第七十五話 予想を裏切る女 中編
「さてと。君の用件は何だい? わざわざこんな処まで何となくで来たわけではないだろう?」
小鬼が扉を閉じてからしばらく経ち、静かになったところで女性が口を開いた。
「はは、いや、何となくで来てしまいました。もっと後で来るつもりでした、本当は。」
少年はぎこちなく口を開く。本当は自身から話し始めるつもりだったのだ。先に話し始めると、主導権を握りやすくなる。つまり、その後立ち回りやすくなるのだ。こういった、交渉のつもりで来た場において、少年がなんとなくよく使っている手である。
「変なことを言うねぇ。あいつから書状預かってるじゃないの?」
「それは……、すみません。」
(さすがに、ついでなんて、言われへんでえ……。)
少年は、しょんぼりと返事をした。
「まあ、いいよ。まあ。はぁ、もっと君おもしろい奴かなあって思ってたんだけど、はぁ、駄目だね、駄目駄目。どうせ君もしょうぼない頼みごとするためにここに来たんでしょ、しっし。たったと消えてくんなぁいっ?」
「はぁ?」
少年、それには不満を示す。平時と比べて少年に余裕はないのだ。いくら冷静に見えようとも。心の表層のすぐ下には、煮えきった気持ちの渦が今にも溢れそうになっているのだから。焦っては事を仕損じるという気持ちでそれを抑え込んでいるだけなのだ。
(ふざけんなよ、こいつ。何様なんや一体……。少なくとも、俺のことは知っている。船長の手紙で俺のデータ知ってるやろう。それに、船長の書状を俺が持っていることも知っている。何がしたいんや? 俺が、小鬼の門番が言っていたみたいに、あんたに群がるしょうぼない奴らといっしょやって?)
「おい、てめえ、何がしっしやぁ! こっちはな焦ってんだよ。お前と会うのなんて、ついでやついで。俺は今せなあかんことがあるんやぁぁ!」
少年は顔を青くする。相手の挑発に乗って、暴言を吐いてしまった。相手は力があるのだ。それに縋るしか今のところ手が見つからないこの状況でやってはいけないことをやってしまったのだ。どれだけ緊迫した状況であっても理性が残ってしまう少年は、すぐに怒りで覆いつくされた感情から頭を出すことげできた。
彼女は、それを見て関心する。当然微塵も顔には出さない。どれだけ怒っていてもどこか冷静。まるで感情に振り回せれる彼と、それを俯瞰する彼。二人居るように見えると感じていた。
そして、それが間違いでないか確認するために、次の矢を放つ。
「えっと、確か、女追ってるんだっけ? なんか、そんなことあいつからの手紙に書いてあったかなあ。ったく、しょうぼないねえ、きっと、君、そんなにしょうぼないんだし、君が追っている女もしょうぼないに違いないね。」
それを聞いて、少年は唇を噛み締める。
彼女の元には、情報が絶え間なく入ってくる。この東京フロートでの情報はかなり詳細に。変な動きをして悪目立ちしている人物の情報ならなおさらである。少年はこの地点で実はかなりマークされていた。あの門番から少年の情報が漏れたというわけではない。少年が様々な場所で聞き込みをしていたため、怪しまれ、がっちりとマークされていたのだ。
持っていた称号も悪く働いた。それのせいで余計に怪しまれてしまったのだ。何か狙いがあって、花嫁か花婿の家に近づこうとしている、と。両家は海関係で大きな力を持つ家なのだから。
彼女が少年を煽ったのはわざとである。普段はこのようなことはしない。煽るなら、こんなに直接的に分かりやすく煽りはしない。周りから、徐々に。決して彼女の仕業であると悟らせず、じっくりとその様を長め、愉しむのだから。
このような単調な煽りをしたのは、少年を計るためである。この状況下において、どれほど冷静か。どこまで頭が回っているか。視野は狭くなっていないか。これにも気づけないようなら、彼女は船長から頼まれていたある頼みごとも受けないつもりだった。そのための見極めだったのだ。
少年はそのことに気づけるのか。どちらに転んでもおもしろい。十分におもしろい奴であると全てを分かった上で彼女は少年で遊んでいるのだ。
ぐつぐつと煮詰まった鍋のようになっている少年は、すっかり血で滲んでしまった口を開いた。
予告していた通り、なんとか四話分投稿することができました。明日からはまた、一日一話ペースに戻ります。




