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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
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第三百十八話 有事の備え、託された備え

「っ!」


 がしっ。


 駆け出そうとした少女ケイトを、青紫色の蛸が襟首を掴むように止める。


「慌てるな!」


 手繰り寄せて、耳打ちしてきた青紫色の蛸。


 本来、少女ケイトよりもずっとずっと慌てて狼狽している筈の青紫色の蛸が、少女ケイトを自身に至近距離で向かい合わせて言う。


「敵の手口は想定外だが、こういった日がいつか来るかも知れないことは想定してた。あいつだけが。俺はあいつに託されている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()俺だ、と、な」


 少女ケイトは、静かになった。けれども、その表情は険しいままだった。


「どうするって、いうの。予想できていたっていうんなら、こんな風にされるがままになんて、絶対にならないってバカでも分かる」


 だから、ぶつけるのだ。納得できなければどうなるかなんて、後ろ手に隠すようにいつの間にか握られていたナイフが示すが如くだった。


 青紫色の蛸はそれに気づいていない。それでも、


「こういうときの為に開発しているものがある。俺たちの特徴を使った、唯一無二の兵器。使うかどうかの判断は俺に一存されている」


 彼は間違えない。だからこそ、緊急事態における札として、彼は託されている。虹色殻の蛸が、違う視点、違う立場の、最も信頼できる手札として、彼を据えているのだ。


 少女ケイトは感じ取った。確固たる根拠があるかのような、強い自身。それを使えば、この事態を確実に収拾できるとでも言わんばかりの。


 詳細を示さなくとも、その表情に浮かぶ、何やらのリスクを抱えた上での覚悟が見てとれた。


「じゃ、急いで」


 ナイフを使うこともなく、襟元の触手を、他愛なくほどいていた少女ケイトは、青紫色の蛸の家の方向へと走り出していた。


 周囲の叫びなんてまるでもう気にしていないかのように。


 その異様というか、頭の茹ったような行動からの異様な位の落ち着きまでの落差。


 蛸の手という精密かつ敏感この上ない抑えからどうやってか抜け出していて、それが難しいことでなくさも当然のように。


 寸前までの立場が逆転するかのように、少女ケイトが、青紫色の蛸を先導していた。





 青紫色の蛸の家。


 小タコたちも集まって、少女ケイトも含めて輪になって、真剣な面持ちであった。その中心にいる青紫色の蛸。


「俺たちはある種の覚悟をしている。俺たちは弱い。それでも、抗わなければならない時はある。だからと、俺たちは弱い自らを改造している。そのうちの一つが、これ、だ」


 かざした、一本の触手。


 それは、次の瞬間、引き千切れた。


 まるで、しなる矢のように、軋りながら飛んでゆき、天井の網格子を抜けて、


「おお、丁度いいところに」


 そう、青紫色の蛸が、わざとらしく言う。


 格子の外、離れて。


 街の域から遠ざかっていこうとしている、巨大なクラゲと、その触手に絡み抱えられてぐったりとした蛸。


 その巨大なクラゲへ向かって、矢の如く飛んでいったそれは、絡む触手の横っ腹を貫きその上、頭部へ下側から入り、縦横無尽に、クラゲの頭の皮の内側で跳ね返るように何度も何度も縦横無尽に、中の文様をズタズタにして、やがて、また、頭部下側から抜けていって、そのまま飛んでいって、見えなくなった。


 クラゲはもう、動かなくなって、無為に水流に流されていって、触手から解放された捕まっていた蛸は、そのままぷかぷか浮かんでいた。


 しかし微かに。街の方へと何やら流されていっている。そのことには触れずに、青紫色の蛸は説明をした。


「意思を込めて、切り離す。そうすりゃ、思い描いた通りに動いてくれる。ま、アドリブは効かねえが、型に嵌まればこんなもんだ」


 わぁああああ、と半透明な小蛸たちから歓声が上がる。


 それはまるで、人の子が、強い力を振るう強い者に憧れるようなアレであった。


「で、今のを強制するための仕掛けってもんのスイッチがここにはある。この街の結界と同じ仕組みだ。だってなぁ、切り落とすってことは痛いもんだ。覚悟できるか? できたとして、切り落としきれるか? それをやらせるための仕掛けが、このスイッチだ」


 それは、少女ケイトがスイッチと言われて思いつくのとは全く違ったものであった。それは、青紫色の蛸の触手の数多の吸盤のうち、唯一吸盤の無い、一本の触手。その先端が、際立って黒々しく青紫色に淀んでいた。


 小蛸たちは青褪めていた。


 それもその筈。雄の蛸にとってのそれの価値。それに加工を入れるということと、本来の機能に影響を生じそうなそれに、悍ましさを感じているに違いなかった。


 少女ケイトもそれが狂気じみたことであることを理解した。小蛸たちと同じで、口にはしなかった。


「何ぁに。心配するなガキども。お前らは対象外さ。成人の儀に食わされるあるモノを口にするまでは、な。ま、それに、別に子孫を残すのには問題ないぞ。一生に一度、本懐を果たす機会。捨てる仕様になんてする訳が無いだろう? ん? ああ、お前らにはまだ早かったか。はは」


 ちょっとだけ少女ケイトは恥ずかしい気分になった。それは置いとくにして、青紫色の蛸が一瞬遠くを見たのを少女ケイトは見逃さなかった。そしてそれは、居貫いたクラゲの残骸でも、流れて引き戻されていく気絶したままの蛸を見たものでもないということも。だから、


「じゃ、押して。早く」


 冷たく、平坦に、少女ケイトはその背を押した。躊躇ちゅうちょの理由を()()()

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