第八十八話 道化師の乱舞 後編
呆然としている者と、首を傾げる者たちが半々ほど。男は自身の行動を解説した。
「私は、こうするとこの花道を通り始めたときには既に決めていたのですよ。ですから、彼女が何をしようが関係ないのです。美しい小鳥は、自由に空を舞い、どこにでも行けるからこそ、小鳥として美しいのです。」
その遠回しな言い回しによって、人垣の様子は少し変わる。呆然としている者と、首を傾げる者と、納得したかのように頷く者が同程度に。
(まだ言わせるつもりか。煩わしい。とても私と同じ、貴なる者とは思えない)
男の心中は、外から見てとれる様子とは大きく異なり、この場にいる誰よりも冷めきっていた。だが、目的を果たすために男は押しの言葉を放った。
「我が名を以て、宣言する。これは茶番だ。偽の結婚式という名の茶番。島野家すら巻き込んだ我が家の仕込んだ偽の舞台。多くのやんごとなき方々にこの場に集まってもらい、我が家の新たなる力を示すための。」
花婿がそう言い放つと、周囲はその言葉に反応を示す。男が普段使用することの一切なかった口調で話し始めたからではない。
男が公の場でこれまでま見せることのなかった威圧感、威厳。まだ所詮若輩である男の不遜な態度に対しての怒りや蔑みといった負の視線が徐々に人垣間に充満していく。
自身の言葉で自己の視点に戻った男は、今度は自我に満ちた思考を心の内に展開した。
(誰も彼も、ただ単調な、予想通りの反応を返すばかり。この者たちはやはり愚鈍。所詮、生まれの良さというぬるま湯に漬かることしかしなかったのだ。少し考えれば解るだろう、疑問を抱くだろう。そんなことだから私はこんなふうになってしまったのだ。)
男は周囲に悟られないように、心中で人垣を蔑み、ほくそ笑む。
(さあ、踊ってもらおうか。我が乱舞で、惑わせて、事態を変えてやろう。ははは、やはり私の人生、こうでなくては。予め決まったものなどつまらない。飛んでもないことが起こり、私が私らしく優美に道化となって乱すことができるから、愉しいのだ。)
ここから男は、道化としての自身の舞台の展開を始めていく。それはその場にいるやんごとなき人々だけを巻き込んだものではない。その規模は東京フロート全域に及び、未来にも歴史の一幕として記されることになる。
ここが時代の転換点になることを誰も知らない。主導者であるこの男自身でさえも。




