第三百二十九話 東京フロート排水層 多層集約排水孔
激しい水量がうねる音と、それらが落下物を飲み込む音が絶え間なく聞こえる。今、下は、天井だった壁に遮られて、見えない。
(お姉ちゃ…―)
ザァァァォォァァァァ――
ジャバババァァァァ――
当然、天井だった壁が先に止まり、少年は強く、それに打ち付けられ、意識を失う。
抗う術などありはしなかった。
少年の今いる場所より遥か上。何処か。
少年には聞こえない。少年には、届かない。
リールも同じく、落ちて、いって、いた。
「――ちる」
「ちる」
「ちる、おちる、きえる、もくず…―っ!」
「っ? えっ? えっ?」
われにかえったリール。どうしてそんな場所で、そんなことになっているのか、まるで分からない。
激しく風を切って落ちていっている。仄暗い、半径数十mはありそうな、巨大な、灰色の円柱状の吹き抜けの中を。自身の投げ出された状況に、混乱するほかなかった。
灰色な煉瓦壁。その表面にこびりつく、緑と茶と黒の苔や藻。相当古い場所であることは明らかで、そして、リールの知識の中にその場所に該当するものは存在しない。
知らない場所だ。知らない区画だ。取り敢えず落下している、ということくらいしか確かなことはない。
少年がいつの間にかいなくたさなっているとか、こうなる前までの覚えてい状況と今が繋がらないこととか、そんなことどうでもよくなるくらい、どう考えたって、命の危機だった。
下も上も、闇が続いているだけで、果ては見えない。落下が始まってどれ位経過しているかも分からないが時間が味方にはなってくれないことは明らかだった。
(しがみつかないと。壁に。横穴とかあってくれたらいいのに、そんなものを都合よく―…ある!)
へし折れることを覚悟しながら、手足を広げる。軋むくらいの痛みを感じながらも、できた。
人間グライダーになったかのように、器用に風圧を利用し、流されるように、壁へと迫り、そして、もげることを覚悟して、義手を突き立てる。
ぎしみしっ、ぎぎいいいいいいい――!
穴は左下方。
(保っている。けど、穴までまだ遠い。穴が下になっじゃう前に、穴の真上近くに着けないといけない)
引っ掻き降りながらの斜め移動。軋みと熱は凄まじく、金属の外装は吹き飛び、ワームのような人工筋肉が露出する。今にも破裂しそうなほどら膨らんで縮んで赤熱し、鼓動するそれは、赤黒い内容物を吐き出しながら、弾け飛んだ。
その噴射に壁から離れるように吹き飛ばされそうになるのを、今度は義足を壁に擦り付けるように、斜めに一回転しながら、踵落としをするように、リールは咄嗟に粘った。
足は軋む。だが、義手で粘っている間に、だいぶ、落下の勢いは殺せていたのもあって、リールは危なげなく、横穴へと身を滑り込ませた。
「……ふぅ……」
へなへな、と壁面へとへたりこんだ。力が、入らない。義手がまたもげたからではない。義足がまともに動かないほど傷んだ訳でもない。
頭は靄がかかったようにぼやけている。汗が冷たくなって、服が肌にくっつく不快感も、汚れと黴臭さと下水臭さが混ざった臭いも、気になるはずなのに、気にならない。
ただ、感じるのは、抗う気すらおきないような、強烈な脱力感。
意識が、保た、ない。
そんな水際に、思う。
立ち上がるつもりになれない。たって、立ち上がったって、どうするの?
そのまま、壁面に背中からへたり込むようにゴォン! ボォン、と尻餅をついて、かこん、と、膝に頭をもたげぶつけて、動かなくなった。
カランッ!
ネジらしき断片が転がり、
ゴトンッ!
落ちたのは、側面壁面に付いていたらしい、右側で断絶した、朽ちた金属製のプレート
【多層集約排水孔 227/】




