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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
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第三百十話 はぐれもの

 蜘蛛の子を散らすように、彼らは散っていった。虹色殻の蛸と少女ケイトだけをそこに残して。そうしてほとんど空っぽになった貝殻の天蓋。


「子供たちは正直です。我々大人よりもずっと。失礼があるかも知れませんが、そこは冗談と笑って頂ければ。ふふ。貴方様に限って、要らぬ心配でしたね」


 思わず、少女ケイトの頬が緩む。


「思いつめた顔は似合いませんよ」


 虹色の蛸の気遣いに感謝しつつ、少女ケイトはぐらつく自身の心を自覚した。ここに来て、初めて、力んだ力を抜くように大きく息を吐いた。


「ありがとう。ちょっと、気持ちが楽になったわ」


 すました、けれども少しばかり和らげな表情なった少女ケイト。


「いえいえ。今の貴方になら、これを安心して渡せますかね」


 にゅっと少女ケイトに向けて伸びてきた触腕の先に、輪になった細い糸で貫かれた拳大の真っ白な真珠が。


「それを首にかけておいてください。そうしなければ、子供たちを視認できませんので。では行きましょうか」






 虹色の蛸に先導されて、歩く少女ケイト。渡された真珠を手にすると、幻が解けた。そういう仕組みであるらしい。


 どうしてそんなに大きいのかと疑問に思ったりもするが、紛失防止だとか、招かれた者かどうかの識別用だとか、いくつかもっともらしい答えが頭に浮かぶ。


 取り敢えず、この国についてのこれまでの眺望は偽りだった。


 ここは、国というにはほど遠く、街というにも値しない、小さな集落。それも、過密な過密な集落。物件の供給が明らかに追いついていない。所々に、密に密に集まってやり合っている彼らが見える。


 道なんて舗装ほそうされてはなく、小石と珊瑚さんごのかけらと貝殻で、立体的にかろうじて整えたものが、彼らの棲家すみか


 貝殻の天蓋以外、幻に包まれていた際とは違って、どれもこれもが、彼らの背丈に合わせて、小さい。


 敷き詰められるように並んだ、割れた貝殻や珊瑚さんごの枝の積み重ねの隙間から、それぞれの家々の中で寄合でもやっているかのような人口密度で存在している彼らが見える。


 何やら真剣に話し合っていたり、年長者が年少者に何やら教授していたり、彼らのコミュニケーションの中心が会話であり、小道具など何もない。文字や絵といった記録に殆ど依存していないものであることが明らかだった。


 彼らの誰一人、しょぼくれてなんていない。彼等は前向きで、熱量があって、未来を見ている。


 だからこそ、より強く思うのだ。助けになりたい、と。


 使命感や義務感ではない、そんか感情が胸の内の多くを占め始めていた。


 そんな彼らの集落を歩き、ふと、気づく。


 「あれは?」


 歩き出してから、少女ケイトの好奇や観察を邪魔しないように、ずっと無言であった虹色殻の蛸を引き留めて、少女ケイトは指差し尋ねた。


 視程の端に辛うじて見えた、集落な外れ。他と違う、異質な構造物。白い、とうのような? 表面を滑らかに加工された、継ぎ目や隙間のない、明らかに手の入れられた構造物。


 数メートル、いや、数十メートルの高さ。細い細い尖塔。貝殻の天蓋に並ぶ、蛸の体のスケールを越えた尺度の構造物。


「……。あれは、気にしないで下さい。あの中には唯一、貴方に顔を合わせなかった、()()()()()()()()がいます」


 随分ととげのある言い方。隠しもしない不快な様子。だからもう、少女ケイトはそれ以上は突っ込んで聞けなかった。


 言葉を返すまでもなく、言い終えた虹色殻の蛸は背を向けて歩き出したのだから。


(……)


 どういうことなのか、と困惑する。けれども、これは今の目的からはきっと逸れたものだ。触れる意味はない。それどころか寧ろ――塔の先端が、光ったような気がした。


 逆巻く水流の一閃が――


「危ないっ!」


 咄嗟とっさに、地面を強く一蹴り。少女ケイトは、数メートル前方まで距離をあけていた虹色殻の蛸へ向かっていった。跳びかかるようにつかんで、ぐわん、と時計回りに振り上げるように持ち上げ、間一髪。一閃が、ちょうど寸前まで虹色殻の蛸がいた場所を貫いていた。


 深く、弾丸の通ったような穴が空いている。煙も逆巻く砂もなく、ただ、遥か深くまで続く穴が。


「動くな」


 低く重い声が耳元で聞こえると同時。首元に、吸い付くような何かが巻きついたのを少女ケイトは感じた。その声には実体がある。首は動かせないけれども、確かだと分かる。先ほどまでは無かった気配が、首元に、確かに、ある。


 手元の、虹色殻の蛸の表情が何やらこわばっているように見えた。恐怖だとかそういうのとは違う。


 少女ケイトは、虹色殻の蛸を離し、離した手の先ですっすっ、と合図する。離れていて、と。虹色殻の蛸は躊躇するかのように動きだ無かったけれども、少女ケイトが再三、行け、と、表情をこわばらせて合図して、虹色殻の蛸は何か言いたげなことを飲み込んで、その場から離れていった。


 その姿が、小さく、米粒くらいになって見えなくなったところで、


「そう時間は無いわ。貴方の望みは、何?」


 自身の首元の、自身の頭大ほどの大きさの青紫色をした触腕の持ち主に、そう落ち着いて尋ねたのだった。




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