表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
475/493

第三百十二話 齟齬と落差の見えない苦難

「どういう風の吹き回しです?」


 虹色殻のたこはそう尋ねた。目の前の少女ケイトに。そして、少女ケイトの背に隠れていて姿を現した青紫色の蛸に。


 少女ケイトの表情は張りつめている。


「貴方たち、本当に殺されるわよ。貴方たちの同類の烏賊イカもどきに」


 ごくり。


 つばを飲み込む。


 水の中だというのに、頬を冷たい汗が流れるような錯覚すら感じる。


「何度聞かされようと結論は変わりません。そんなことある訳ないのです。ここの守りは絶対です。加えて私たちは、それにあぐらをかかず、幾重にも幾重にも気をつけています」


 虹色殻のたこの肌の色が徐々に赤み掛かり始めている。


 その機構を少女ケイトは知っている。かつて、同胞、人間たちが彼らに付けた、目に分かる形での安全装置。怒りの尺度を示すそれを。


「貴方様にも体感して頂いたではありませんか。それでも信じられないというのですか? それでも――そのような法螺吹ほらふき者の言葉を信じるのですか!?」


 たこなのだから。表情なんて無い。けれども。それでも。赤身が強くなった肌が如実に訴えてくる。怒りを。それに呼応するかのように、虹色殻の蛸はまくしたてるように早口になっていく。


「いくら、貴方様が仰ることであろうとも、そいつにだまされた貴方様の言葉であるならば、一切合切、信じる訳にはいかないのです! 目を、覚ましてください。覚ましてください。覚ましてください! 目ををを、覚ませえええええええええええ!」


 ブゥオゥゥゥウウウ!


 墨。黒く、もやのように、虹色殻の蛸の回りに、むわり、むわりと拡散し、噴出し続けているそれはさながら、ドス黒いオーラのよう。


 少女ケイトは、かすみに巻くように言いくるめるつもりだったのに、逆に、まれそうな心地だった。


(こんな風に怒るなんて……。もうまるで――人間、みたい。我慢して。繕って。それでも抑えられず、感情をぶつけてくる。けど――)


 相手はそれでも理知的で、暴を行使しようとはしない。ここが海であり、彼らがモンスターフィッシュの類であることからして、彼らにその気になられたら、手の打ちようなんてもうないのだから。


「……。はぁ、はぁ、はぁ……。申し訳ありません……。どうか、お許しください。余裕が、もう、無いのです。私だって、危機感が無い訳ではないのです。きっと、遠方の彼らは、私たちへの脅威になります。けれども、それには猶予がある。そいつが思っているよりはきっとそれは、ずっと長いのです」


 と、水濁らす煙が散って、蛸からゆだった色や圧はすっかり消えていた。


 そんな理知的な彼ら。ここは海。水の中。そんな彼らだというのに、図り間違えている。迫りくるあれらに対して、私と彼らの落差くらいに、彼らは迫りくるあれらに対して、抗うだけの力を持たない。


(そう。だからこそ思う。もう、詰んでるんじゃないかって。……でも。けれども。自分は彼らの為にやってきた。忘れてなんていない。いつもの類とは違う種類の恐怖だけれど――やるべきことはやっぱり、変わらないわね)


「未知のモンスターフィッシュ、いや、中身が人間な、それも、貴方たちの生誕に関わっていそうな、そんな危険な奴らが、何か強い狙いがあって、貴方たちを捕えようとしているの。時間なんてない。ぐずぐず話し合ってる暇もない。だって、相手は出張ってきているのよ。つまり、向こうは準備を終えてるってこと。私たちは、どう? もう、胡坐あぐらをかいている暇なんて、無いの!」


 切迫せっぱくした表情で、口調で、決断を迫った。向かい合う蛸と、自身の傍の蛸の両方に向かって。






 危機感に著しい差があった。それは、自身と青紫色の蛸。青紫色の蛸と虹色殻の蛸。そこでそれぞれ、隔絶した差があった。


 どうしてか? そんなもの分かりきっている。きっと、その青紫色のたこは提言した筈だ。それでも駄目で警告した筈だ。そして、それは通らなかった筈だ。そこまではいい。けれども、青紫色の蛸はその先として、強硬策を取らなかった。彼らの共通の価値観。大切なのは未来という考え方。子を人質に取る。そういった行動を起こすどころか、そういった考えに至った痕跡すら無い。


 全滅の憂き目。終わりの危機。つまり、彼らはそうだと思っていない。彼らの中で最も大きい危機感を持つ青紫色の蛸ですら。


「はは。何を言ってます? そんなこと、ある訳無いでしょう。そのほら吹き者にだまされてるのですよ。貴方様はお人よし過ぎる」


 実質、彼らの種族全体の決定権を持つ虹色殻の蛸はこのざま。


 駄目、らしい。そう思ってしまう。諦めに流れそうになる自身の心の動きを否応なく思い知らされる。


「貴方の目は節穴? 相手の言葉が、行動が、本気かどうかが分からないの?」


 言ってしまう。言って、思わず、口をつぐんでしまう。何故ならそれは、普段の自身であれば、言わないような逆効果な言葉選び。


「この街は、守られています。認識による保護。それを貴方様に体験させたではありませんか。私たちが此処ここで生きていられれる理由そのものを。弱い私たちが、だからここまで、殖えて、今まで生をつむいでこれた。この街の所在は、招かれていない者は知ることができない」


 だって、彼らは慢心している。彼らの英知によって、安全保障が成立していてそれが絶対であると自惚うぬぼれている。当然のように存在する筈の警戒というものが抜け落ちている。


 そして、説得するとするなら、崩すべきは彼らの危機感を低くしている論理であって、感情のごり押しで押し切ろうなんて愚の骨頂。


 そして、彼らは賢いが固い。想像力が足りない。実体に沿って動けない。これでは、つまるところ、俎板まないたこいだ。()()()()()()()()()()


 噛みしめ、飲み込もうとしても、もう、我慢はできなかった。頭に浮かんだのは、嘗ての光景。


「絶対なんて、ありはしない!」


 少年とリールが消えて暫くした頃。ふと気づけば、変容していた、島・海人という、折れて歪にくっつけられた釣人旅団という名の船の、手遅れになった竜骨の姿。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ