第八十三話 褪せた花の道
何事もなく終えたパレード。そして今にも始まろうとしている島野家とマークス家の婚姻。
各界の著名人たちとその家族・恋人たちが一同に会し、この世界での強大な二家の婚姻の成立を見届けようとしている。
晴天の中、屋外で行われる関係者だけの非公開の結婚式。
数百人にも及ぶ紳士淑女の人垣。それで形作られた道。その道の中央を花嫁と花婿が通過していく。
普通の結婚式と違う点は多々あるが、最も異なるのは、彼ら彼女らが例外なく仮面をつけていること。前時代の結婚式では決して見られなかった光景。
この時代はかつてほど、情報というのが出回っていない。だからそれが大きな武器になるのだ。それに自身の情報を隠すことで、保身にも繋がる。
仮面をつけることで、個人の特定、暗殺の危険を防ぐ。また、意図的に素性を隠している貴人も多い。つまり、お互いへの配慮なのだ。
全員が一同に集ってお互いに顔見せする。親交を深めるにはいいかもしれないが、安全管理の面でいえば、最悪。
現に、この式においても多数の影武者が紛れ込んでいる。
本物であると保障できるのは、二家の関係者。そして、花嫁と花婿のみ。
リールは当事者でありながら、あまりに色褪せたその景色を見て、思った。自身の人生が今決められてしまおうとしている。
自身の内に一切の熱気、寒気も感じられないまま。周囲の歓声には心は篭っていない。この婚姻は、決して愛のあるものではない。それを周囲も知っている。二つの大きな家の同盟のための儀式。だたそれだけなのだから。
本来形だけでも祝われるべき場。しかし、薄っぺらい仮面の歓声と、恐ろしいほど冷えた、静粛な場。
やたらに自身の足跡と、隣を歩くパートナーになる者の足音が聞こえる。仮面をつけているため、自身の諦観の表情を見られることはない。
相手も仮面をつけており、その表情は分からない。決してリールは彼のことが嫌いというわけではない。彼は、教養があり、ユーモアがあり、偏見で物を見ない、この世界でも稀な紳士なのだから。
時折うざったいが、それでも幼い頃からリールは彼と付き合いがあり、彼はリールをただの島野家の備品としては扱わなかった。少なくとも一人の人間として扱ってくれていた。
リールが釣人旅団に紛れこむとき、そのためのアリバイ工作まで行ってくれ、後押ししてくれたのだから。
そこに彼の家の将来の利益という意図が見え隠れしてはいたが、それでもそこには彼の良心のようなものが十分に込められていたのだ。
だからリールは覚悟を決めていた。ある程度我が侭を通した後、自分は彼と結婚する。それを受け入れると。幸い彼は、自身に歩み寄ってくれるだけの器がある。
ただの不幸せな結婚にはならないだろう。
恋愛結婚ではない、政略結婚。自身にはその選択肢しかないのだから。それでも愛情のようなものが芽生える可能性が十分にある。周囲と比べたらはるかに恵まれているのだから。
だが、そうできなくなってしまった。なぜならリールは少年に出会ってしまったのだから。それは、彼女が憧れたボーイ・ミーツ・ガール。決して叶わないはずの夢の入り口だったのだから。
リールとモラーは、司祭のいる祭壇までまた距離があるにも関わらず、立ち止まった。
なぜなら、そこには仮面をつけた、一人の子供が道を遮るように突如立ち塞がったからだ。




