自身の再生を、この世界の今現在の最大の謎、モンスターフィッシュはどこからきて、どこへゆくのか。それを解明することで成し遂げたいのだ」
「そのために私は海へ旅立つ。二度と大地を踏みしめることができなくなるかもしれないが、それでも諦めることはしたくない。」
「私の話に夢を持った者よ、どうか共にその謎に挑んではくれまいか」
「成し遂げた暁には、諸君らの手に富と名声が齎されるだろう。歴史に名が残り、未来永劫紡がれていくだろう」
「一世一代の夢を追う機会は今しかない。私は三十日後、東京フロートのとある場所から出港する。時間と場所、何を使って出港するかは一切明かさない。だが、興味がある者なら意地でも探して追いかけて来れるだろう、きっと」
「私は今日、この後から、その場所で待機しておく。つまり、猶予は三日。その間に、私の出港予定場所を見つけること。それが、同乗する者の唯一の条件とする。」
「参加したいと思う者は何としてもたどり着け。私へ手が届きさえすれば、参加に際して起こる全ての障害を取り除いてくれよう。たとえそれが何であろうとも。我が名において誓う」
「ではこれで、私の話は終わりだ。では、この話を今聞いている、もしくは、数時間、いや、もしくは数日遅れで聞くことになる者たちの中の僅か一握りの者たちよ。見えるときを楽しみにしている。」
「ボチャーン、グッ、ポタポタポタポ……」
そうして、東京フロート全域を巻き込んだ男の演説が終わった。いや、これが始まりとなったのかもしれない。数日遅れで日本を、いや、その周辺国まで巻き込むことになったのだから。
その結果は期日に、明らかになる。




