第六話 独りの冒険
「あれ、俺生きてるんか?」
つい最近もその台詞喋ったなと思いつつ、目を覚ました少年は辺りを見回した。
現在地、船内、甲板昇降口。
少年は、自身のいる場所から、他の乗組員は死んでいるか、まだ気絶しているかだと判断した。覚悟を決めて周囲の探索に取り掛かる。湧いた唾を飲み込んで。
見たところ、船に損傷はない。通路に並べてあった物品が散らばりはしているが。
近くの部屋を全て覗いた。しかし、誰もいない。死体も転がっておらす、死の痕跡もない。浸水しているわけでもないので、死者は少なくともこの辺りにはいない。
少年は、これ以上の探索はおそらく意味をなさないだろうと感じた。少年には医療知識はなく、怪我人を見つけても助けることは難しい。また、誰の声も聞こえないからだ。不安に押しつぶされそうになりつつも、少年は探索を続けるのだった。
少年は、まだ船内のことがまだほとんど頭に入っていない。ここで一旦、船外へ出てみることにした。
『町?』
少年は自身の目を疑う。典型的な港町。直線的な建物が整然と並んだ人工的だが綺麗な街並み。前時代的な、都会的な通り。町の人々の喧騒が聞こえる。賑わっている。人々が笑顔。その日暮らしの必死さは感じられない。
ありえない、存在するはずがない、幻の町。
目の前の不自然な風景。ここはあのモンスターフィッシュの腹の中のはずなのだから。首をかしげつつ考える。
少年は、自分は実は死んでしまったのではないかと再び思い始めた。死後だとしたらこの風景も納得できる。それほど受け入れがたい目の前の光景。
『波がない。海やろ、ここは?』
上を見上げれば太陽。周りは青い空と海。雲一つない晴天。しかし、全く波が立っていない。
そして、何よりもこの船がそこにきれいに停泊できていること。全く揺れを感じられない。つまり、ここは風もなく波もない水上であるということである。なので、船は自由に動けず、このようにきっちりと丁寧に停めることは不可能なのだ。もし船員が動かしたのならば、きっと少年が気を失っていた甲板昇降口を必ず通ることになるのだから。
錨も下ろされておらず、船を停めておくためのロープも使用されている形跡はない。船から下りるためのロープも同様だ。ということは、船の乗組員たちは船から下りている可能性はない。まだ船内にいるか、海の藻屑となったかどちらかだ。
身を乗り出して見てみると、船の前方部分が、何か得体の知れないものにめりこんでいた。少年はびっくりして手を引っ込める。そして、手を伸ばしてみるとそれに触れることができた。
透明。厚みのある板。触れてみると柔らかい。しかし、直立している。やわらかい、厚みがあって縦長の巨大な板。それが二枚。ハの字型にそびえ立っている。
こういうわけの分からないものはモンスターフィッシュ関連である。だからあまり深く考えてはいけないのだ。溜め息を吐き、少年は一旦それを頭の隅に置いた。
『状況が全くわからんで。奇妙としか言いようがないやんけ。俺以外どうなってるかすら分からんし。やっぱりみんなの安否を確認すべきか。でも、さっき調べたとき、いくつかの部屋はカギ掛かってたしなあ……。全部は調べられへん、どうするか。』
少年は座り込む。そして、先ほどの謎の壁のことを考える。船を押さえながらそびえ立つわけのわからない壁。たぶんモンスターフィッシュ由来の品。モンスターフィッシュ、それからつくられた、品。
『……ああ、そうか。』
はっ、と、目を見開き、思い立った少年は動き出した。少年は船の内部に戻る。目的地は船長室。そこに行けばあれがあると踏んで。
少年はあまり考えずに進む。どうせ道は分からないのだから。運がよければ誰かいるかも知れないのだから。
しばらくして、たどり着けた。ここが船長室である。途中、少年は誰も見なかったが、死体も見なかった。
『ここに入れば事態は解決できるやろう。』
唾を飲み込む。扉を開ける。
「……」
誰もいない。目的のものは机の上にあった。机の上には貝殻が置いてある。それがあっさり見つかったことに少年は安堵する。
『たぶんこれやな。使い方……。まずい、まずい、まずい、俺これ使い方知らんわ。まあ、色々試すしかないか。』
動揺しながらもとりあえず試すことにする。
一回目。口に当てて声を出してみる。特に大きさに変りはない自分の声だった。となると、何か条件があり、それを見落としているはずである。
『条件…。こいつは貝。それを使って作られているよな。海にいるもの。となると、あの鉢と同じ感じか?』
二回目、探して見たら少年が思ったとおり、近くに海水の入った樽を発見した。運よく壊れておらず中身も無事だった。
海水に漬けてみる。出す。海水を払う。口に当てて声を出してみる。先ほどよりは少し大きい。
『だけど、あのとき聞いたときよりもだいぶ小さいやんけ。』
その場に座り込み、必死に考える少年。
『恐らく近い。だけど、何か足りないか余分やで。無駄な動作をしているか何か足りない。となると……。』
揺れる樽の水面を見て、ついに気づく。なぜ樽に海水がわざわざ満杯まで入っていたか。これがヒントだった。
三回目、
「誰か生きてますかああ~、生きていたら返事をしてくださいいいい!」
辺りに大きく響き、反響する自身の声。
海面に浮かべたままのウェイブスピーカーに顔を近づけて声を出したのだ。
返事はない。
少年は諦めて歩き出す。肩を落して、考えを巡らす。
『誰もおらん。俺以外全員船から放り出されたんか? それにしては荷物が荒れてなさ過ぎる。揺れが一時的か、弱かった証拠やろ。』
カギの掛かった部屋は船長室にあった合鍵を拝借して全部調べた。おかげで少年は船の内部構造を把握できたが、望んでいた収穫はなかった。…死体がなかったことだけが少年にとって幸いだった。
甲板に出る。誰もいない。死体も見当たらない。いよいよもって、何も分からない少年。振り出し。
それでも諦めたくないので、顔を上げて前を向こうとする少年。
目に入ったのは町。
『そうだ、町にいけば人がいるやん。自分一人で何とかできないことでも、誰かいれば何とかなるかもしれんやんか!」
少年は、目から流れていた涙と鼻水を払い、海へと飛び込んだ。向かう、町へと。
『見たところ波はほぼない、泳ぎきれるやろな。何か危ないものがいたときは、…その時や。』
少年は真っ直ぐ前を見据えて、目の前の町へ、岸へとただ泳ぐ。