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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第七十二話 益荒女の値踏み 中編

 建物の内部は、高くそびえる天井が広がる。そこは巨大な直方体の内部。部屋というには巨大すぎる。広大な空間とでも言うのが正解だろう。

 それほど大きく、遠くまで広がっている四方を壁に囲まれているということを実感しにくい奇妙な場所だった。


 光源は見当たらないが、周囲は眩しすぎず、暗すぎない。適度な明るさが空間を覆っている。空気の流れは特に感じられず、温度は、外とは違って涼しい。しかし、お腹が痛くなるほど冷たくはない。


「ここはエントランスみたいなものです。働いている職員たちが休憩のために休みに来たり、外の研究者と待ち合わせをしたり、モンスターフィッシャー同士が情報交換したり。まあ、そんな感じで使われる場所ですね。」


 少年たちはその部屋から入ってすぐの場所にいた。


「この部屋は、見ての通り、長方形です。私たちは、その長い辺の中点に居るわけです。」


 座るのに手ごろな、円柱状の黒光りする石が数個単位でまとまってあるのが、部屋の様々な場所に散らばって配置されているだけで、他には何の調度品も見当たらない。


「あ、部屋全体よりも、それに目がいくんですね。とろこどころにあるあれらの黒いのは、椅子です。あっちの方見てみてください。白衣来た人と、普通の服装の人が話しこんでいますね。ああいう感じで使うんですよ。」


 小鬼が指指す方向を少年は見る。すると、白衣を着た人と、この東京ではよく見る、白シャツに青デニムの人がなにやら議論に熱中している。かなり遠くて、彼らの顔は全く識別できない。性別も、服装のせいか、判別できない。


 さらに、視点を遠くに合わせて部屋を見渡す。部屋の広さのわりにかなり少ない数の人が、その石の上に座ってところどころで何やら会話している。部屋が広いため、声は散って、特に何を言っているか聞き取れるわけでもなかった。


「どうです? 広いでしょう。開放的でしょう。人も建物も密集した東京フロートではこのような場所はほとんどありませんからね。」


「はぁ、そうやなあ。こりゃ、騒がしくなくて、でも全く音もしないというわけでもないし、心落ち着くなあ。」


(そんな自慢げに言うことなんかなあ、それ……。)


 少年は本音を抑えて、小鬼門番に同意した。


 この時代の東京も、水位上昇前と同じように、日本最大の人口密集地であり、首都である。そのため、一つ一つの建物は小さく、その中には人が溢れているのが当たり前なのだ。


 とはいっても、東京以外ではこのような広く、適度に人の少ない場所は山のようにたくさんある。少年のように外から来たものにとって、人が少ない広大な空間なんてものは特に感動する価値はない。






「さて、着きましたよ。」


 小鬼門番に案内され、横に長い直方体の大広間を縦にまっすぐ進んだ少年の目の前にあったのは、壁だった。


「え?」


 思わず、戸惑いが声に出る。


「その反応が見たかったんです、はは。」


 小鬼は小生意気に笑う。まるでゴブリンのように。悪戯に成功した不細工な子供のように。


「長は、面倒くさがりなんです。ここには様々な場所から長に会おうと結構な数の人がやって来ますからね。それも、アポも取らずに飛び込みで。で、そういう人ほど、やっかいな仕事持ってきたり、面倒な人だったりするんです。」


「で?」


 少年の声からは怒りが漏れていた。まだ顔は笑顔の仮面をつけていたが。小鬼門番はそれに気づく。まかりなりにも、優秀なのだ、彼は。少年の声の怒りだけではなく、姿勢が少し前のめりになったことにも気づいていた。


「そんなに怒らないでください。来客に驚いてもらわなくては、案内した感じがしないんですよ。ささやかな私の楽しみですので。」


 小鬼門番は自身の発言が少年を苛立たせていることに全く気づいていない。一切の悪気がない。そこがまた悪質なのだ。少年はそれを感じ取っているため、いまひとつ怒る気になれないでいた。いらいらはしていたが。


「ここには扉があるんです。見えます?」


「はあ?」


 少年、これには怒りを抑える気が失せる。片足で思いっきり踏み込み、小鬼を声で威嚇する。


 小鬼は当然それを受け流し、

「仕掛け扉ですよ。いや、この言い方ではふさわしくないかもしれませんね。うーん、こう言いましょう。壁なんてないんですよ。」

と、気取りながら壁に向かって真っ直ぐ歩いていった。


 だが、ぶつかることはなかった。すり抜けたのだ。彼の姿は壁の向こう側へと消え去った。






 あっけにとられた少年もすぐ後を追う。そこに広がっていたのは、一本の通路だった。幅は2メートルくらい。終わりが見えない通路が続いている。天井は相変わらず高い。


 先ほどの部屋とは違って、だいぶ暗い。左右の壁から少し白い光が出ている程度である。天井は白いだけで光は出してないように見えた。


「ここを進んでいくと、庭園へ着きます。その奥にあるいおりに長はいます。」


 二人は真っ直ぐそこを進んでいく。この通路にも仕掛けがあった。一つだけ。突然小鬼が立ち止まる。


「正面に壁があるんですよ。黒い壁。これのせいでどこまでも通路が続いているように見えるんですよ。まあ、壁とはいっても、少々高さのある障害物ってところですから、大して問題ではないんですがね。ちょっと端に寄ってください。」


 その場から5歩ほどゆっくり下がり、小鬼が跳ぶ。地面から垂直に。一切の助走なく。3メートル以上は跳んでいる。そして、手を伸ばし、その黒い障害物の上に乗る。


「という仕掛けになっているんですよ。正面の壁は実は、天井まで続いていません。飛び越えましょうっていうね。まあ、ただ跳ぶだけでは飛び越えられない高さですが。」


 少年の顔には青筋がくっきり浮かび上がっており、顔色も血が昇りきって、真っ赤になっている。少年は無言で後ろ向きに4歩下がり、一思いに飛び上がった。






「いやあ、びっくりしましたよ。思いっきり地面を蹴り抜くまで分かりはしないジャンプ台を、後ろ歩きで見向きもせず、一発で的確に踏み切り、そんなにきれいに飛び上がって、失敗せずに着地するなんて。」


 実は、跳ぶ高さが高すぎても駄目なのである。ジャンプ台を使わなくては届かない距離に見えない天井があるのだ。跳ぶ高さを加減しないと、天井にぶつかって、気絶まっしぐらなのだ。

 そして、うまく跳ぼうとも、着地がまた難しい。足が地面にめりこむ様子は一切見えず、体が跳ね上げられるという、独特の感覚をジャンプ台は与えるのだ。

 高さを調整して跳べたとしても、今度は壁に激突していったり、体制を崩していて、壁の上に無様に着地したりすることになるのである。


 だからこそ、一発でそれをきれに成功させた者はこれまで一人しかいなかった。少年が長らく出ていなかった二人目となる。


「こんな光景見られるとは。あなたを案内できて、私、幸せです。」


 その笑顔を見た少年は毒気を抜かれてしまい、相手にする気が失せてしまった。握った拳から力を抜き、肩の力も抜いた。


 壁の上側は、また、通路になっていた。天井だけ白く、左右の壁と足元は黒い。出口はしっかりと見える。光が漏れてきている。


 二人は通路を通り抜け、外へ出た。

あと三話分、今日は投稿します。

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