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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第一部 第四章 船長の覚悟と新たなる目標
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第六十三話 かき集めろ、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ! 学校編 後編

 実験資料用水槽前。そこには、白衣を羽織った研究者の集団と、水槽を背にそれによって囲まれた少年たちがいた。そのたくさんの瞳はどれも光輝いていた。これから起こる出来事に期待して。


「学園長がああ言うんだから、またとんでもない発見でもあったのでしょうか?」

「いやいや、案外この前みたいに何てもないことこかもよ。」

「学園長がどうでもいいことで私たちを集めるわけがないでしょう。」

「学園外の対発見の発表かも知れませんね。」

「どうでもいいから早く発表終わらせて研究に戻らせてくれ。」


 口調とは違って、彼らの目は期待に溢れていた。


「では、発表する。今回の発見は、モンスターフィッシュ、ウイングエラガントフィッシュのターボ器官の利用法についてだ。」


 研究者たちは一気に騒めき始めた。


「え、嘘だろう?」

「あのゲテモノ魚のか? 活かすところ0とか言われてる……。」

「ただ危ないだけで実入りなしとか言われているあの……。」


「ターボ器官の活用ということは、もしかして、前時代のジェット器官の再現でしょうか? だとしたらこれ、ここ十年でも最大級の発見になりますよ!」

「いや、そこまで突っ込んだ成果、そうそう出るわけがないじゃないですか。」


 唐突に始まった議論は静まる気配を見せない。


「静粛に! 続きが話せないだろう!」


 学園長の大声も効果は薄いようで、場の騒がしさは全く静まらない。そこで、彼らに別ベクトルの大きな衝撃を与えることにした。


「今回の成果の提供者は、私ではない。一昔前、世間を騒がせたあの男だ。ドクターライムソーダ。突如行方をくらましたあの天才だよ。」


 議論は止み、彼らは学園長の方を向く。


「え、失踪したんじゃなかったのか?」

「世界中で大規模な捜索が行われたにも関わらず見つからなかった彼がですか?」


 狙いが上手く嵌まり、にんまりとする学園長。


 これまた彼らの興味を惹く話題である。すると、更なる衝撃が彼らを襲うことになった。それは雷に打たれたような衝撃。


「はーい、皆さん。この不自由な時代にせっせとみみっちく研究を続けている皆様。久しぶりかもしれませんが、ここはあえてこういいましょう。始めまして。諸君ら凡人とは違う天才、ドクターライムソーダです。あ、この機械も私の発明ですよ。双方向リアルタイム通信デバイス。それを通じてある場所から私はあなた方と通信しています。」


 少年には聞き覚えのある、あの男の声。相変わらずの煽り節だった。呆れが口から漏れる。


 だが、研究者たちはそのどうしようもない罵りから励起された感情は喜びだった。怒りではなく。言葉にならない思いを歓声としてその場に放出する。その大歓声にドクターもさすがに少々笑顔が引き攣る。


「どうやら貴方たち、本物の研究者みたいですね。ただの地位とか名誉とかお金狙いじゃあない。先ほどは無礼な言葉を投げてしまい申し訳ない。ここからは敬意を持ってお話させていただきます。」


 研究者同士に伝わるシンパシーのようなものでもあるのだろうかと、少年は首を傾げ、心の中で呟いた。 


「ウイングエラガントエメラルドフィッシュ。世間一般に知られている活用方法としては、その角くらいですよね。根元からえぐり出しての刃物としての利用。しかも、その角は抉り出すとショックでその個体は死んでしまいます。しかも、その角は硬すぎて磨げるものがないため、加工できず、刃物としても、切れ味が落ちるまでの使いきりですからね。そりゃ、敬遠しますよね。」


 ドクターライムソーダの口にエンジンが掛かったようで、どんどん一方的に話し出している。


「ところがです。この魚、ジェット器官ついてるじゃないですか。それをある手法を用いることによって、神経部分込みできれいに取り外すことができるようになっているんですよ。しかも、数ヶ月ほどで再生するんですよね。まあ、きれいに外せなかったら再生しませんが。」


 研究者たちは熱心に聞き入っている。


「その方法というのはですね、妊娠させることです。この魚は卵を体外につけて育てるんです。ですから、♂♀のペアにして産卵まで持っていけば、1体の♀から自然とターボ器官2つが手に入るんです。最も、この魚は常に発情期ですが、非常に好みにうるさいため、大量の♂♀が必要になります。」


「ドクター、質問いいでしょうか?」


 研究者たちの中の一人が尋ねる。


「ええ、どうぞ。」


「ペア成立の確率は如何ほどでしょうか。」


「無調整の個体だとおよそ10%ってところでしょうね。一万体ほどのデータなので、少々信頼性は妖しいですが。一方私が調整した個体だと100%です。」


「なるほど、ありが――」


「はい、次はそこの人。」


 なんと、質問者がお礼を言い終わるのを待たずに、次の質問者を指名するドクターライムソーダ。ところが、少年以外その場の誰もがそのことに驚いたり呆れたりしていないのである。これにはさしもの少年も全くその心境を理解できなかった。


「ありがとうございます。個体の年齢は関係しますか? また、お互いを気に入らない場合どうなりますか?」


「殺し合いが始まりますよ。それも壮絶な。角での斬り付け合いになりますね。」


 暫くこういったやりとりが続き、研究者たち一同が満足したところで話は次の段階へ進む。


「以上で私の話は終わります。あ、もしもっと話聞きたかったら、私を探しにきてくださいね。もしも万が一に、私を見つけることができたら、この映像機器や、その他の発明についても貴方が満足するだけ語ったあげましょう。できるものならね、では!」


 そうして映像は切れた。研究者たちは微笑を浮かべたり、少し笑い声を上げていた。ドクターライムソーダが少年に目配せする。少年はそれに反応し、気持ちを切り替えた。切り替えたというよりも、抑えこんでいた気持ちを開放したと言った方が正しい。


 少年は息を大きく吸い、

「ということですので、皆さん、どうかウイングエラガントユニコーンフィッシュ、ここにいるの全部貸し出していただけないでしょうか。お願いします!」


 その場の全員の声を掻き消すほどの大声。そして少年は真剣な面持ちで頭を下げる。


「君、代価は確かに払ってもらったよ。だから、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ。全部貸し出すのはやぶさかではないよ。」


 研究者の一人がそう言いだした。そして他の研究者も口を開き始める。


「そうだね。渡すのはいいよ。でも、君、一番肝心なこと語ってないでしょ。」

「坊や。お願いごとするんだったら、その理由は言わないとだめでしょ。」


 これは研究者たちの悪巫山戯(ふざけ)だった。彼らは少年の取引を全面的に受け入れるつもりになっていたのだ。想像を絶する対価を用意してくれたのだから。だから、彼らができることなら何でもやるつもりだった。


 ただ、この少年なら、つつけばまだ何か出てくるのではないかと、つついてみただけのことだったのだ。


 しかし、少年はそれにすら気づけないほど焦っていた。一見焦りなど微塵もないように見せかけているが、それには成功していた。しかし、動揺が大きすぎて、様々な手順が抜け落ちていたのだ。お願いするなら理由を述べる。そんな基本的なことが抜け落ちてしまうほどに。そして、そのしょうもないところを突かれてしまったのだ。


 焦ってもどうにもならないと分かっていた少年ではあるが、それでも焦りとそれによる動揺を封じ込めに大きく力を裂き、頭を十全に使うことはできていないのだった。


 自身の頭が回っていなかったことに気づいた少年は額に掴むように手を当てる。目を瞑り、反省する。ほんの僅かだが落ち着くことができた。

 小細工はもうできない。正直に言おう、ぶつけようと、決心した。


「申し訳ありません。今回こういったことを頼むのはですね、大事な人を迎えにいきたいからです。その人は私の前から突然姿を消しました。何も言わずに。その人は悩んでいるようでした。しかし、私は隣に居ながらそのことに気づけなかったんです。」


 感情が言葉に乗る。それは度を越し始めてしまう。


「だから、会って、話さないと、言わないと、いけ、ないんです。なぜ、突然、姿を消したのか、って。なんで、なんで、なんで、言って、言って、くれ、なかったんだ、って、リールお姉ちゃぁぁぁぁんっ……。」


 途切れ途切れになりつつも何とか口を動かし、少年の口から最後にその相手の名前がぽろりと出る。そして、押さえ込んでいた悲しみがこみ上げてきた。


 不安と悲しみに押し潰されつつも、まだ最後の一言が言えていないため、必死に口を開く。



 必死に、ただ必死に。

「ど、どうか、よろしく、お願い、し、します。」

咽る喉から声を絞り出した。


 言わなくてはならないのだから。お願いするしか、自分に今できることはないのだから。願いがとどかなければここで諦めるしかなくなるのだから。時間がない。


 声に出したら少し昂ぶった気持ちが落ち着き、普通に喋れる程度まで回復した。少年のその様子を見て、研究者たちは少年に疑問をぶつけていく。


「姉を追うっていうのかい? 君は?」


「いえ、違います。姉じゃあないんです。ただ俺がそう呼んでるだけで。」


「付き合いは長いの?」


「まだ……一ヶ月ほどです。」


「悪いけど、君、その人ってわざわざそこまでして会いにいかないといけない人なの? 私からしたらそんなに――」


 それには堪らず、

「絶対に会って話さないといけないんです。お願い、ずっといっしょにいてって!!!」

と少年は強引に主張した。


 少年の心の底からの声。根源はそこにあった。付き合うとか、パートナーとかそういうものじゃあない。そんな気持ちは少年にはまだ分からない。ただ、一緒にいてほしい、ずっと。そう少年が思った、家族以外の初めての女性。それが彼女だったのだ。


「ほ~、ボウズ、その女が好きなのかい?」


「わからない……。」


 少年は下を向き、少し考え込んだ後、顔を上げ、自身の考えを述べる。


「ただ、ただね、いっしょにいたいんだよ。家族以外でそう思ったのは初めてだったんだよ。信じられるのは家族だけ。僕の世界ではずっとそうだったから。」


 少年は両膝をつき、両手をついた。


「皆さん。お願いします。どうかウイングエラガントユニコーンフィッシュ貸していただけないでしょうか。この映像機器もお譲りしますから……。


ドン


「どうか。」


ドン


「どうか。」



 少年は力強くその場で土下座し、地面に頭を打ち付けた。それが続き、その辺りから赤い染みが広がっていく。少年の額はぱっくり割れて血だらけになっていた。


 周りの研究者たちも少年の執念に圧され、返事をできずにいる。学園長も同様である。


がっ、ごりっ!


「もう止めんかぁ!」


 組合長が少年を掬い上げ、その顎に一発入れてそう叫んだ。少年はそのまま意識を失った。

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