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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 最終章 東京フロート
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第六十七話 リールを追って 中編

「えっ?」


 少年は首を傾げる。そんなこと船長から一言も聞いていなかったからだ。


「通行書がないと上陸できないよ。最近色々物騒なことになってるからね。」


「何があったんですか!」


 少年は一気に顔を引き締め真剣な眼差しで門番を見つめる。もしかして、リールに何かあったという可能性も低いながらあるのだから。


「知らないの? 割と大々的に告知されててこの辺の人ならみんな知ってる話だよ。この東京フロートの貴族のお嬢さんが近々家を継ぐんだよ。そのお披露目の準備中なんだけどさ、結構な数の不審人物が紛れ込んできてるみたいで、いっつもはゆるゆるな警備が厳重になってしまっててね。上陸するには各自治体発行の通行書もしくは特別な資格の提示が必要になってるんだよ。」


「そこをなんとか……。」


「規則だからねえ。」


「うう……。」


 少年は舟に乗ったまま考え込む。夕焼けが今にも沈みそうである。上陸できないとなると、このまま夜を舟の上で過ごさないとならない。このまま待っても入れてもらえそうになく、引き返すほかない。


「くっそぉぉぉ、ここまで、ここまで来て……。」


「落ち着きなよ。そんな必死な顔されて涙流されてもさあ……。こちらも意地悪で通せんぼしている訳ではないんだから。……何か持ってない?君の身分を証明できるものを。なんかあれば、仮って形でも上陸許可出せるんだけど。」


 門番は気を利かせて少年に尋ねた。普段ならそういうことはしないが、この少年はしっかりしてるしいい子みたいだからできる範囲でサービスしてあげることにしたのだ。


「そんなこと言われても……。自分を証明できるもんかぁ……。俺モンスターフィッシャーなんですが、それでなんとかならないですか? たぶんこっちの釣り人協会にも連絡行ってると思うんですが。」


 少年にとっての唯一の肩書き、モンスターフィッシャーであるということを提示してみた。これでなんとなかるはず、なんとななってくれと、心の中で祈りながら。


「モンスターフィッシャーっていうだけでは上陸できないね……。モンスターフィッシャーっていうことはほぼ身元保証なんてないってことだしね。」


 少年はがくんと肩を落とし、下を向いて、唇を噛み締めた。悔しいのだ。ここまで来て何もできないということに。


だが、幸いなことに、門番の話は続いていた。


「せめて協会からの級認定、最低のものでもいいから持ってない?それでもあればなんとかなるんだけれど、……でも君まだ子供だよね、ごめん……。」


 通常のモンスターフィッシャーならここでお手上げである。最低の級認定ですら、大の大人のモンスターフィッシャーであっても全体の1%も保持していないのだから。しかし、少年は違った。


「はははははっ、おっしゃああああああ!!!」


「ちょっと、急に大声上げないでよ。どうしたの? もしかして持ってるの? 君すごいねえ。」


 門番は素直に関心する。この歳でそんなものを持っているとしたら、この少年は紛うことなき天才なのだから。事実はその予想を遥かに超えてくることになるのだが。


 少年はフロート上の門番にそれを提示する。モンスターフィッシャー証明世界級。


「え、……ええええええええ!!! し、失礼しましたっ! ごめんなさい、ごめんなさい! っ上陸してください、どうぞっ。」


「え、ええん?」


 門番の豹変振りに少年は戸惑い、敬語が外れる。そして、舟から降りて上陸し、舟をロープでしっかりフロートに固定した。


「も、も、申し訳ありませんでしたああああっ! どうか、どうか、お許しくださいっ!」


 先ほどの気さくな門番がおびえにおびえ、少年の足にすがり付いてひたすら頭を下げる。なぜか許してくれと懇願している。


(え、この人俺に悪いことしたわけちゃうよなあ? え、なんで?)


「大丈夫やから、門番さん、落ち着いて! なっ!」


 少年はもう敬語なんて頭からすっかり剥がれ落ちていた。必死に門番を宥める。


 そして、

「なあ、門番さん? なんでそんな急におびえ出したん? もしかして、これのせい? これもしかして見せたらあかん類のやつやったんか?」


 あまりに門番が自分にびびっているため、少年は自分が悪いことしたのかとちょっと余裕がなくなっていた。こわばって青褪めた顔になった門番からは返事がない。気絶していたのだ。


(このままこの門番さん置いていくわけにはいかへんなあ……。ちょっと待って、それでも起きへんかったら置き手紙でも残して行くか。)







 少年は船着場の壁にもたれて少しばかり門番の意識が戻るのを待っていた。日が落ちきるまで。それまでは待つと決めていた。日が落ちきり、少年が立ち去ろうとしたところ、門番のうめき声が聞こえた。


「ううっ、ごめんなさい……。」


「お、門番さん、目ぇ覚ましたかあ。大丈夫?」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、―――」


「門番さん、ええ加減にしてくれ。俺なんもせえへんって! 許すって、全部許すって! だから足に縋りつくのやめてくれって……。」


 それから必死に少年は門番を説得し、なんとか落ち着いてもらうことに成功した。せめてものお詫びにと、今日の宿を提供するという門番の提案を受け入れることを条件として。


(なんか悪いし、断りたいとこやけど、……無理やんなあ。)


 そして二人は階段を登る。そこに広がっていたのは住宅地だった。少年は目を見張った。前時代的な人工的で無機質な、本の中でしか見たことのない、都市型の住宅街が広がっていたのだから。


 これは現代の日本の住宅に匹敵する。

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