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モンスターフィッシュ  作者: 鯣 肴
第四部 第一章 囚われの御姫様
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第二百八十八話 子供騙しな熱冷まし

 長い沈黙だったからなのか。豪快な男の額からほほへ。汗が伝っていき、ぽとり、と砂に落ちた。さえぎられることなく。


「もうこの辺でええやろ」


 少年は、冷めた目をしている。無駄な労力を払ったと言わんばかりに。苛立いらだちも募っていたらしく、その声は少しばかり荒れていて投げやりだった。苛立いらだちに関しては、豪快な男によるものではない。


 こんなてのひらおどらされるような真似に立て続けに遭遇そうぐうしていること。相手は違うだろうが、嗜好しゅこう趣旨しゅしはそう違いなく、一緒であるだろうとこうやって後になって分かってしまったからこそ。


 少年の視野は、年不相応に広袤こうのうであり、それと同時に、年相応に狭窄きょうさくでもあった。


「違うんだよ……。そうじゃあ、無ぇ。そういうことじゃあ、無ぇんだよ……。()()()()()()()()()()


 そして、豪快な男の声色から、角が取れる。


「お前さんは、前来たときも、ここで振り回されたんだろ? それは何でだった? 話を聞いた限り、俺は思ったよ。()()()()()()()()()()()()()()。じゃあ、考えるべきは()()だろう? 相手が仕掛けた罠の仕組みなんてどうでもいいことだ。そんなもんは、お前さんなら、その気になったときにいつでもどうにもできる。俺だって、お前さん程ではないだろうが、そのうち気づいて、多分、何とかできただろう」


 そんな風に諭すように言う。小さな子供に、言い聞かせるかのように。気づきを与えてやるかのように。


「回りくどいわ……。何が言いたいんや!」


 少年はその意図をめず、ただ、苛立った。まるで子供だ。年相応の子供。こらえ性が無く、相手の意図を考えない、身勝手な子供そのもの。


 少年の弱点。子供故の心の特徴が、そのまま、少年の弱さであるのだ。大いに長所として働くこともあるそれは、逆に弱点として働くことも多々あり、そうなったとき、ひどく、どうしようもない。


「考え方を変えろってこった。やり方は一つじゃ無ぇ。どうやったっていいんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。んでよぉ。俺も思いついた訳だ」


 本来話が通じなかったりこちらの言い分を一切聞かないどうしようもないような相手ではないと測りきった筈な相手が、自身の言う通りにしてくれないことに我慢がならない。そんなじれた、ずるさを無意識に振るう少年は、


「くどいって……、言うてるやろがぁあああああああああっっっっ!」


 ずるいガキらしく、思うがままに、拳を振るった。


 パッ…―!


 豪快な男のてのひらが、少年の拳を真っ向から握り、止めた。そして、豪快な男は薄ら笑った目をしながら大きく大きく口を開け、その歯を見せる。唾液だえきがべっとり糸を引き、それは少年の目の前に。


「っ……!」


 目を見開いて、びびる少年。先ほどの怒りの熱は何処かへ追いやられ、動けない少年。おびえるでもなく、ただ、その異様さにまれていた。だから、動けない。目の前のそれの次の動きがはっきりと想像できているにも関わらず。そして、


 カチン!


「……(は……)」


 その口は、少年にみつくことはなかった。少年の目の前で、大きく音を立てて閉じただけだった。頭はほとど真っ白で、思考は形にならない。そして、


 ニィィッ。


 息の掛かる距離で、豪快な男の顔が、豪快に微笑んだ。


 ごくり。


 硬直は解けて、少年は、ただ、つばを飲んだ。そうなれば、考え始める。


 予想のどれにもかすらなかった展開。なら、何がしたかったのだろう。何の意味があったのだろう。狙いはどこにあるのだろう。


 非常に分かりやすいのに。それがどれ位かといえば、少年と同じ年頃の子供であろうとも、浅い意味くらいは解するくらいに。もう少し成長していれば、その深い意味まで容易く解するくらいに。


 浅い意味で、からかい。

 深い意味で、示唆。

 そんな、ただの、狂言染みた子供騙こどもだまし。


 だが、だからこそ、少年には効く。対人関係に乏しい少年にはとてもよく効くのだ。


「一旦、落ち着け。なっ」


 豪快な男は優しくそう言った。


 そこまで言われて、少年ははっとして、自分が無駄に無意味に熱くなっていたことに気づいて、しゅんとなった。


「……」


 言葉無くとも、態度が自身の非を認めていた。少年は精神的にこういう部分でガキではあったが、クソガキでは決してないのだから。


 男は、少年の背に手を伸ばす。触れるかというところで、その手は止まった。けれども結局、豪快な男の手は、少年の背中に触れた。そして、しゅんとする少年の背をさすってやっていた。無為に言葉を掛けず、顔をのぞき込もうとせず、ただ、でた。


 豪快な男をそうさせたのは、大人が子供に接する際の優しさに依るものだけでは決してない。

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