第八十二話 少年、渇望する。
少年は目の前の男を強い眼光で見つめる。瞬きせずに、無言で。重い雰囲気が流れる。そうして、短くはない時間が流れた。
先ほどの大仰な発言から後、何も言われず、ただ不気味ににらみつけられているようにしか思えない男が先に痺れを切らして口を開こうとし瞬間、それを待っていたかのように少年は口を開いて言葉を発した。
「私の力。モンスターフィッシャー世界級の力。欲しくはありませんか?」
男は目を丸くする。
「もうすぐあなたが手に入れるものよりもよりランクの高いものが、今なら手に入りますよ。ある一つの条件さえ飲んでいただければ。」
「条件というのは?」
男は平静を装ってそう返す。だが、少年が言葉を返した瞬間にそう投げかけてしまっている。食いついたことがばればれである。
それほどに、男の一族にとって、モンスターフィッシャー世界級との繋がりが欲しかったのだ。リールの家と今回結びつくのは、もはや自力ではモンスターフィッシャーの確保が不可能であると悟ったことと、他力であろうとも、望んでいる世界級モンスターフィッシャーの確保は不可能であるからの妥協。
主目的は、できる限り称号の高いモンスターフィッシャーの確保であって、リールの家との直接的な繋がりはあくまでおまけだったのだ。
そこに降って湧いた好機。ちょっと怪しいとか、うさんくさいとか、そういったことをあっさり欲が押しやってしまう。
少年は、男の実家のそのような都合に、推測でたどり着いていた。そして、まだ自分に目があると、男の反応から確信できた。
だからこそ、これだけ強気に出られるのだ。
むしろ、今強気に出なくてはどうしようもなくなる。大きな家同士の結婚。それは、行われた後では、どうあがいても変えられない。変えるとしたら、確定する前しかないのだから。
「条件は、島野家長女との結婚の破棄です。」
「私があなたに、あなたの一族に私を売り込んだとしても、それでは私を十全に生かしていただけません。それに、私自身に島野家との繋がりがあります。ですから、あなたが不必要にリスクを払って無理に結婚する必要は無いのですよ。」
「建前はいいですよ。」
男は、少しいらついていたようだ。体が前のめりになって、少年の話に食いついている。
「私は、成り上がりたいんですよ。モンスターフィッシャー世界級の称号と自身の実力で。ですが、そんなに甘くはないんですよね。私には後ろ盾がありません。だから、あまり悪目立ちはできない、思い切って動けないんですよ。」
「ほう、そうですか。」
男はにやついている。何やら、少年のことが気に入ったようだ。その証拠に、少年は、男から先ほどまで感じていた一種の圧迫感を感じなくなった。代わりに、全身を舐める様なねばつく視線を感じるようになった。
「誰か、力あるものに、鼻持ちならないと思われたらその地点で終わり。」
「要するに、君は何が言いたいのかな?」
男の話し方が変わった。これまでの丁寧な外向けの言葉遣いから、自然な言葉遣い、本来の男の言葉遣いに。
少年は一気に畳み掛けにかかった。
「私は、あなたに自身を売り込みに着ました。ですが、私は、あなたの一族に遣える最初で最後のモンスターフィッシャーになりたいのですよ。私専属の最強の後ろ盾になってください。その代わり、私は貴方方の至上の駒になりましょう。」
少年がそう言い、悪い笑みを浮かべて男を見る。男も、相当な悪人面で嗤っていた。その顔はまるで爬虫類のようだった。




