第二百九十二話 騒めく議室
「そんなじゃあ、東京フロートどころか、日本国にさえ辿り付けない!」
リールが、机を、バン、と叩きながら、糾弾する。
「そうは言っても、これが限度だ。全ぶっぱだぜこれで……」
しゅんとする、豪快な男。周りは口を挟まない。先ほどまでは挟んでいたが、話が進まないが故に、自然とそうなった。
分かる者同士が話し合う。そんな形になっていた。
少年も黙っている。リールが即座に提示できる札を出して、それを譲渡する代わりにと交渉を強引に始めたのを見て。
コンパス。
あれを出した。"虚像付き通信機"二つと、"モンスターチェッカー"を一つ。
リールが平静を失っている訳ではないことを察した少年はリールの傍、その一歩後ろへ退いて、そうして、それの価値を示した上での、荒旅の為の足を要求。見返りは、オーハーツと言っても差し支えのない、テクノロジーの結晶二つ。
「じゃあ、他から持って! 私たちはこれだけのものを出した。貴方たちが逆立ちしても手に入れられないと断言できるだけの代物。強引な手の一つや二つ、あるでしょう?」
リールは凄む。冷静に凄む。
事態は動いている。世界は動いている。自分たちが時の檻に閉じ込められていた間に。断片しか見ていないのに、起こり得ない筈のことがいくつも起こっている。
団の者たちの安否は怪しい。自身の家の状態も怪しい。数十年。それは、世界が変貌するに十分な時間。一刻も早く知る必要がある。多くを。
「あると言えば……ある。片道切符になってしまっても構わねぇって言うんなら……」
言い淀む豪快な男。
「私は冷静よ。自分の家が取り潰されたと聞いても。釣人旅団が半壊したと聞いても。私たちが海底でいた数日は数十年だったって知っても」
周囲の雰囲気は重くなる。重苦しく、冷え切って。集団による雰囲気の圧による無言の抗議すら、豪快な男の周囲はできなくなっていた。
そして、豪快な男も、もう可哀想なくらい、汗だらだらとして、顔色が悪くなっていた。
「交渉の席についてられてる。今はね。けれど、それもいつまで続くか分からないわ。これ、欲しいんでしょう? 喉から手が出る程欲しい筈。けれども、これじゃあ足りない。そう言いたいの?」
そう、"虚像付き通信機"と、"モンスターチェッカー"を翳し、交渉相手たちに見せつける。
「……」
豪快な男は俯き、沈黙する。
「じゃあ、追加。東京フロートへ行く際に、一つ寄り道しましょう。そこは、コレを作った奴がいるところ。半壊した船だって、そこでだったら直してしまえるでしょう」
「……」
未だ、豪快な男は首を縦に振らない。
「確実を期して」
と、リールは椅子から立ち上がる。そして、"虚像付き通信機"を操作し始めるリール。そして、映った像。道具が道具。明かさなければ、その機能の全ては明らかにできようもなく、現代の技術で解析できる類では決してない。
ザザッ。
結ばれた象。
リールがそれに向かって言う。
「久方振りね」
両手を後ろに組んで、白衣を着て、以前よりも若干腰の曲がった、かの男の姿が浮かび上がっていた。
「ほぅ。懐かしい顔だ。ふふ。これは是非とも問い質したい。できれば直接会いたいところ」
反応して、何かぶつぶつ呟き始めるその虚像。
それを彼らに見せながら、リールは言う。
「これでも足りない?」
そう、腕を組んで仁王立ちし、豪快な男に言う。権外にこう言っていた。最後通牒よ、と。
「……。分かった……」
そう豪快な男は重々しく、絞り出すように言った。周囲がとうとう口を出し始める。懸命に止めようと声かけしたり、越権行為だと咎めたり。
「やめろ! 全ての責は俺が負う!」
ガンっ、と机をたたき、立ち上がる豪快な男。
「それに――お前ら。まだ分かんねぇのか。俺らは知ってはいけないことを、知ったんだよ。タダ取りなんて、この嬢ちゃんたちが取らせるタマかよ。それこそ――鏖しにされんぞ。嘗ていた本物の海賊以上に海賊やってるのが、俺らの相手なんだよ!」
周囲からは、反抗の気配は消えた。それどころか、震え出し、怯えだしていた。
少年とリール。二人が、豪快な男の言葉に乗るかのように発した、モンスターフィッシュと対峙する際の気配の発露によって。
底知れぬ圧に、豪快な男以外は悉く、屈した。
そうして、少年もリールも、豪快な男たちが口にした、それだけは信じられなかった情報の真と取る意外、無くなった。
(おっさんが……)
(船長が……)
少年とリールは互いの顔を見合わせて、同じ結論に至ったと、影を落とすのだった。
((海賊に……))
『第四部 第一章 囚われの御姫様 完』
次章、第四部 第二章 悪徳者の軍勢




