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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部第三章 短き命連なる海
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第三百六話 諦めてしまった彼女は悲しみに浸りながら羨ましき希望を遠望する

 光がうっすらと届く、海の中。海深百数十メートル程度の、浅く、なだらかな海の底。そこには、珊瑚と、丸石。そして貝殻から成る、街があった。


 白と青と緑、少しばかりの赤。そんなほんのりとした地色から発せられる光は静かで穏やかなものだった。


 ただ、街というには、一つ一つが小さい。通りの道幅も、石と貝の積載による建物も、そのスケールは人の住む都市のそれと比べ、著しく尺度が小さい。


 それらは、そこにむ者たちのスケールをそのまま示している。人からしたら、せいぜい自分たちの頭程度の大きさしかない者たちが、そこをみ処と定めているから。


 そこは、種類の違う、数多のたこたちが暮らす街。






 ブクブクブクッ!


 少女ケイトの呼吸の泡が、たちのぼっていく。巨大な魚の背から身を乗り出して、少女ケイトはそんな街を眺めていた。


「如何ですか? 見事なものでしょう?」


 交渉の代表者であった、虹色の半透明な殻を背負ったたこは、そう、尋ねた。今、巨大な魚の背にいるのは二人だけ。


「竜宮城ね。まるで」


 間が空いて、ぼそり。少女ケイトがそう言った。蛸の方ではなく、眼下の街を見下ろして、まるで独り言のように。


「光栄です。貴方様にそう言って貰えるとは」


 虹色の半透明な殻を背負った蛸は、心底感謝しつつ、本心として浮かんだ言葉は口に出さずに飲み込んだ。


『いえいえ。そう形容されるには、まだまだ至りませんよ』


 他の蛸たちは既に背から降りて、街へと帰っている。少女ケイトが言葉を選ぶ必要に迫らないようにという、たこの代表者の心遣こころづかいである。


 声が聞こえるのも、息ができるのも、巨大な魚のお蔭であるとは聞いていた少女ケイトではあるが、特にそれに驚きも何もなかった。


 そういう不思議に、彼女は飽きてしまうかと思うくらいに慣れているから。


 それに、不思議さで言うと、今その背に乗せてもらっている、不老のうちの一種類を収めている、その巨大魚。


 ()()()()()()()()()()()クーがその中身であると知っている。不思議さというのは、ドキドキとワクワクだけではない。それは時に、底知れぬ恐怖や絶望や諦念であると知っている。


 そして、得てして、遭遇する不思議というのは、不思議と、そういう負の面が際立っていることが多いもの。


 少女ケイトはよく知っている。深く、強く、知っている。クーが抱える事情とその特異性を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 だから、大()()()()()()()()()()()()()()()()()()、あんな風に、自身の目を思考をピントをぼかすように、逸らしていた。逃がしていた。


 少女ケイトは黙している。彼女の勘という経験則が、ささやいていた。それは、いつものような諦念のささやき。恐らく、彼らの目論見は失敗に終わるだろう、と。


 その顔に自然と浮かんでいたいを、たこ気遣きづかう。


「半ばおどしのように連れてきてしまい、本当に、申し訳ありません……」


 それは蛸の心の底からの言葉であったけれども、少女ケイトからしたら見当違いな謝罪。けれども、心の籠ったそれに対して、少女ケイトは、今度は蛸の方を向いて、それに対してちゃんと答えを返した。


「そのことじゃあないわ。それに、納得して私はついてきた。そうするって、ずっと前から決めていたから。私は貴方たちに贖罪しょくざいしなければならない。けれど、奇蹟きせきだなんて、起こせない……」


 返し過ぎた。言い過ぎてしまった。明かす必要のないことをただ口にしてしまったというだけに留まらない。彼らが為に、被り続けていなくてはならないとした仮面を、彼らの代表の前で、あっけなく外してしまったということなのだから。


 しまった、と思って口を塞ぐことさえしなかったのは、それさえもきっと――諦めているから。少女ケイトは医学者ではあるが、研究者ではない。できることは、知っている範囲の知識で救えるだけ。おまけに、子供としての周期である今は肉体の実質的な年齢に引っ張られている。幼く若返ってしまっているその体の年齢に。


 だが――


「ありがとうございます。()()に隠さず口にして頂けた」


 たこは少女ケイトにとって、予想外の反応をした。それは、蛸にとっても予想外だった。存外に、正の方向に。だから、かしこまりから彼女に付けていた、様、が自然と外れた。


「だから私たちは、貴方が無理と結論を出しても、貴方を返すと決めています。今の私たちの我がままと、先祖の受けた恩。私たちはそういう塩梅にバランスを取ると決めました」


 スタンスまで明かした。蛸たちの代表として、その蛸は仮面を外したのだ。


 予想外。それは、彼女にとっては、負の方向に――予想外。


 少女ケイトはただ俯く《うつむ》しかできなかった。自身に奇蹟きせきは起こせない。そうやってあきらめたのはもう、ずっと、過去。背負えないとあきらめてしまった、救済をもたらす者という役割そのものだから。


「ごめんなさい」


 ぼそり、ただ、口にするだけ。虚ろな言葉。


 ブクブクッ――


 たちのぼる、泡。藻屑もくずとなってそれは消える。あきらめたとて、悲しみの源泉は枯れてはくれない。


(偽りの勇気すらしぼり出せない。ほら。奇蹟きせきなんて――起こせない)

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