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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
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第三百九話 それを、贅沢だとか、欲張りだとかなんて、呼べる訳がない

 最初と同じように、輪になった彼ら。中央にいる自身と、彼らの代表者たる虹色殻のたこ。沈黙が続いている。


 彼らの誰もが声をあげない。彼らは待っている。少女ケイトが何と言うのかを。


「いいの……? それで、本当に……」


 少女ケイトはそう、問うた。彼らに。


「我々は、人に近づけられました。けれども、人に成った訳ではありません。我々は依然、たこです。我々は、我々であることに誇りを持っています。貴方方に感謝しております。私たちは"もっと"、を求めますが、その"もっと"は、我々の在り方からぶれるものであってはならないのです」


 そんな、要領を得ない答えが返ってくる。人のような問答をする、人でない彼らの代表。だからこそ、その答えは純粋なものではないのかも知れないと、少女ケイトは思う。


 彼らは、今を捨てて、未来を捨てて、別の何かになってしまうことこそを本当は望んでいるのではないかと思わずにはいられなくなっていた。


 けれども――それが彼らの結論。葛藤もあったのだろう。長い思索と議論の末の結論。


「これが尋ねるのは最後。貴方たちはいいの……? それで、本当に……?」


 だから、少女ケイトは再び問うた。それが最後と通牒つうちょうして。全てをつまびらかにしない、結局のところ繕った彼らに。望みの形と強さを示せと彼らにならって、暗に言った。


 沈黙が、流れる。


 代表者たる虹色殻の蛸がそわそわし始める。腕を時折落ち着きなく動かして、何やらくねるように考え込んでいる。仲間たちをその眼でじっと見たりしたりなどしているのだから、こちらの意図は通じたのではないかと少女ケイトは思う。


(後は――彼ら次第。彼らの未来なのだから)


 虹色殻のたこのそわそわとした動きが止まった。そして、少女ケイトの方を真っすぐ向いた。


「……。我々は、既に提案されております。未だ意思疎通が、交渉が、可能であった時のクー氏から」


 そう聞いて、疑問に思わずにはいられない。なら、どうして、私を呼んだのだ、と。


「そして――()()()()()()()()()()()()()()()


「半分……?」


 遠回しにも程がある。判断するにはあまりにも情報が足りない。だからそんな風に言葉が出た。


 虹色殻のたこは答えない。


 まるで試されているかのよう。そんなことをするのに、どうして私を呼んだの、と困惑はますます強くなる。隠しているのに、つまびらかにして欲しがっているかのような?


「そう……」


 少女ケイトは考えていた。このもやもやの正体を。何か、見落としている。だから、分からないのだ、と、この茶番により身を乗り出してみることにした。


「貴方たちが受け入れたのは、転生? それとも、命の強化?」


 まずは、判断材料を集めなくてはならない。


「どちらでもありません。喉から手が出るほど欲しくても、それをつかめば待っているのは、破滅ですから」


 あっけない位素直に答えてくれた。


「そう……。怖く、ないの? 今のままじゃあ、貴方たちは、短く生きて、白痴はくちなんて程遠い中で、はっきりした頭の中で、終わりを感じながら、死んでいく。あまりにも短いと、その生と認識をなげきながら。そのくせ、彼の肉という手段を拒絶したの?」


「ええ。分かっていますよ。我々自身の永遠の命題なのですから。我々には絶対的に時間が足りない。だからこそ、わずか数か月でも延ばせるだけで、より濃密に知識をのこしてやれる。より、未来を、時代を強く太くしてやれる。彼から頂いた半分。それは、生まれ落ちる前の時を遅く、長くするということ。私たちには生まれ落ちる前から意識があるのですから。その分だけ、学べる。その分だけ命は長くなる。私たちは、皆で行う。皆が、皆に、言い聞かせてくれる。語ってくれる。そうして、我々は、子たちに、より多くを与えるためのことを皆で行っているのです。今生まれる前の仲間の子たちのために。そうして、時が巡って未来に我が子に仲間からより多くを与えてもらえるように。私たちは、貴方様達よりもずっと、群体染みている」


 口調は強くなり、言葉に籠る意思からは圧すら感じた。けれども、どこかズレている。


「貴方たちの祖先はとうにいない。けれども、どうだったのかしら? 貴方たちの祖先、今の貴方たちの段階に至ったその時、失ったものは、あったのかしら? 残っているのではないのかしら? 記録が。口伝が。貴方たちが躊躇ちゅうちょする理由は、それ?」


「……。違い、ます。拒絶したのは、子供たちだからです」


 言葉として出てきたのは、ここにいない者たち。


「だから。半分、なのね」


 他の蛸たちが、少女ケイトを見ている。誰も口を挟みたいのを我慢したさそうになんてしてはいない。余所見もしていない。彼らは、代表者の言葉が総意であることを、態度でずっと、示していた。


 彼らは、貪欲なくらいに、生真面目だった。寿命が迫っているのは、当然ながら大人である彼らだ。だというのに、子の意見を尊重して、別の何かになるという選択を拒絶していた。きっと彼らは分かっている。そうする以外に、今彼らが持つものを捨てることなく短命を根本的に解決する手段は無いのだということを。


(なら、私にできるのは――)


「もし、よければ。貴方たちの子供たちと話をしたい。子供たちも貴方たちに何か話したい、胸に秘めたことがあるのかもしれないから」


 少女ケイトは決意した。押し売りはしない。無理強いもしない。ただ、彼らが望む方へ、できる限りをしようと心は決まった。

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