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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第六十九話 それは恋なのか?

「なんで二人は結婚するんかなあ?」


 少年の本心からの疑問。本当は口に出すつもりはなかった疑問。なぜなら、もしもリールが望んでその男と結婚するということを今聞かされたら、どうなるのか。当然少年は諦めるしかない。何も聞くことができないまま、一生会うことは叶わないだろう。


 この質問、不味い。そう少年は錯覚する。額から汗が流れる。急激に体温が上がる。自身の犯した大きな失態。どう言いつくろえばいいのかと。


 権力ある二つの家の婚姻。その地域には、その結婚における華やかな理由、美談が流布されるものである。普通、そんなことは地元の者や関係者であれば知っている。


 一見、その二つの家の関係者でないものが、最近きなくさくなってきている婚姻の地で何やら嗅ぎまわっていると知れたらどうなる?


 地元に住まない、丁度今日ここに来て、関係者でないと語る者が詮索をする。それが可笑しいことを少年は大いに自覚している。


 意識しすぎて、別段その地の誰もが知っている情報を聞くことすら、過剰な詮索と判断され、ひいては不審者ではないかという疑念の種へなるかもしれないと感じていたのだ。


「あっ! ほほ~。君、そういうことに興味ある年頃だものねえ。何か恋愛事で悩んでいるのかい。もしよかったら僕が相談に乗るよ~!」


(ふぅ。この人が馬鹿でよかった。普通こういう返しは出てこないやろう。よっぽどお調子者なんやなあ……。だけど、なら、手はある。)


「ははっ。ばれちゃったかぁ~。俺今好きな人おってな、告白とかぼちぼちしようかなって思ってるんやけどさ。でも、俺釣りばっかでさ。どうやって告白すればええかわからへんねんよ。」


 少年は少し顔を赤らめて、男から視線を逸らす。上に逸らす。何か空想しているように演技する。


(こんな感じでええんかなあ?)


「それで、それで?」


 節穴である男にはその演技はとても見抜けない。全く気づいている様子はない。これでは調子者ではなく、もはやただのピエロである。


 ここまで順調だったが、ピエロが勝手に自分の好きな方向へと話を持っていこうとするため、少年は一芝居打つことにした。


「結婚っていうのはさぁ、究極の恋愛の形やと思うねんよ。だからさ、結婚の理由ってやつを知ることができれば、それは告白に大いに生かせるんちゃうんかなって思ってさ。」


 まさに芝居である。少年にはまだ恋というものが分からない。本の知識やこれまで関わってきた人たちの話を統合すると、リールを追いかけるのは恋ゆえであるといえるのである。だが、少年には実感が湧かない。恋の定義。それは言葉では表現できないらしい。それが恋だと、感じるもの。それが恋なのだろう。


 まだ、恋の感覚が分からない少年が恋を語る。それを相手と共有する告白を語る。それは演技以外の何者でもないのだ。少年は思う。ピエロなんは俺のほうか、と。






「それなら僕の恋愛遍歴でも聞く?」


 とってもうれしそうな門番。帰ってきた返答はあさっての方向を向いていた。


(あかん、これはあかん。もしこいつに好き勝手今喋らせたら、間違いなくこれ以上情報何も得られへんでぇ……。)


「遠慮しとくわ。だって、門番さんの家、全然女の人の痕跡ないし。門番さんたぶん彼女おらへんの違うかなって思うんやけど。下手すれば、女の人との付き合い、なかったり……する?」


「僕だってさすがに怒るよ!」


 門番の部屋は散らかっている。家に呼び込むような関係の女でも居れば、勝手に部屋をきれいにしてくれる。リールと一緒の部屋で暮らしていた少年にはそれが分かった。

 それに、門番があまりに場の状況を読まずに好き勝手に喋るので、女の人の機嫌を取れないのではないかと確信したのだ。だとすれば、当然、彼女は居ないのは確定する。少年がこれまで聞いた彼女持ちもしくは彼女がいた人の話では、例外なく、彼女の機嫌を取る話が出てきていたからだ。


だが、門番は自身に女の影がないことをかなり気にしているようであった。ちょっと言い過ぎたなあと少年は反省する。


「はは、ごめんごめん。」


(よし、乗り切ったでぇ!)






「なんで二人が結婚するんか聞かせてやぁ。どうせそれっぽい噂話あるんやろ。なぁ。」


 一度口にしてしまったので、聞かないわけにはいかない。少年はしつこく食い下がっていた。


「君、ずいぶん食いつくね。結婚式の会場に紛れ込みたいとか言うし、令嬢のこと根掘り葉掘り聞くし。」


 門番は少年を訝しむ。


「いやあ、だって気になるやんかぁ。あはははは!」


(あかん、墓穴掘ったか。この門番さん、一応、内部の事情一握りやけど知れる立ち位置におるんや。そっから俺のことがばれたらやばい。警戒されるんはまずいんや。身動きが……、取れんくなる……。)


 顔には焦りを出さない少年であったが、握り締めた両手は汗でびっしょりだった。


「まあ、誰でも知ってることだしね。いいよ、教えるよ。」


「おっしゃぁぁぁ!」


 少年は雄たけびを上げ、ガッツポーズをする。だが、その喜びは焦りへと変えられることになる。


「でもさ、君気をつけてね。」


「何が?」


「君は何か腹に一物抱え込んでいるのかい? そんな色々嗅ぎまわってたら、そのうち不審者に間違われて捕まっちゃうよ。」


 その表情は、間抜けなピエロのものではない。少年に釘を刺してきたのだ。とうとう、門番は、少年に何だかの思惑があることを感じ取ったのだ。


(あかんかあ。これが聞ける最後の情報になるな。くそぉ……。)


「いややなあ。俺、ただお使いでここ来ただけやで。俺、釣人旅団っていうのに所属しててさ、船長に、先に東京フロート行って長期滞在の準備しとけって言われてんねんよ。」


 気が動転し、こちらの素性を一つばらしてしまった。少年が船長から授けられた表の任務がそれであった。多少怪しまれても行動できるように保健として与えられた仕事だった。


 だが、船長と、リールの実家には関係があるのだ。できれば切りたくなかった手札ではあるのだ。


 少年は、リールの結婚の理由を、相手がリールと結婚する理由を聞かされたが、それはたいそうありきたりなものであった。


 結局、少年が望んでいた結婚における裏事象の類は知ることができなかった。そして、話が終わり、二人は眠りに就いた。

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