第四十五話 絶対捕獲包囲網
「お前ら。よく集まってくれた。」
場所は、本拠地の食堂。船員たちは席につき、船長と少年が前に立っている。船員たちは、船長が何をこれから言うか知っている。確信しているのだ、おもしろいことになるということを。
「船~長! 船~長!」
「待ってたぜ。」
「いよいよだな。」
「言うとおり集まったわよ!」
「もったいぶらず早くいっちゃいなよ!」
「ふ~んふふ~ん、ふ~ん。」
「あれ、ポンも隣にいるなあ。」
「きっとあの子も絡んでるんでしょ。」
大盛り上がりである。船長と少年はその様子を見て、胸が高まっていた。二人は、伝わってくる熱意から、作戦の成功を確信していたのだ。
「俺がこれからやろうとしているのは、新種の海生生物の捕獲だ。要するに、新種のモンスターフィッシュ釣ろうぜってこったぁ。」
そう熱く語った船長の口には大きな笑みが浮かんでいた。船長のその一言に、その場にいる船員たちは大歓声を上げた。
「俺とボウズが昨日、発見されていない新種の海生生物を見つけたからだ。この島の」
少年にも賞賛の嵐が。思わず照れる少年。
「この阿蘇山島は、本島と、俺たちが今いる分島から成る。で、その外側を環山で覆われているわけだ。つまりよ、ここは、一種の生簀みたいなもんなんだ。俺とボウズが昨日見たあいつはこの阿蘇山島からは当分出られないってこったあ。門が開くときしか外には出られないんだからなあ。」
「要するに、確実にいると分かっている新種を釣り上げるってこった。どうだ、お前ら。」
割れるような拍手喝采。そして、士気が最高潮に達する船員たち。食堂は、その熱で満ち溢れる。船員たちは熱い汗を流し始めた。興奮の汗を。
「俺が考えた作戦はこうだ。」
船員たちは一斉に静かになる。そして、船長の言葉に懸命に耳を傾けるのだ。猛る心を抑えつつ。
「まずは、借りれるだけ借りてきた5人乗りの船に分かれて乗って、それぞれ散らばって釣りを行う。これだけの人数でやりゃあ、数日であいつを引っかける機会に誰かが恵まれることになるだろう。」
「で、引っ掛けたやつは、それがあいつだったら何としてもその体を海面に出させろ。そしたら、あいつに向かって俺が用意した秘密兵器を投げつけるんだ。全員に5こずつ配るからな。同乗してたやつも秘密兵器を投げつけろよ。」
船長が船員たちに配り始めたもの。それは、球だった。黒い靄のようなものが透明なボールのようなものに入っている。ボール部分は透き通っており、寒天のような触り心地である。
「これ何なんです?」
「こいつはなあ、名付けて、"脅威玉"だ。あの腹の中の町で俺たちを苦しめたコロニーピラニア。あいつらのこと覚えてるか? この玉の中に入っているのはあいつらの血だ。ピラニア共の血をその透明な球の中に注入したんだ。」
「コロニーピラニアの血には、敵や獲物を威圧する効果があり、ピラニア自身に与えられたストレスが強いほどその効果は大きくなるということが最新の研究から分かったそうだ。出所はこの町の釣人協会だ。それとセットでピラニア共の血も貰った。」
「ボウズがこの町の釣人協会の支部にコロニーピラニアの雌を預けたんだけどよ、預けられた日から早速実験始めたらしくてよ、最初に取り組み始めたのがコロニーピラニアの生態調査のための繁殖だと聞いて度肝を抜かれたぜ。でよぉ、凄い勢いでピラニア共が増えるもんだから、間引きやれって俺は呼び出されたんだ。手間賃寄越せって言ったら、最新の研究成果と、俺が間引きしたピラニア共の死体から取った血渡されたんだよ。」
少年の名前を船員たちが叫ぶ。賞賛の声。船長への賞賛よりもずっと大きかった。
「おい、お前ら。俺が凄いんだよ、お・れ・が! おい、聞けって!」
船員たちは船長のその言葉を聞いて笑うばかり。少年も横でげらげら笑っていた。船長が咳払いをするとまた周囲は静けさを取り戻す。
「脅威玉は、モンスターチェッカーに反応が出ることは確認済みだ。だから、もし獲物が敵意が小さかったり、それを隠すことができる場合でもその居場所を確実に知ることができる。」
「で、脅威玉をぶつけることに成功したら、全員で船に乗って、獲物を釣り上げる。恐らくだが、釣り上げるには数十人の力が必要になるだろうから、特注の釣竿も用意しといた。こっからはボウズ、説明頼むわ。」
それまで沈黙を保っていた少年が遂にその口を開く。少々悪そうな笑みを浮かべながら。そう。少年はこの時を楽しみにしていたのだ。今回の作戦のもう一つの肝。超巨大な獲物を釣り上げるために必要なそれを船員たちに紹介し、テストするのを。
「俺が小遣い稼ぎで働かせてもらってる釣具屋で用意したで。もう届くはずやから、届いたらみんなで使ってみよ。普通の釣竿とはだいぶ感じがちゃうから。」
少年は高笑いする。興奮が止まらないのだから。
届いたそれを見て船員たちは大きな戸惑いを見せる。それは釣り竿にはとても見えない。丸太。それは長さ20m、直径30センチ程度の丸太のような太さの、木目のある、明るい茶色の柱だった。
「いや~、ポン君に頼まれたときは正気を疑ったよ。こんな釣竿聞いたことないよ。竿じゃなくて、もう、柱。柱だね。しなる柱。」
届けに来たのは、少年が働いている釣具店の店員、上州だった。巨大な荷車を汗だくになりつつ引いてきたのだった。その巨大な竿を積んで。
「よぉし、お前ら。一旦持ってみようぜ。まずは持ち上がるかどうかだな。」
船員たちは柱の左右に交互に並び、掛け声とともにそれを持ち上げる。どうやら重さはそれほどでもないらしく、船員たちは驚きをあらわにする。
「僕一人で運べるんだから当然だよ。はっはっは、凄いだろ。皆さん、もしそれが役に立ったなら、今度僕の店に来店してくださいね。では、僕はこれで。釣くん、どんな感じだったか、使用感詳しく報告頼むね。」
「ほんと、こんな無茶なお願い聞いてくれてありがとな。船長がきっと後で色つけてたんまり報酬払ってくれると思うわ。じゃあ、任しといてくれや、上州さん。」
「はは、期待してるよ。僕は疲れたからそろそろ帰るね。あ、皆さん。一応、釣り上げる動作もやってみたほうがいいですよ。」
上州は、少しふらふらとしながら、荷台を引いて帰っていった。
『やっぱりあの竿一人で運んでもらったんはまずかったな。今度なんか埋め合わせしとくか。』
少年がそう反省したところで、船長の号令が飛ぶ。
「えっと、前の方の奴らは、どんどん後ろに下がりながら、竿を高い位置に上げていけ。それでたぶん何とかなるだろう。」
ゆっくりであるが、なんとか竿を引く動きを行うことができた。これで準備は完了である。少年たちは小舟に分乗し、担当の海域での捜索へと向かったのだった。




