第三百三十話 東京フロート浄化槽 多層環巨躯機構群地
ザァァァァァァァーー
少し黒緑に濁った水流。薄暗い空間が広がっている。
流れてゆく少年入りの部屋。落下でもどうしてか壊れなかったそれには、泥や崩れた木片などがこびりついて固まっていたからであったらしい。
落下を挟んで、流れ続け、出た場所は大海原ではなく、地上の都市部分よりも遠大な、段差だらけな構造物。さながら、巨大な街のような場所。
その街の更に外淵を、堤防のような構造がぐるっと覆っている。その四方には水門のような扉があり、その一つに、
ゴォン! ジャバァアアア!
少年入りの部屋はぶつかるように流れ着いた。それは、巨大な門であって、少年入りの部屋よりもずっと大きかった。まるで巨人でも出入りするかのような大きさだったのだから。
青光が水門の淵から何本も走査してきた。そのまま少年や部屋のパーツに特に変化など起こすことなく通り過ぎてゆく。
門は、開かない。
少年は、目覚めない。
突如、都市の中心部が光った。柱のような光だとか、そういったのではなく、ピカッと一様に周囲を一点灯分だけ照らした、青い光だった。
そして、年の中央部から、構造物の表面に、青い光が灯りながら、青い線が引かれるように走査していき、更に付近に青い光を灯しながら、無数に枝分かれするように光っていき、都市は、青い丸い点灯と、無数の青い線が走って、正体を現すかのように、自身を主張し始めた。
そこから少し遅れて、堤防のような外壁にまで青い光の線は広がり、門の淵にまで行き渡ったかと思うと、鈍い音を立てながら、内へ向けて門が開く。
そこから見えないほど離れた何処かから流入する水によってではなく、門の開閉によって生まれた水流により中へと誘われる。まるで、計算されているかのように、流れ、都市の淵に引っ掛かることもなく、幅が大きく開かれた、船着き場のような場所へ、ぶつかり、止まった。
青い光が、周囲から何本も走査し、流れついた部屋の壁面を透過して中へ。淵で力なく仰向けに横たわる少年の瞼や、胸に集まっていき、一際強く光り、消えた。
ぱちり、と少年は勢いよく瞼を開けた。
痛みを感じ、後頭部に触れたが、血糊なんて付いてはおらず、ホコリ塗れなだけだった。
煙たくて、咽るようにせき込みながら、再び座りこんでじっとする。そうして、舞い上がった埃が粗方再び降りきったところで、再び目を開け、そろっと立ち上がり、周囲を見渡す。
あの部屋の中にいるままだ。
けれど、斜めに沈み込むように傾いている。
状況は変わったらしい。
(見えてる通りかすら、怪しい……)
コンコンッ!
すぐ後ろの壁を軽く叩いた。
……。不自然な揺れを感じた。現に、埃もまた、薄くだが少し舞い上がった。息苦しさを感じる。どうにかしようと、立ち上がろうとしたら――
ガコン!
部屋が、後ろ向きに倒れるように傾いて、少年は、為す術なく、地面を転がった。
けれども、足元は一応平らになった。丁度、本来床である面が、ちゃんと下になってくれていた。
少年は、四つん這いになって、更に、這うように、手足を地面につけて、そして、真ん中へと這っていった。そして、ゆっくりと立ち上がる。
今度は、僅かしか揺れなかった。
ごくり。
右に足踏みする。右に部屋が傾くように揺れて、元通りになった。左に足踏みする。左に部屋が傾くように揺れて、元通りになった。前へと一歩踏み出すように足踏みしたら、引っ掛かりをおぼえるように、部屋は少し傾いて、動かない。
更に左に足踏みしても、右に足踏みしても、動かなくなった。
(引っ掛かかってる……? 前は、行き止まり、じゃ、後ろ、か……。ああ、ままよ)
少年は、をその場で跳躍しながら腰から釣り竿を振り抜いた。
ゥオゥゥ、ドゴォンンン!
ポチャチャッ!
砕けて風穴の空いた壁の向こうには、水が跳ねる音と共に、薄暗く揺れる水面が見えた。
(? 海、やあない。湖とか、か? でも……。うぅん……)
少年は戸惑った。確かに、自身が無事である理由としては全うではあるが、海じゃあなさそうだというのがまた。定期的に波打ってもいないし、潮の臭いもない。
それどころか、微かに泥臭い。上と同じような。多分ここは、さっきまでいた場所よりは下に位置するだろうことは予想は立ってはいたが。
(こんだけやったら分からん……)
釣り竿を引いて、振り回して、ぶつけて、砕いて、引いて、を、最初に開けた壁の穴の周りに向かって少年は繰り返した。
数十センチの大きさの穴になったそこから見えるのは、果て無く、水面が広がっているように見える。
(? 海水やないのは確か。なんか、青っぽい? 水が透明って訳やない)
だが、よく目を凝らすと、薄く微かに見えた。遠く向こうに、水面に、弧を描くように続く、それなりの高さがある、青い線が走査したり、点滅しているものが見えた。
気になって暫くじっと見ていたら、目が慣れてきて、それが、水面の上に、弧を描いたかのように存在する、堤防のような何かであることが分かった。
多分、ひどく広大な範囲のほんの一部しか見えていないのだと把握した。
(もしも、弧じゃなくて、円、やったら?)
少年は、後ろを向き、釣り竿を振るった。
砕き、開けた、穴。
その光景に、目を疑った。焦りのような感情につき動かされ、さっきよりもずっと早い速度で、何度も何度も何度も、その穴の方へ向かって釣り竿を振るって、今度は、自身の体よりも少し大きな位の縦にも横にも大きな穴へと拡張した。
(は……)
見渡す。
まるで、都市の土台のように構成されたそこに家も建物もない。ただ、あの場所の地下と類似の機械質な幾何学のラインと模様が時折意味深に走査する。
大きな穴を空けたすぐそこには、お誂え向きに、船着き場のようにコの字になっている場所に接していた。少年は迷うことなく降り立った。




