第六十二話 かき集めろ、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ! 学校編 前編
少年たちは学園へ。まずはルーとポーの下を訪れ、二人を引き入れる。そして、向かうのは学園町室。そこで学園町に頼み、講師兼研究者たちを集め、この学園のウイングエラガントフィッシュを譲ってもらうためだ。
代価は情報。ウイングエラガントユニコーンフィッシュの利用法である。同じ研究者であるドクターライムストーンに説明させることで納得感を与え、ルーそれを大げさに支持してもらい、ウイングエラガントユニコーンフィッシュを譲ってもらうのだ、できるだけ多く。
学園東校舎屋上。そこに校長室はあった。一度屋上に出て、ちょうど出てきた方向を振り返ると、その先に入ってきた扉とは別の扉があり、その扉の上の壁には、"学園長室"と黒の絵の具で殴り書きされていた。少年がそこをノックする。
トントン
……
トントントン!
……
「もしかしておらへんのかなあ?」
少年は思わずぼそっと声に出す。溜め息を吐き、肩を落とす。
「いえ、学園長は居ますよ、間違いなくここに。いつもここに居るようですから。」
ルーはやれやれと肩を降ろす。
「はは、あいつ、相変わらず呼んでも出て来ないのう。もう扉破ってしまわんか!?」
にやりと意地悪な笑みを浮かべた組合長が、肩に、手に、力を込め、体当たりの準備をしたところで、その扉の先からどたばた音が聞こえてきた。
「待てやあああ! すぐ開くから! 待ってぇぇぇっ!」
ハスキーで、ドスの効いた声。ドタンと、激しい音を立てて扉が開く。そこには、肩で、口で、激しく息をし、扉の取っ手に体重を任せ、垂らした頭を上げた女性がいた。年配の女性である。
髪の毛はすっかり白く、上げた顔は白かった。小さな瓜型の整った顔をしている。堀が深く鼻が高い。歳相応の皺はあったが、染みや傷、吹き出物の一切ない綺麗な白い肌をした女性。
その麗しさとはあいまった、眉間に深い皺と、細く鋭利に見える細い眉毛。二重瞼であるが充血したどろんとした大きな漆黒の瞳。非常に目力が強い。睫毛は全くないにも関わらずである。きっと目の周りの深い隈もそれを助長しているのであろう。
質素な部屋だった。学園長室というよりは、そこは小屋だった。六畳一間ほどのサイズ。教室と大差ない、光沢のない灰色のタイルの床。年季を刻んだ木製の執務机。それと壁面の歴代学園長の肖像画と椅子。それだけだった。あまりに殺風景であった。
「ここでは来客をもてなす風習はないのさ。私はこれまでの学園長と同じようにここを訪れた者を歓迎しない。用件を事務的に聞くのみさ。さて、用件は何だい?」
上品ではない。しかし、風格のある喋り方。その部屋の中で唯一人椅子に座っている老婆は机に手を乗せ、両手の指先を交差させながら少年たちに問う。
その眼は先ほどまでとは違って冷静で、少年にしっかりと焦点を合わせていた。少年は重圧を感じ取り、生唾を飲む。そして、覚悟を決めた少年は切り込んだ。
「お願いがあります。ここに全職員を集めてください。欲しいものがあるのです。大量のウイングエラガントユニコーンフィッシュです。代価は用意しました。代価は全員の前で提示させていただきます。生きたモンスターフィッシュ数十体以上の価値は間違いなくあるといえます。ここにいる組合長や、クーもそれで引き込みましたから。」
少年の言葉を聞き、老婆は狡猾な魔女のように風格のある笑みを浮かべる。自身の重圧を振り払い、なおかつまだ手を隠しつつも、自身の興味を強く引いたからだ。
この時代、大量の生きたモンスターフィッシュ以上の価値のある情報。そんなものはほとんど存在しない。それも、学園に存在しない、つまり、ほぼ誰も知らない情報だというのだから。それはつまり、名家の抱える秘匿技術並みであるということなのだから。
「面白そうじゃないかああ!」
彼女は勢いよく立ち上がり、机の端に取り付けてあるウェイブスピーカーの前で大きく息を吸い込んだ。
「研究者諸君、今すぐ ウイングエラガントユニコーンフィッシュの水槽の前 に集合! どうしても手が離せない奴以外全員っ、今直ぐにだああっ!」
迫力のあるその校内放送の後、彼女は立ち上がり、少年に近づく。そして正面から狂気染みた笑顔で少年の顔を覗きこむ。
「ウイングエラガントフィッシュの譲渡。その交渉の手筈は整えたぞぉぅ。しかぁ~しぃ、決めるのは、私、じゃあない、他の研究者たちさ。果たして彼らから賛同を得られるかなぁっ!」
少年は冷や汗を掻きながらも気持ちが昂ぶってきていた。本来気味悪がって引く場面であろうが、それでも少年の口元はにやりと釣り上がった。
そう、少年は感じ取っていたのだ。この老婆は少年に期待しているのだ。頑固で疑り深い研究者たちをどのように丸め込み、狂乱させるのかと。
 




