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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部 第二章 悪徳者の軍勢
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第二百九十九話 砂海の仮設港

数日の長距離移動。移動、と言うには余りにも過酷かこくだったそれは、行軍という表現こそ相応しい。言葉通り、かわきで死に掛けた、黒布を深くまとった男は、海岸に上陸してきて、仮の港を展開していた、見掛けない服装の集団の者たちの一人から、奪い取った水を、彼らが中心的に分布している部分から数十メートル離れて、恐らくそれが彼らが物品を展開した最も外縁部、雑に積み下ろされた等身大の直方体のコンテナの影で、摂取し、()()()()()()()が解けるのを待っていた。


 水を奪うために、仕方なく亡き物にした存在も引っ張ってきていた。当然、隠すため。そして――それが()()()()()()()()()、確かめる為。


 地面の砂の粒が、しっかり見えるようになった頃、男は結論を出した。


(そういう……ものらしい……)


 流石に、そこでぼそりと声に出してしまわない程度の警戒心と分別が男にはあった。そうでなければ、弱った状態から、上手いこと、水を他者をほうむることで手にするなんてこと、できはしない。


 男の視界に映っていたのは、全身が黒いもやのようにぼやけていて、そんなもやに全身を覆われている亡骸なきがらであった。


「おぉい! 箱運び! 何をぐずぐずしている!」


 それは、ノイズの掛かった声。


 びくん! と反応する男。心臓が止まるかと錯覚した男は、一瞬で青褪あおざめていた。積み上がった箱の隙間から、向こうをのぞいた。砂音を立てて、そこの亡骸なきがらと同じ格好をした何者かが、こちらへと向かってきていた。


(どうすれば……いい……)


 箱に開け口はぱっと見、見当たらない。開け方が分からない以上、中に入るという選択肢は取れない。やり過ごせはしないだろうということは明らかだった。自身だけでなく、そこの亡骸なきがらも何とかしないといけない。


 それができるとは到底思えなかった。


 亡骸なきがらを二度見て、男はもう、それしかない、と判断した。背格好は恐らく、変わらない。なら、完全とはいかずとも、()()()






「おいっ! たく、返事位、しろ。のろま」


 バコン! 背中をられ、ふらつく、箱を持ったままの、()()()遺骸いがいからぎ取った服装を、自身の衣服の上からまとっていた。


 きっと、亡骸なきがらとなった者と、見分けの区別は幸い、ついてくれなかったようであった。加えて、りを放った者は、名前を呼ばなかった。更なる幸いである。


 きっと、亡骸なきがらとなった者は、下っ端の上、仲間内での地位も下の下。数十どころか、数百はいそうに見える彼らの中のうちでも、中枢ちゅうすうからは外れた者だったのだろう。体つきは貧弱であったし、顔つきも何処か弱々しかった。


 り心地も恐らく違ったであろうに、そのようなことにすら気づけぬ相手、ということである。亡骸なきがら隠蔽いんぺいというもう一つの大きな困難は、箱をわざと崩し、組み直し、下敷きにして隠すことで上手くやった。


 蹴りを入れた男が、手伝いもしなかったことも、またひとえに幸運であった。


 男は、自身の狙いの成就が見えてきた、と内心ほくそ笑んでいた。


 そうして、数百人で上陸したらしい彼らが多く集まる場所へと堂々と男は進んでいった。途中、接岸してある船を見る。


 こんな砂地に直接寄せてしまえば、乗り上げてしまい、もう海へは出れない。だからなのか。今自身が手にしている直方体の等身大の鐵色くろがねいろの箱が、海岸から、せり出すようにめられて、海岸から少し離れた船まで、伸びていた。


 それが船と男に視認できたのは、フォルムが船のそれであったからである。


 黒く、ぼやけた、今自身が纏っている服と同じ類の、しかし、もっと強いぼかしの掛かった、ヴェールというか、覆いというか。そんなもので、自分が記録から知る船よりも、一回り二回りでは済まない、まさに巨大な、どうして浮かんでいるのか分からない巨大な船が、船のフォルムとして、そこにはあった。


 どこから乗ればいいのか、まるで分からない。荷物の積み下ろしが見れていれば違ったのだろうが、不幸なことに、男がこれらを視認できる頃には、積み下ろしは既に終わっていた。


 だから、男は考える。


(なら、この箱は、何に使う、というのだ? 海岸で使う分は、あそこに見えているのが全部だとして……)


「余所見をするな。そんな余裕あるなら、もう一つ追加で運ばせるぞ。そして、つぶれて、干からびてしまえ。役立たずめ!」


 すごまれてもあまり怖くはなかった。声のせいか、あまり、圧を感じなかった。声というよりは、雑音が響いている、といった感じに近かったからかもしれない、と男は独り、納得した。


 取り敢えず、足取りを少しばかり早くした。


「できるなら最初からやれ! 手筈てはずは分かっているな! よし!」


 何か、一方的に言われ、その者は向こうへ走っていってしまった。正体を怪しまれ、追及されることは無くて済んだとはいえ。こちらは何も答えていない、というのに。


 手筈てはずとは何か? と男は考える。


 恐らく、事前に説明があって、どうそれぞれが動き、どういった役割を果たすか、というのが決まっていたのだろう。そして、この数百人の大人数。何か、大きなことをやるに違いない。


(船を奪う、というのは現実的ではない。記述によると、あれらよりはるかに小さな船であっても、数人による操舵が必要。なら、これら数百人に加え、これらの大量の物資を積んできたあの船は――もう、紛れる他あるまい。それこそ堅実で確実だろう。その為には先ず、その時まで上手いこと溶け込んでいなくては。幸い、意思疎通を行う必要はない。この奪った装束の者の役割を、果たせばいいだけである)


 男は、探した。


 立場の強弱というのは、このような、互いの名前を呼ばず、互いの親しさが薄い集団では、役目の強弱でほぼ決まるといっていい。


 なら、探すのは、先ずは、自分と同じように箱を運ぶ者であるが、残念ながら見当たらない。だから、次にと、探し、見つけた。自分のように、背中蹴られ、せかされる、重い何かをくるんだ、白い布きれを運ぶ者を。

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