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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
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第三百二十一話 命の終わりを捧げる相手

 侵略を、乗り越えた。


 多大なる犠牲を払って。


 多くの同胞を、築いた街を、蓄えて個々に蓄積された高度な知識を。


 そして――後始末が、残っている。






 ここまで酷いことになるなんて……。


 傷だらけになった少女ケイト自身のことではない。生きて居るし、四肢の欠損も無い。この場に於いて、生き残ることができた身体的には無傷な半透明な、けれども疲れ切ってぐったりした小蛸たちに次いで、損傷が少ない。


 そこは、瓦礫の山の上。


 水に溶けた酸素は、未だ薄くだが残っている。そこは、まだ辛うじて稼働している装置の近く。流されていた少女ケイトを運んだのは小蛸たちだからだ。


 というのも――


「貴方は成し遂げた。最悪を避けられた。()()()()()()()()()()()()()?」


 頭部の半分を焦がし、触手の一本だけを残した青紫色の蛸が、少女ケイトの膝の上に横たわっていた。


「あいつは……、どう……なった……?」


 弱々しい声でありながらも、はっきりと聞き取れた。


「あぁ……()()()、もう見えてないのね」


 きっと、音以外の何も、識別できないくらいに弱っているのだと少女ケイトは把握した。そして、青紫色の蛸が気づいていないということを、幸福に思った。


「……」


 青紫色の蛸は答えを返すことなく黙りこんだ。


「でも、()()()()()()()()()()()()()()()


 少女ケイトは悲しそうに返す。後ろを、見た。ここは街の中心部だった場所であり、だからこそ、幻影の装置もまだ動かせていて、そして、少女ケイトは、言われた通りにそれを再展開した。


 その寸前までに目視した、虹色殻の蛸の様子を、強く、覚えている。


 意識が飛びそうなくらい目が血走っていて、食い入るような目で、青紫色の蛸の残った一本の腕を凝視していた。本当に、ギリギリのところで踏みとどまっていた、かのような。


 虹色殻の蛸、もとい、彼女は少女ケイトに懇願した。


『我慢……するから……。死ん……でも……。どうか、どうか、彼を、遠くからでいいから……看取らせていて……欲しい』


 受けた傷。襲ってきた側の多重なる仕込み。その底の底。診た少女ケイトは確認し、通告した。それは、本能に塗り潰される病だ、と。


『貴方……、彼を襲わずにはいられないでしょうね。その顛末は、事後に彼を平らげての、離別。言われなくとも、もう、分かっているでしょうけど。そして、貴方は知性を失う。人のような蛸から、唯の蛸に還る。それはそういう病気。敵の狙いは貴方たちの捕獲ではなくて、殲滅、だった、ってこと。次代が続いたとしても、教育を施せず、当然先祖の記憶の継承もできない。そう。御終い。私たちは、読み負けた』


 負けたのだ、と通告したのだった。






「ケイト。ケイト。だいぶ、息も楽になった。やはり、見えん。あいつは、どうなったか、教えて、くれる……か?」


 人間とは生命力が違った。分類するなら確実にモンスターフィッシュの類に入れるべきであろう存在だから、というだけではない。


 少女ケイトは既に知っている。彼らの命の蝋燭は、短くとも、太い。そういう風になっている。だから、欠損しても、死ねはしない。彼らは寿命で死ぬ生物として設計されているから。


「言わないでおこうかなと思ってたけど、そうね、言った方がいいかしら。迷うところだけど、うん、こうしましょう。多分だけど、貴方、知れば、死ぬでしょうね。自死するってことじゃあないわ。貴方が、殺されるの。本能に、食い殺されるの。代わりに、子孫を残せる。貴方の生きていた意味を人生の最後に一つ、積める」


「……。あいつの前に、俺を据えてくれ。それと、あと一つ、頼まれてくれないか」


「ええ」


「あいつらと、生まれてくる子供たちが、自立できるように、教えを説いて欲しい。責任もって導け、だなんて言わない。あんたが、やってもいいと思えるところまでで、構わない、から」


「言われなくとも、そのつもりよ」


「そうか。まあ、あんたならそう言ってくれるよな。狡かったか。はは。……。そろそろ、頼む。あいつもそろそろ、抑えきれない頃合いだろうから」


「見た、のね……」


「ああ。行き着いてしまっている奴らを何組か、見たんだ……。はやり……、逃れられ……なかったか……あいつも……」


「貴方は正気じゃあないの?」


「はは、正気だから、こそ、だ。これは、本望だよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 こくん、と少女ケイトは頷いた。小蛸たちに、遠く離れた、青紫色の蛸の家があった辺りを指差し、離れておくようにと指示した。


 そして、小蛸たちが離れていって。少女ケイトは、もう自分で動き回ることのできない、青紫色の蛸を、膝の上から優しく抱え上げた。そして、すいっと泳いでゆき、言い残し、背を向けて、その場を後にした。


「相思相愛ね。()()()()


 激しく足をばたつかせ、後の何も聞こえてこないように、少女ケイトは、青紫色の蛸の家の方角へと、その場を後にした。

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