第六十話 かき集めろ、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ! 釣人協会編 中編
「まったく! 一本君、君は。びっくり箱じゃああるまいし。毎度とんでもないもの見せてくれるるのう、まったく!」
その強い口調とは裏腹に、支部長のその顔は心からの笑いを浮かべていた。気持ちが浮かれて仕方なかったのだ。目の前の少年がまた、とんでもないものをもたらしてくれたからである。エメラルドエラガントユニコーンフィッシュの世の中に出回っていない素材としての活用法。そして、何よりも、その珍妙な機器。それに心を奪われていたのだ。双方向のリアルタイム通信技術はこの時代では一般的には失伝されていると思われているものなのだから。
ドクターの虚像はそれを見ながら微笑を浮かべている。本人は支部長がその場にいるためできるだけ自身を抑えようとしていたが、抑え込めておらず、そのいかれた調子が言葉から吹き出ていた。
「――というのが、ウイングエラガントユニコーンフィッシュのジェット器官の、前時代のジェット機構の代用としての使用法です。はっ、ははははっ! どうです! あなた方がどれだけ長い年月をかけてもこんな方法は思いつかないでしょう! あ、すみません。気持ちを抑えきれなくて。はは。」
酷い有様だった。提示している技術があまりにすごいので許されているが、無礼千万だったのだ。ドクターには支部長との面識は無いにも関わらず、最初から最後までこのようないらだたせるような口調で話し続けたのだから。
少年はただ唖然とするばかり。相手が偉い人であってもドクターの態度は変わらないということを彼は学んだ。支部長も、別に凄い人物であれば態度は気にしないようだった。確かに、モンスターフィッシャーはいかれた人種であるので、それを常日頃相手にしてきた支部長が、狭量であるはずはないのだろうと、少年はなにやら勝手に納得した。
そうして、話はどうでもいい雑談になり、ドクターに興味津々な支部長は目の前の虚像に様々な質問をぶつけていった。それをドクターは嬉々として答えていく。こうした事態になっているのは、研究用の水槽に入れてあるウイングエラガントユニコーンフィッシュを蜘蛛糸水槽へ入れ替えるのに手間取っているらしいからである。
モンスターフィッシュは、釣り上げることが困難なのは言うまでもないが、釣り上げたモンスターフィッシュを水槽に入れたり、移動させたりするのも非常に困難なのだ、一部を除いて。モンスターフィッシュは危険な生物なのだから。
「どうやら結構時間が掛かっているらしいのう。私たちの方から出向こうか、この際。そうした方が早く済みそうじゃ。」
「分かりました。これ持って移動しても大丈夫ですかね。」
少年は通信機を手に持ち、そう尋ねた。横の虚像もぺこぺこ軽く頭を下げていた。私も行きたいです、見せてくださいよ、釣人協会の水槽。お願いしますよ、と。
協会地下。少年たちがいたのはコンクリートで囲まれた大きな部屋。25mプール程度の大きさである。少年は周囲を見渡す。
その灰色の部屋を、上下左右から常時白色の光が照らす。部屋を覆うコンクリートの箱。その面にはところどころ数メートル間隔で穴が開いており、そこから光が照らされているのだ。光は穴から出た途端に広がり、その周囲を球状に照らす。一つの玉が半径3m程度をよく照らす。その光は壁に当たって反射しており、部屋の中央の空間も照らされるようになっていた。白い光のもやのようなものが漂っているように
部屋のあらゆる場所に、透明な膜状の水槽が配置され、いや、生えていた。それに少年が触れてみると、手に吸い付いてきた。ぱっと手を引き離すが、その手にはねばっとしたものがべとりと付着してしまった。支部長によると、板状の粘膜を壁に張り、そこに海水を注入することでこの球状の水槽たちは作成されているらしい。触れた海生生物を、内側へと引き込み惹き込む力があり、モンスターフィッシュなどを触れさせると、するっとその中に入れてしまい、内側からは決して出れず、破れないそうだ。ただ、何故か砂糖をかけるとその粘膜は力を失い爆散するそうである。
灰色の箱の中。白いもやもやっとした空間、海水を含んだ膜でできた水槽。非常に不思議で気味の悪い空間だった。まるでねばねばな生き物の棲家のよう。
部屋を少年が観察し終わったころ、一つの人影が部屋に入ってきた。部屋の視界は明るいわりに悪かったため、その影の正体は近づいてくるまで分からなかった。
「あら、待たせ過ぎてしまいましたね。」
この前少年が来たときの受付の、墨杖子だった。その手には海水の入った蜘蛛糸水槽が握られていた。
「すみませんね、本当に。蜘蛛糸水槽切らしていたので作っていたんですよ。」
杖子は申し訳なさそうに愛想笑いを浮かべながら低頭平身して詫びた。先ほどまでドクターの人をいらつかせる口調を浴びていた少年にはそれが更に腰が低く見えた。
「こちらこそ申し訳ありませんでしたぁ~っ!」
少年は思わずびしっと気をつけし、深くお辞儀した。これには杖子も慌てる。少年は特に悪いことをしたわけでもない。それどころか、自分が少年たちを待たせてしまったのが悪かったのだから。
「あ、もしよかったら、蜘蛛糸水槽作ってるところ見ます? 知っていると今後役に立つと思いますよ。まだこの蜘蛛糸水槽が強度安定するまで少々時間掛かりますし。」
気まずかったので杖子はそう提案した。当然少年はそれに食いつく。即座に。元気よく。餌に食いつく魚のように。
「お、ええん? お願いします!!!」




