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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部 第二章 悪徳者の軍勢
466/493

第三百三話 遠回りして引く弧

――毒の海域に覆われた島()()()()()()の船出から数日後――


 市長室。窓の前に立つ船長と、椅子に座り、不安を浮かべている市長。


「どうするんですか……」


 机の上に両肘を立ててついて、掌を重ねて、その上に額を置いて、絞り出すような声で、市長は言った。


「どうもこうも無ぇ。辿り付けなかったって考えるべきだろう」


 背を向けたまま、船長は言った。


「……」


「おいおい……。分かってたんじゃぁ無かったのかよ。魚を採りにいった訳じゃあ無えんだよ。助けを求めにいってただけだ。交渉材料に、()()()()()()()を携えての、な」


 船長は、振り向いて、近寄って、そう市長に言った。そして、加えて、こう続けた。


「で、状況は整った。助けは来ねぇ。水も食糧もそろそろ底が見えてきた。じゃ、もう、こっから逃げ出すしか、無ぇだろう?」


「どう……するんですか……」


 市長は変わらずそう言った。


「どうしようも無ぇ。最初から、な。責任は感じているぜ。だから、ちゃんとできることは最後までやってやる。これは、俺、じゃなくて、俺らとしての総意だ」


「貴方は……変わってしまった……。仲間の死を仕方ないことだとしても、それでも人前とはいえないこんな場所では、泣かずにはいられないのが貴方という人間だったと私は覚えています。姿形は変わらないのに、貴方は確実に、以前の貴方ではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()意のままにする、今の貴方を、私は……、私は……」


 そう、市長に言われ、


「返す言葉も無ぇよ」


 船長が口にした言葉。そこから、一切の嘘も作為も感じ去れなかったそんな、悲し気な言葉に、市長は唯でも苦しい胸が、更に苦しくなるだけだった。






――更に数日後――


「さて。ここらがもう限界だ」


 街の中心部。海が近い大通り。殺気立つ人々による人垣。その中心にいる船長。そして、市長。高らかに現実を口にしたのは船長であった。


 市長は思う。


 確かにここが限度だ、と。人々が、殺気立つほど、詰みを感じつつも、話を一切聞かず、問答無用に私刑を行おうとはしないという本当に限度も限度。


 この男は、それを寸分違わず、見極めたのだと、市長は思った。自身にわざわざほのめかすように、人々にこの展開をそう遠くなく想像させつつ荷物をまとめるよう促したことも。


「ここにいたら、もう死ぬだけだ。どうしようも無ぇ。本来、あの燃え盛る巨大な魚に滅ぼされてたところを、折角ひろった命、捨てちまうのか? 生きていれば次がある。先がある。どうせ毒も当分は消えねぇ。魚たちは毒が消えてもすぐには戻って来ない。だが、いつかは、それらの問題は解決する。そのときに、戻ってきたらいいだけじゃあ無ぇのか?」


 あっけない位簡単に、空気は変わる。そして、トドメとでも言わんばかりに、船長の背後遠方に、それらは現れた。


 海岸と街の境となっている、石積みの台地に寄せられて並ぶ、鉄の船。先日海へ出た最初の船との違いは、それらの形と大きさ。幅も長さも、十人程度が余裕を持って乗り込める小舟程度の大きさであった。燃料は変わらず。


 船員たちが、船の上に立ち、手を振っている。それが小さくとも見える距離。囲いが固まる場所まで計算尽く。そう、市長は船長の横で、もう色々とあきらめていた。きっともう、自身が何を言っても無駄で、この流れはもう変えられないのだと。


 散るように走り出して、荷物を背負って、家から出てくる人々。老若男女問わず、誰も彼もが準備万端だという有様。


 彼らが再び作った人垣。囲いの中心に向けられるのは、希望に変わりきっていた。


「皆、同じ方向へ向かう。この市長が、交渉はしてくれるだろう。交渉材料もちゃんとある。住む場所も、食べる場所も、ちゃんと確保できるだろう。職については、各々に頑張ってもらわなきゃなんねぇが、一人じゃねぇんだ。なんとかなるさ!」


 と、綺麗に占め、歓声が上がる。


「じゃあ、船に乗り込め!」


 走り出す人々。


 家族同士、恋人同士、ある程度いっしょに乗り合わせられる、積載人数に食糧。最初の船の、船としては異様に突き抜けた走りを事前に見せていたことからの、何処かしらの陸地に辿り着けるであろうという未来が十分に期待できるという展望。


 そう。助かるのだ。彼は見事にそう思わせた。不安を抱かせるところから、上手く上手く、やってみせた。ゴールまで綺麗に線を引いてみせて、その上を人々に歩かせた。


 自分にはできはしない。だが――彼が考えていることは本当にこれだけなのか、と市長は思わずにはいられなかった。


 人々が散って。自身と船長だけがその場に残って。


 それが、尋ねるなら、問い質すなら、きっと最後の機会。


「どうした爺さん。あんたが乗り込まなきゃあ、始まらねぇぜ? まさか……残るとか言わねぇよな?」


 そう、驚いた顔で船長に言われる。とても自然な風でいて、だが、だというのに――それが怪しく思えて思えて、仕方が無かった。


 市長は、迷った。


 迷った。迷った。苦悩した。船長の向こう、荷を載せ、船へ乗り込む人々が見える。台無しに、したくない。()()()()()()()()()()()()()、今見えている光景が無しになることだ。


「……。まさか……」


 と、市長は、船長を置いて、逃げるように走り出した。並ぶ船の方へと向かって。


 市長は、そう、選択した。

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