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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第八十話 シュトーレン・マークス・モラー 前編

 そのフロアーは、巨大な一室になっていた。中世ヨーロッパのような、アンティークで高そうな調度品がひたすらに並んでいる。そして、床が、青色の貴石だった。その石が何か少年には検討がつかなかった。


 コツコツコツコツ。


 少年はその方向を見る。そして、見上げる。一人の巨大な優男が少年へと近づいてきていた。そして、話しかけてきた。


「釣一本さんですね。私は、シュトーレン・マークス・モラーといいます。」


 そして、手を差し出してきたのだ。


 その男は、上下真っ白なスーツを着ており、Vの字とUの字の間をとったようなジャケットの太めの返りの部分からは、派手な六連のフリルが顔を覗いていた。

 胸元まで届くほどに長く伸びた髪の毛と、白っぽい肌がその服装にはよく映えている。


 ところが、一つ残念なことに、男の顔は綺麗に整っているとは到底言い難かった。潤んだような丸い眼、高いが広大な鼻、大きな口と耳。少年はそれと似たものを図鑑で見たことがあった。動物図鑑で。犬の項目で。ゴールデンリトリバー。彼はかつて存在した犬の品種とそっくりな顔つきをしていたのだった。


 少年は、驚きを隠しつつ、その長ったらしい奇妙な名前を一発で覚えてみせ、早速使ってみせる。


「釣一本です。モンスターフィッシャー世界級の称号を持つ者です。よろしくお願いします、シュトーレン・マークス・モラーさん。」

 

 少年は感じる。大きい、と。シュトーレンの頭は少年の遥か上にあったのだから。彼の淡褐色の目が少年と合う。そして少年は、自分に合わせて屈んでくれたシュトーレンと握手した。


 受付は少年がエレベーターから降りた後、すぐに下へと降りていったため、今この場にいるのは、少年と、彼だけである。


「で、玉石さんからの伝言というのは何でしょうか? 何か警備計画の変更でもあったのでしょうか?」


 少年は直感する。この男のところまで少年の話は行っていないと。おそらく、玉石が気を利かせて手を打ってくれていたのだろう。少年はさんざん自分をいじり倒した彼女に心から感謝するのだった。






 少年は、一切の小細工、前置きなしに切り込むことにした。今決めたことである。少なくとも、当主よりもやりやすい相手であることは間違いない。門番の話を聞く限り、当主はかなりの曲者だと予想できたからである。


「玉石さんから、最近、貴方たちの身辺を嗅ぎまわっている輩が居るとお聞きしているはずです。」


「確かに耳にはしていますよ。本当に物騒ですよね。」


シュトーレンは大げさに左手で、額の中央で分けて横に流した胸に届くほどの長い前髪を掻き揚げてみせる。柑橘系、特に、蜜柑みかんの柔らかい甘さを強く感じられる香水の香りが少年の鼻を突く。


 少年は噴出しそうになったが、耐えた。この顔で、まさかの御曹司なのである。あまりにギャップが酷かった。幸いシュトーレンは気にしていないようであった。


 少年がこう言ったのは、玉石がどのように不審者関係について伝えているか探るためであった。また、少年についての情報が別経路で伝わっていないかを探るものでもあった。少年は相手のわずかな反応からもその心を読める域にすっかり達していた。冷静に対処できている状況では。


 そして、大丈夫であると判断し、次の言葉を発した。


「で、その輩の正体が判明したので、この封書にしたためてきたのです。この中にその者の名前と情報が入っています。」


 少年が差し出した封書。それは、船長が少年に預けたものを流用したものだった。熱を加えて封を形が崩れない程度に柔らかくして、中に少年が書いた手紙を入れて、綺麗に蓋をしたのだ。異様に手先の器用な少年にとって、それくらい、朝飯前であった。決して褒められた手段ではないが、今は手を選んでいられないのだから。


 シュトーレンは、手紙を読もうと封を切り、それを見て、笑い出した。それは、少年を軽く見る笑いではない。少年をただの使いとしてはみなくなった、それを態度として示した笑顔だった。そして、少年に向けてこう言った。


「是非伺わせてていただきましょう。あなたの考えを。」


 少年はにやりと影のある笑いを浮かべ、シュトーレンに案内されるまま、席に着いた。

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