第四十七話 龍宮
次の日。昼下がりのこと。港へと柱ならぬ釣竿を全員で運ぶ船員たち。物珍しさに周辺の住民たちがその様子をまじまじと見つめていた。その竿に黒字で大きく書かれた"×釣柱 ○釣竿"という文字が好奇を誘っていたのだ。
二週間前に、少年が、その特注釣竿で引く動作をテストした後船員たちに聞いて回ったその竿の評価。それが、"竿じゃなくて柱"というものだったのだ。それを帰り際に上州に知らせたところ、次の日の朝には、この文字がべたべたと大きく書かれてあったのだ。
竿とともに船員たちが舟へと乗り込む。錨が上げられ、梯子が回収された。動き出す船。船員たちは町の人たちに笑顔で手を振っている。
「町のお前ら、俺たちはこれから新種のモンスターフィッシュを釣り上げてくる。お前たちは俺たちの伝説の目撃者となる。首を洗って待っとけよぉぉぉっ!」
ウェイブスピーカーを使って、少々ちぐはぐな台詞を言い放つ船長。町からは歓声が上がる。それに見送られ、船は進んでいった。島の南西へ。その地点をモンスターチェッカーが指しているのだから。
「よーし、停めろ、ここだ。ここに奴がいるぞ! 総員、竿を持て。」
船長の号令に合わせて竿が持ち上がる。その竿にはリールはない。だから、引っ掛けたら、ただ引くしか釣り上げる手はない。竿から垂れる糸も特別製である。上州が秘蔵していた、その大きさから使い道がなかった、巨大な薔薇のうねった茎。前時代にある研究者が面白半分で創り出したものらしい。その話を聞いた上州は大金をはたいて喜んで購入したのだ。勢いで買ったのはいいが、その処分に困っていた彼は、この特殊竿の依頼が来たので躊躇いなくぶっこんでみたのだった。
竿にそのままつけられたそれは、糸というよりは、蔦。緑色の、棘棘しい植物の蔦。それは、糸でもあり、針でもあるのだ。
ドボーン。
パチパチパチパチ――パチ。
即座に反応が返ってきた。昨日も鳴り響いた音。そう、脅威玉である。昨日はそれを放り込んだ後、獲物が姿を現したのだから、きっとこの玉が好物なのだろうという船長の判断からである。脅威玉を棘に突き刺しておいたのだ。案の定、獲物はそれに食いついたのである。
音が連続で鳴るということは棘に獲物の口は引っかかっていないということである。しかしそれでいいのだ。玉を順次食い散らしていくうちに、蔦に獲物の巨体は巻きつくことになり、棘が食い込むのだから。
バシャァ、バシャバシャァ!
白い光を放つ、半透明なその身を獲物は全身を代わる代わる海面上に晒した。ガレオン船の船体よりも遥かに長そうな全長。太い管のような体をしており、尾部にさしかかると細い尻尾のようになっている。頭部には、環形の大きな口。薄い水色の魚眼。頭部の上下に一対ずつある、尻尾と同じような見かけの構造物。
船長はそれを見て自身の気持ちがどんどん昂ぶっていくのを感じていた。
『ああ、やっぱりそうだったか……。こいつは緑青と最初に挑んだ獲物と同じだ。あのときは逃したがな。あいつと話し合って、こいつの名前どうするか決めてたよなあ……。本当はお前と共にこいつと挑みたかったよ、ちくしょ……ぅ……。』
船長と亡き緑青の約束。いつか再び、二人でこの獲物と対決し、勝利すること。釣り上げること。そして、二人で決めたその名前を付けること。叶わない約束は、半分だけだが叶うかも知れないのだ。その機会を必死に船長が手繰り寄せたのだから。
『こいつ釣り上げてよ、お前の墓前に捧げることにするぜ。その成果をよ……。だから、見届けてくれ、緑っぃ、青。』
船長は目頭を熱くし、
「こいつにつける名前はもう決めてある。"龍宮"。ぐすぅ、さあ、やるぜ、お前ら!!!」
流した涙を拭いつつ、開始の合図を放った。




