第九十三話 デザインフィッシュモラトリアム 前編
「『2017年3月22日』」
「日記の最初の頁はこの日付から始まっている」
多くの人々が矛盾に気付く。そのことを織り込み済みである男はその疑問に答える。
「21日ではないのかって? 諸君はそう疑問を持った筈だ。ふふ、先ほど述べた通り、全ての始まりは2017年3月21日。だが、それを語るには、どうしてもその次の日から始めなくてはならない」
「なぜなら、日記の構成がそうなっているからだ。では続きを読み上げるとしよう」
「『私は以前から決めていた。私の夢への道が開けたその時、それについての道程を示した日記を書こうと。誰に見せるわけでもない。ただ、私だけのために。たとえ、そのことを忘れてしまっても、また、思い出せるように』」
「『とうとうかねてからの計画が通った。道具生物作成計画。これは私の妄執が生んだ広大な計画の先駆けに過ぎない。だが、通った』」
「『人造設計機魚創造計画。それがこの計画の仮初の名。人工的に新種の海生生物を創り出す計画』」
「『海の生物を、人間の都合のよいように改造し、衣食住を大きく改善する。これが民衆向けに示した目標。そして、海の生物によって、増えすぎた人間の管理を行う。これが権力者向けに示した目標』」
「『とはいえ、これらは全て、偽りである。この計画の真の名は、デザインフィッシュパラノイア。偽りの計画で偽装した、私の夢だ』」
「『日記とはいえ、このように誰かに語り掛ける口調で書いているのは、私が私として、自身の意思で行動できているかどうか確かめるセルフチェッカーとしての役割があるからである』」
「『というのは、私は、政府の者たちの前でプレゼンをして、この計画を正規の形で通した、というわけではないのだから。』」
「そして、次の頁を捲ると、日付が戻っている。つまり3月21日の内容は次の日、思い出しながら書いた、ということになる」
「追加で記載しないといけない日だったということだ。3月21日が」
「『3月21日』」
「『私にとって、今日は毎年恒例の、研究費を得るためのプレゼンテーションの失敗の日となる筈だった。例年通りならば。だが、今年は違ったのだ。』」
『「私はこれまでと同じように、自身のプレゼンを否定され、部屋から退出し、そこから立ち去るところだったのだ。東京都心にありながら広大な敷地面積を持つその建物の3階の大会議室。』」
「『そこへ続く唯一の道である、幅が広く天井が高い、長い長い廊下を私は独りで歩いていた。左右のそれぞれの壁は透明な一枚ガラスでできており、そこからから差し込む夕焼けが強く差し込む。床に敷き詰められた赤いパイル地のパネルが淡く光る。』」
「『私は例年通りこの道を歩き始めた』」
「『政府の力ある者の一人に、私は見出されたのだ。そして、彼はこう私に告げたのだ。』」
「『"君、人生は一度きりだ。だからこそ、それはよくない。なぜ抑える。なぜ口に出さない。君の望み、それは君の体から漏れ出そうと暴れているぞ"』」
「『突如私の前に、単独で現れた彼は、私の瞳の奥を覗き込むように問いかけてきたのだ』」
男はそこで一旦、朗読を止めた。
「さて、3月21日に起こったことの実質的な内容はここで終わりのようだ。ここから先はこの日記を残した者の愚痴のようなもの。つまり、読み飛ばしてもいい内容だということになる。だが、私はそれができなかった。」
「この先にこそ、この者の真意が隠れているような気がしたからだ。それに3月22日の日記の内容が薄すぎる。これでは唯の備忘録だ。私が知りたい計画の中身。それが僅かしか触れられていないのだから。」
「私が集めることができた資料の中で、当たりといえるものは、日付不明かつ意味深なことが書かれた紙片と、モンスターフィッシュというものが出現する原因を作った者たちのいくつかの日記のみ」
「だからこれも読み上げよう」
「もしかすると、諸君たちのうちの誰かが、この日記を書いた者の真意を明らかにしてくれるかもしれないのだから」




