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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第八十六話 交差して、並んで、岐れて

 男は彼女と逆の方向を向き、彼女からゆっくりと離れて背筋を伸ばして胸を張り、歩みを一歩、二歩。そして、彼女の肩をポンと優しく押した。


 ピエロに徹し、リールを後押ししたのだ。男には分かるのだから。目の前の、花嫁になるはずだった女の気持ちが。手に取るように。なぜなら、男は彼女のことを幼いころから度々見てきたから。


 そして、ある意味自身と似た境遇だった彼女、籠の中の鳥である彼女に、家の重みに押しつぶされて飛ぶことすら諦めていた自身を、過去、重ねていた。


 そして彼女と接し、男は彼女に惹かれていく。かつて抱いていた、叶うはずのないある夢。それは男自身から見てもただの絵空事だった。


 そんな妄言を彼女に語った。誰にも語ったことのなかった自身の胸中を。それは自身の勝手極まりない戯言。だがそれを彼女は優しく受け止めてくれ、本心から自身を応援してくれていることを感じた。


(放したくはない。だが、それ以上に、彼女の思いを曲げたくはない。私は()()()()()の彼女に惹かれたのだから。)








 通り過ぎていった、離れていった男の方を彼女は向き、手を伸ばそうとする。しかし、実際は、踵を翻したところで彼女は立ち止まった。


 それは数秒の、選択のための空白。


 そして、再び元の方向へと彼女は踵を翻す。かつての自身の最大の理解者である男に心の中で感謝する。言葉には出さない。


 少年へ向かって歩き出した。


 こういうとき素直に心を曝け出せない、かつて()()()()男に対し、男の心情が分かってしまう彼女は、言葉を発することはしない。


(ありがとう、私を最も理解してくれる人。私の身勝手を尊重してくれて、後押ししてくれて、見届けてくれて。ああ、泣きそう。でも私がそうしてはいけない。それだけはいけない。何があっても)


 リールは揺るぎ無き一歩をそこから踏み出していくのだった。






 リールが近づいていき、距離を詰めていく。おおよそ最初は20メートル程度の距離。そこから、残り、19メートル、18メートル、17メートル――――、そして、残り10メートルを切ったかというところで、突然少年が従僕の横を前を抜けてジグザグにリールに向かって走り出し、仮面を投げ捨て、飛びついてくる。


(ポンちゃん、今までこらえててそれは駄目よ!)


 身を退いた男は、その足跡を聞いて、涼しげに笑い、二人から離れていった。そして人垣の花道から人知れず姿を消した。やんごとなき人々は目の前の光景に釘付けなのだから。


 そして、今この場で主役の一人となった少年は、そのままリールの胸に埋もれて――


「リールお姉ちゃん、ぅあああああああああああああんんんん~~~~っ!」


 グスグス、

 しくしく、グスグス、

 しくしく――


 そう。周囲のことなんて一切気にせずに泣き始めたのだ。これにはさしものリールも拍子に取られた。だが、少年をすぐさま受け入れて、優しく抱擁し、自身の胸に埋もれる少年をただ撫でた。

今少年にとってアウェーなこの場から、少年を守るために。


 少年はまだ子供なのだ。どれだけ果敢に行動できたとしても、儀礼をぶち壊したとしても、感情を抑え切れず泣き出しても。リールはそう考えた。


 あまりに色々あったため、周囲の人垣はもう、ただ見ているだけしかできないようだった。ただその中の僅かな数人だけがその様子を()()暖かく見ていたが、中心の二人に、それに気づく余力は残っていなかったのだ。

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