第四十六話 空振りと最後の一日
船長の作戦。それが開始されて二週間が経過した。しかし、未だに獲物は姿を現さないでいた。朝早くから夕方まで毎日続く探索作業。まだ夏の日差しが強い時期であるため、船員たちの体力はどんどん削られていく。それにも関わらず、未だに進展がないのである。
毎日の終わりに行う報告会も、どんどん荒れていく。不安の渦は広がってゆくばかり。
「おい、ポンが見たのは幻じゃないのか?」
「でも、船長も見たって言ってるんだぜ。」
「そもそも、本当にいるのかよそんなの。」
「私、もう飽きた~。」
「これもう諦めた方がよさげじゃね?」
後ろ向きな意見が続出していた。ましなものですら、不安。ひどいものでは疑念・諦観。報告会は不満を広げていくだけの無駄な時間へと成り下がっていたのだ。
少年も船長もそのことを重く受け止めてはいるが、為す術はないのである。続ければいつか獲物と再び出会うことができるという確信はあるが、それが明日なのか、明後日なのか、一週間後、一ヵ月後、一年後なのか全く分からないのだから。
「お前ら、今日まで俺の我侭に付き合ってくれてありがとよ。それなのによ、全く順調に進まねえ。事態は深刻だ。俺の予想とは裏腹に、獲物の姿すら見ることができないんだからな。だから、俺は宣言する。明日。あと明日一日だけ捜索に付き合ってくれ。それで見つからなかったらもう諦めるからよ。」
船長はそう悲しそうに、しかし必死に訴え、船員たちから背を向けた。そして、その場から立ち去るのだった。
船長がいなくなった後、船員たちはなんとかやる気を取り戻した。残り一日。それで決まるのだから。一日であれば、例え無駄に終わったとしても船員たちは耐えられるのである。笑うことになっても泣くことになってもそれが最後なのだから。
最後の捜索が始まり、何も進展がないまま、夕方となった。見つからなかったのだ。本拠地のある島の南東部。そこに全ての小舟が集結していた。その日の昼、出発前に船長からの一言が原因であった。
「おい、お前ら。もしも何も見つからなかったら、成果がなかったら、分島の南東部に集合だ。俺の乗っている舟がそこにいるから、目印にして集まってこい。さあ、最後だ。何としても見つけてやろうぜ。」
悲しいことに船長の舟の周りに他の舟が次々集まってきて、全ての舟が揃ってしまった。
「じゃあ、俺の渡した脅威玉、持ってるよな。それ、俺の舟に集めろ。」
船長の大声によって周囲一帯にその命令が伝わる。船員たちから玉が船長の舟に渡されていく。そして、船長の乗る舟はあっという間に玉だらけになった。
「こいつらは、ここで投棄する。持ってても仕方ないからな。ゼリーの部分はモンスターフィッシュの一種である、ゼリージェリーフィッシュの体から作ったもんだから、そのまま魚たちの餌になるんだ。残骸から出るピラニア共の血も、海中だとすぐに拡散して、害はないからな。」
ドボドボドボドボ――ドボ。
そうして大量の脅威玉は海中へと投棄された。そこから黒い靄が立ち込める。それと共に船長の作戦も海の藻屑となるのだった。
本来ならここで終わるはずだった。何も見つからず、何も得られず、島へと引き上げる舟。しかし、そこで、ある異変に気づいた者がいた。玉を捨てた地点。それは舟と相当離れていたが、靄が上がる中で、何か白いものが光るのを、その者は見たのだ。
「みんな~、あれ、あれ。あれ見てよ~。」
間延びするような独特な声。特徴的な喋り方。ケイトである。ケイトは旅団の中でもずば抜けて視力がよかった。両目12.0という、異常な数値の視力を誇っているのだから。
「おい、いまさら何なんだよ……。」
大声、しかし、頼りなくて覇気のない声でそれに応える船長。後ろを見る。船長は目の色を変えた。なぜなら、夕焼け時には見えるはずのない、白、反射する白い光をわずかだが見たのだから。それは船長がこの二週間ずっと求めているものだった。
しかし、
「……感動したぜ、涙が止まらない。二つの意味でな。嬉しさと、悲しみで。もう玉ねえんだよ……。」
船長はすっかり意気消沈していた。
すっかり涙目である船長。自身の行動がどうしようもない結果を招いたのだから。チャンスを自ら棒に振ったのだから。本来ならそうなるはずだった。
「よ~し、いっくよ~、一発だけだけど、当たればいいな~。」
ふわふわした声とは裏腹に、物凄い勢いで、玉が変形する勢いで真っ直ぐに飛んでいく。その先には白い光。
プシャー。
破裂音。ひっそりと玉を沈めた地点へと引き返していたケイトの舟は、玉が届きそうなぎりぎりの距離まで白い光に接近していたのだ。そして、無事当たったのだ。脅威玉は、何かに当たると、破裂音を出して、それに付着するのだ。
その後、一瞬で白い光は消えた。船長はレーダーを起動する。
「お、やったぜえええええ! でかした、でかした、ケイトーぅ、っ。」
レーダーには黒い点がしっかりと映っていたのだ。物凄い速度で動き回り、そこから離れていく黒い点が。船長は思わず男泣きするのだった。作戦は続行されることとなった。後は釣り上げるだけである、全員一丸となって。




