第二百九十一話 思惑の長短
「さぁて。じゃあ、説明してやるよ。一応言っておくが、お前ら。話の腰折るなよ。お前らは聴くだけ。聞き返していいのは、そこのこいつだけだ」
円卓。
白い部屋。会議室。豪快な男の真向かいに少年。その間のいくつかある椅子に、何人か座っているのが、豪快な男の仲間である。
なお、リールはいない。つい先ほど、出ていったからだ。
だから少年の目線は、自身の真後ろである、出入り口の方を、豪快な男が開始の言葉を述べるつい今まで、向いていた。
出ていったのはリール。豪快な男の仲間の一人である女性に伴われて。
少年の切り替えは今度は終わっていた。
「宜しくお願いします」
そう、ぺこりと、豪快な男と他一同へと、そう頭を下げた。生優しい声と微笑みが漂った。そう。この会議室に集まってから、リールが出ていく下りと、今の下りまで、実に、少年は、愛らしいく子供らしかったのだから。
この中では最も少年と関わっている時間の長い豪快な男以外からの第一印象は凡そ花丸、という訳になった。
「よく分かんねぇ奴だな。ったく」
そうやって笑う豪快な男に、左右から小突きという茶々が入る。緩く、連続的に何度も入る。
「はいはい分かった分かった。分かったから話進めさせてくれ」
豪快な男は面倒臭そうにそれをあしらう。慣れた調子で。そして、話を始めた。
「話し合いってのはな。どっちかが言いだして、もう一方が受け入れたなら、それで成立するんだ。ん? なぁに。そんなに難しいことじゃない。ただ、意思表示したらいいだけだ。話がしたい、ってな。簡単だろう?」
得意げにそう言う豪快な男。
小突きとヤジが入るが、スルーする豪快な男。ヤジの声も、少年が豪快な男の声を聞き取るのに邪魔にならない程度であるし、悪ノリではあるが害悪という訳ではなかった。
それに、少年もやりやすかった。気遣う必要性が薄れて感じられたし、だからこそ、変に自重したりすることなく、疑問を思うが儘に顔に態度に、時に声に出すことができた。
「そこで、だ。話し合いってのは通じない場合ってのもある。絶対に通じない場合ってのがな。まず、言葉が通じないし、こちらの表情や態度も通じない。逆も然りだ」
今度は例を出されたり、詳細に説明されなくとも、その類題が少年の脳裏に浮かんだ。
「モンスターフィッシュ、とか?」
豪快な男はそれに納得したが、周りが腑に落ちない、今一つしっくりこないというような模様。少年はそれが見えていない。豪快な男はそれを把握した。だから、
「そうだな。はなから意思疎通できねぇしな。他には?」
もう少し、例を少年に出させることにした。
「う~ん。こっちの言うこと全部否定する人とか、怒り狂ってる人とか?」
少年の、ちょっと吟味された言葉。奴、と普段の言葉選びでなかった辺り。ちょっと、気づいて、慮ばかることができたようだと、豪快な男は理解した。
「そっちが主だな。モンスターフィッシュ相手だと、俺らだと交渉の札何も無ぇよ」
豪快な男がそう言うと、賛同と、何かちょっと笑いが飛んでくる。
「で、だ。今まで言ったことひっくり返すようだが、交渉っていうのは、誰とでもできる。それこそ、意思ある相手であったら、どのような奴でも、それが人じゃなくてモンスターフィッシュであっても、な。見方を変えよう。交渉ってのは、思惑のすり合わせだ。俺の思惑と、お前さんの思惑。擦り合わせて、いい感じにしよう、ってな。要するに思惑だ。思惑を擦れえればそれでいいんだ」
「? おいおい。ひょっとして、ちょっと疲れているか? 察しが下にいたときよりもだいぶ悪くなっているな。お嬢ちゃんが戻ってくるまで休憩にするか? おおそうか。じゃ、続けるぜ」
「交渉っつぅ言い方するから、? ってなるかもしんねぇな。駆け引きだよ。読み合って、相手の動きを支配するんだ。支配できないなら、いっときでいい。制するんだ。そうして、相手を乗せる。こちらの思う流れに持っていく。強引に捻じ伏せるように言うことを聞かせるのも、相手のしたいようにさせて流れに乗せてついでにこっちのしたいこともやってもらうってのも、結局同じことだ。どちらでも、こちらは望みをかなえられる。強引なやり方はそう何度もできねぇ。流れ作って利用したらどちらも得できるやり方なら、何度だってできる」
回りくどい、だとかヤジが飛ぶ。もう、豪快な男は突っ込むこともせず、スルーする。当の少年は納得しているようであったので。
「強引な駆け引きと、上手く乗せる乗せられる駆け引き。これで腑に落ちたと思うが、もう一段掘り下げるぞ。更にこれに発展して、長さが加わる。長いか短いか。ここで言う長さというのは、時間、期間のことだ」
「あぁっ! 短い駆け引きは、戦いや強要とか! 長い駆け引きは、話し合いや交易とか! やんなあ!」
「はは。よくできました、だな」
パチパチと拍手と笑顔が飛んできた。子供扱いし過ぎな対応ではあったが、少年は年でいえば間違いなく子供である。そして、こういうのに裏表感じず単純に喜んでしまう類の、愛すべき子供である。
へへん、と何だか胸を張って、心底嬉しそうに笑っちゃうのだから。そんなのを見せてくれる訳だから、周囲は盛り上がるし、豪快な男もノリが乗ってくる。
「じゃあ、結局俺らの前に姿見せなかったあいつが俺らとの交渉で見せたカードは何ぁんだ?」
少年へのお勉強の時間、ついでに雑多な他のメンバーへの報告は続くかに思われたが、それを止める事態が起こった。
ダダダダダダダダ! ガコン!
「皆さん! これ!」
握りしめた、血と脂ついたぐしゃりとした、リールの掌程度の大きさの、広げられた紙片。そこに絵描かれたものを見て、意味が分からず困惑する周囲。リールを除いてただ一人、反応した少年。
何だかとてもリアルな絵。
暗い背景。見える、鎖。枷。両手と、両足に付けられたそれ。付けられて、座り込んで、俯いている人物が描かれている。
ほぼ白に近い非常に薄くて全体的にウェイブした長い金髪の隙間から、何か、俯き気味で自信の無さそうな目が覗いている。そんな、小さい色白な少女が描かれている。
見知った顔。
自分と同じ位の年頃の、けれども、少しだけ大人びて見せる、見掛け程は引っ込み思案ではなくて、何だか独特な距離感で近づいてきたあの少女の顔を、そう遠い記憶でない少年は覚えている。
「ポー…?」
 




