第八話 目覚めと寝惚け
「船長、行ったら誰もいなかったんだけど。で、戻ってきたらポンちゃん戻ってきてるし。」
パイナップル女は船長たちの元へ戻ってきた。そして、少年の渾名は、"ポン"に決まった。少年が知らないうちに決まってしまったのだった。
「ポンちゃん、起きて。あ、寝顔もかわいいわねえ。」
そのまま、近くに来て少年の顔を覗き込む。
「母ちゃん……、あ……。」
少年は目を覚ました。寝ぼけて目の前の女性のことを"母ちゃん"と呼んで……。
『やってもうたああ……、俺、俺、どうする~~~。落ち着け、俺。ここは真面目に―』
「ごめんあさい、寝ぼけてました……リールお姉さん。」
島野リール。それが彼女の名前だ。お母ちゃんに似ている。それだけですぐに覚えた。
『女性は、お姉さんと言われると機嫌が直るらしい。母ちゃんと父ちゃんのやりとりを見てそれを俺は学んでいるんや。ここでもきっと通用――』
「お姉さんそんな甘くないよ~。」
『……しなかったか。』
リールは満面の……、作り笑顔だった。
『怖いっ。目ぇ逸らされへんねんけど……かくなる上は――』
「ごめんなさい、リールお姉ちゃん、すみませんでした。」
『これならどうだ?お父ちゃん秘伝、下げて下げる、や。効果は――』
「お姉ちゃんかあ、うふふ。許してあげるね。でもこれからも私のことそう呼んでね。」
『効いたああ。でも、悪寒が収まらへんで。なんでやろう?』
少年がその理由を知るのは当分先のことになる。
「おっさん、あんたなんてことしてくれたんや。おかげで俺は一人大冒険することなってもうたで。目ぇ覚ましたらなあ――」
少年はこれまでの経緯を少しムキになりながら語りつつ、船長に詰め寄る。
船内で目を覚ましたら誰もいなかったこと。船中探し回ったこと。どうにかウェイブスピーカー使って他の船員が船にいるか確かめたこと。
心が折れそうになりつつも、踏みとどまって、町へ向かうために海に飛び込んだこと。服着たまま飛び込んでけっこうやばかったこと。槍構えた二人組が近づいてきたこと。
「で、気を失って、気づいたらここにおったわけや。おっさん、これどう落とし前つけてくれるんや?」
少年、当然怒る。悪戯にしてはたちが悪すぎるのだから。眉間に皺を寄せてさらに詰め寄る少年。
「まあ、落ち着けって。お前なら一人でここまで来れると思ってたぜ。まあ、最後担ぎ込まれてきてたけど、まあいいだろう。次はもっとうまいことやれよっ、と。」
「おっさあああああああんんんんっ。」
船長は、席から立ち上がり、少年の横を抜けていった。すました顔で。当然謝罪はない。
一方、少年、これまでに見せたことのない、凄い形相。目がぐりっと見開いて魚みたいだ。
船長は逃げる。笑いながら。見ていた船員たちは大笑い。笑い転げたり、腹を抱えて笑ったり、色々だったがみんな笑っていた。
船長は、どうやら少年を巻いて逃げ切ったそうである。その間、船員たちは、町の中で、すごい目つきで相変わらず船長を探している少年を何度も見ることとなった。
「お前らあ、散歩は終わり。いいな、ここは目的地じゃない、通過点だ。だからたったと支度して阿蘇山島行くぞ。」
その日の夜。例の大きくて白い部屋に全船員が揃っている。普段は馬鹿騒ぎ上等な旅団も、こういった時だけはしゃきっとする。全員で目的に向けて行動する、その時だけは。
それができなくては、今の時代、巨大な船での航海などはとてもできないからだ。少年も、怒りを抑えて真面目な顔になった。
「明日、そのための準備をする。ボウズ、お前は俺と一緒に行動な。俺とボウズで、この町の町長に会ってくる。」
「え、まじかよおっさん……。俺まだ全然ここで釣りしてないんだけど……。」
「おいいい、お前ここでも釣りかよ。釣りか。お前の頭は釣りでできてるのか?普通、こんなおもしろそうできれいなとこ来たら観光だろ、観光。早く終わったら、俺が見つけたおもしろそうな店と絶景スポット連れてってやるからよ。」
「いやや、おっさん。俺は釣りしたいんや。やらせろやああ。」
少年の目が魚になる。
『やばい、止めなくては。』
冷や汗をかく船長。
「おう、じゃあ、早く終わったら一緒に釣りやろうぜ。」
少年の顔は元に戻った。それでも船長の冷や汗は止まらない。
『収まった。一体何なんだよこいつ……。俺、とんでもないやつパートナーにしちまったかもな、早まったか、俺。』
「他のメンバーの割り振りも決めてしまうぞ。まー、てきとーだがな。だいたい3グループに分かれろ。食料調達班、釣具調達班、船改修班。よし、決まったな、解散!」
辺りはすっかり夜になっていた。船員たちは各自床に就く。この建物は隣の宿屋のものらしく、この部屋を借りるついでに宿も抑えておいたのである。
船長としてはすごいまともどころか有能、人としてはダメダメ。それがこの船長だった。少年はおっさんが船長である理由がよくわかった。
『認めることにする。おっさん=船長。……やっぱりやめた。』
そして一晩経ち、朝がきた。船員たちはグループに分かれて行動を始めた。目的は、手早く予定している目的地へと辿り着くこと。そのための準備は迅速に、しかし、いい加減になってはいけない。少年も気を引き締めた。