第九十四話 デザインフィッシュモラトリアム 後編
「とまあ、ここまでが重要だった。だから、このように長めに尺を取ってまで、諸君に説明し、考えてもらう時間まで取った。だか、ここからは、違う。たださっと記述を流し読むだけに留めておこうと思う。」
男は一度咳払いをした。
「で、だ。つまり、ここまでの話が肝だったというわけだ。さて、諸君。如何だっただろうか? この話に興味を持って頂けたかな?」
「もし興味を持ってもらえたならば、この先の話は、それについてさらに深く考える材料となるだろう。そして願わくば、最後に発表する私からの提案を聞き、それに応じるかどうか考えて欲しい」
「もし興味なぞ無いというならば、この先の話を聞く必要は一切ない。水場から離れれば音は小さくなる。きっと大して気にならなくなるほど。立ち去りたまえ」
「さてと。飛び飛びになるがそこはご了承頂きたい。保存状態が良くなかったのだ。一度破棄されかけた形跡があったのでな」
男は再度咳払いをし、人々の反応を見ることなく日記の続きを読み始めた。
「『2019年4月1日』」
「『いよいよ私のプロジェクトが正式に発足した。とはいえ、正規の発表を行ったわけではない。』」
「『私は表舞台には一切出ない。他の研究者連中からの僻みが煩わしい。それに、研究者連中に一度私は自身の研究を妨害され、潰されている。だから私は、影武者という手段を取った』」
「『今、私の目の前で流れているLIVE映像の中で記者会見に臨んでいるのは私ではない。向こうに用意させた者だ。あくまで影武者であり、操り人形ではない』」
「『影武者の話す内容を私が決めると、おそらく、発露してしまう。この計画の裏の私の存在が』」
「『2019年7月24日』」
「『当初の予定よりも一か月程遅れることとなったが、スポンサーが一堂に集った会議に私は招集された。どいつもこいつも、金の匂いに鋭い、下劣な豚のような顔をしている。私の研究が金になる。そう甘く考えた愚か者共だ。』」
「『私の本心は私のみが知る。私が幾年にもわたって抱き続けてきた妄執。それが込められた真の計画に誰もが気付きはしない。』」
「『あとはここだけ。今日だけ。今日さえ乗り切れば、歯車は動き出す。もう止まらない。止められはしないのだ。私の夢がようやく、その姿を現世に現わし始める』」
「『2021年2月18日』」
「『すっかりここの環境にも慣れてきた。私は今、南極にいる。異能海生生物資源開発研究所。氷漬けの大地の上に乗った氷の層の上に見えるその建物は、地表部だけではない。地下深くの土の大地まで貫通するように建てられた建物だ。』」
「『私は今、トイレで日記を書いている。相変わらず、腹だけはこの環境に適応してくれないらしい。とにかく寒い。過酷な環境だ。この研究には広大な敷地が必要だった。それと、研究効率のために、建物を全部連結した一つの建物としておくことは不可能だった。』」
「『人工的な、様々な環境のビオトーブ。広大な敷地に設置したそれらを私は頻繁に行き来しなくてはならない。この後も第13ビオトーブへ向かわなくてはならないのだ。だから、腹の内容物をを根こそぎ絞り出そうとしている』」
「『この研究所は、日本という国、一国で運営されているということに表向きになっているが、そうではない。そもそも実際のところ、国営ですらないのだ』」
「『スポンサーの一覧は今この場で思い出せるだけでもこれだけある。――』」
「この先の部分は破り捨てられているようだったのでここで終わりだ」
「これは年度が不明だ」
「『――年10月22日』」
「『そろそろ動き出そうと思う。素体は揃えた』」
「『衣の材料になる、綿などの繊維を豊富な体毛として持つカエル。』」
「『食として利用できる、それ一つ食するだけで、一日の必要栄養素の必要量全てを賄え、それしか未来永劫食べ続けられないとしても健康に支障をきたさない、栄養豊富な拳大の卵を産むサメ。』」
「『住むための家として使え、メンテナンス不要、損傷が自動回復し、餌を与える必要がない巨大なクジラ。まあ、海限定ではあるが。餌が膨大な量の海水だからである。』」
「『あくまで衣食住は、私の研究の先駆けに過ぎない。私の妄執が現実にできるかの試金石。本来の目的はもっと大きい。』」
「『私は、これらを、ただの人の道具として終わらせる気はないのだから。』」




