第五十八話 遅れた安否報告
「っ!」
少年はベットから飛び起きた。この島に来たらすべきだったあることを忘れていたことに気づいたからである。少年は荷造りした荷物から、ある道具を取り出した。それは、少年の掌程度の大きさの真っ黒な機械だった。少年たちが腹の中の島を出る際に渡されたもののうちの一つであった。それを持って少年は建物の外へと移動した。
『さて、じゃあやるか!』
その機械を持った少年は、野外でそれを起動させる。すると、腹の中の島のドクターの像が少年の目の前に生成された。その像は、座った姿勢で、何か考え事をしているようであり、机に突っ伏していた。その像に向けて少年は話しかける。
「おーい、ドクター! ドクター!」
まずはこちらの存在に気づいてもらうために呼びかける。それに対して少し反応があった。突っ伏していた像が眠そうな顔を少年に向ける。
「……、ポンさんですか、久しぶりですね。ずいぶん遅かったですね、連絡くれるの。もう忘れ去られているか、通信機無くしたのかなと思ってましたよ。しかし、まあ、こうして連絡いただけてよかったです。」
その虚像は、遥か遠くにいるドクターの身振り手振りや声などを忠実に少しの時間差で表現していた。本来ならここでドクター由来の品の凄さにびっくりするところであったが、今の少年には取り急ぎやらないといけないことがあるのだ。少年はこれまでの作り笑顔を解き、真剣な顔で迫る。ホログラム越しにであるが少年に迫られたドクターは少々気圧されていた。額から冷たい汗が流れ落ちる。
「はぁ、どうやら何かあったようですね。困ったことが。それも、他の人の助けを借りられないものですかね? こうしてわざわざ私に連絡してきているところからして。」
「……その通りや。単調直入に言うで。九州から東京までできる限り早く移動するための方法何かないか?」
「随分と漠然とした質問ですね。それでは条件がもうひとつ分からないですね。あっ、そんなに動揺しなくても大丈夫ですよ、落ち着いてください。」
「え? そんな俺慌ててるか、ドクター?」
声を聞く限りでは平静を保っているように思える少年。しかし。彼の姿を見れば動揺は明らかであった。少年の目の前にドクターの虚像ができているように、ドクターの前には、今、激しい動揺が顔に出ていて、目が血走っていて動揺を失くしている少年の虚像ができていたからである。
「君は、自分の状態を確認する癖をつけた方がいいかもしれませんね、ポンさん。」
そんな具合であったが少年の相談事をドクターはしっかりと聞くつもりのようである。少年はそのことに気づき、ドクターに期待する。彼の異様な頭脳に頼れば手段が見つかるのではないのかとかなり強い自身を持てたからである。
「なるほど。経緯も、目的もだいたい分かりました。リールさんを追うため。そのためにできる限り早く東京に行かないといけないが、団から離れた単独行動で、交易船での移動よりも格段に早い、個人で取れる移動方法がないか? ということですね。」
「そうや。どうにか、どうにかならへんか、ドクター。あんたくらいしか、この状況をひっくり返してくれそうな人物は思いつかんのや!」
「はは、そんなに買い被っていただけるとは。その割りに私のことをすっかり忘れていたなんて。なかなかあなたも現金な人ですね。」
「で、方法ですが、あります。」
少年はその言に目の色を変えた。虚像からすら伝わる。熱気。期待の熱気が。
「確か、ポンさん、あなたはモンスターフィッシュ、ウイングエラガントユニコーンフィッシュ、釣り上げたやつ持ってましたよね。それを利用しましょう。ウイングエラガントユニコーンフィッシュにはジェット器官が二つありますよね。それを小舟に取り付けるんですよ。私のところにあったジェット小舟。あれを作ってしまえばいいのです。材料はあるのですから。」
少年は納得した。確かにあれなら異常な速度で短時間での移動ができる、と。
「ただですね、私今いる地点は九州とはだいぶ離れています。そちらに移動しようと思うと少なくとも一週間は掛かるでしょう。それからだと結局、交易船で東京行くのとほぼ変わらないので意味がないでしょう。ですから、私があなたにその加工方法を指示します。この通信機はつけたままにしといてください。ウイングエラガントユニコーンフィッシュの絞めかたから、ジェット器官の加工の仕方まで見ながら指示しますので。あと、できたらあなたが持っている一匹だけではなく、吹く数匹なんとか確保できませんか? ジェット器官を多く舟に付ければ付けるほどより高速で移動できますから。
「分かった。じゃあ少し待ってくれへんか。ウイングエラガントユニコーンフィッシュ取ってくるから。一日掛かると思うから、準備でき次第また俺から連絡さしてもらうわ。」
少年の焦りを秘めて暴走しそうな様子はなりを潜め、希望に向けて走り出す健気な様子になった。それを見てドクターは安心した。虚像の少年がどんどん小さくなっていく。通信機の電源を切らずに走り出してしまったからだろう。ドクターはそんな少年を見て少し安心するのだった。どうやら、緊張の糸は解れたようだ、と。




