---161/XXX--- ほじくり出すどろどろの気持ち
少年は気づけば、リールと抱き合っていた。手を掛けたら、リールがその上から手を回してきた。そして、がっちりと。ぎっちりと。優しく、けれども、強く。
弱さに流れたことに気づいて手を放そうという気は浮かんだ途端にそうやって打ち消されたのだった。それでも、もやもやは消えない。いつもであったならば、抱擁によって打ち消されてくれる筈のそれは、消えてくれないのだから。
(……こんなん、分かりっこない……どうしようもない。何、なんや。何、なんなんや……)
ギリリリリ。
歯軋り。
そう。分からない。自分が子供だから、何もかもが分からない。知らないことが余りに多すぎて、無知から、無力。
(いつも、そうなんや……。ふと、気づいたら、もう……どうしようもない……)
言葉にはしていない。けれども、行動に思いは如実に表れている。そうして、言わせてしまうのだ。
「ごめん……なさい……。ごめん……な……さい……」
すぐ傍から聞こえる、涙交じりの、弱々しい声。少年はその声に感情そのままに反応してしまう。
「謝られたって……、どうしようも……、ないやん、こんなんっ……!」
拗ねるような言葉が、口から零れて、自己嫌悪する。
(何で、俺が愚痴言うとるんや……。お姉ちゃんに、怒鳴りつけとぉんや……。村のあの大人たちみたいやな、俺……。何……やっとぉんやろか……)
「……、私の、せい、で……、ポン……ちゃん……」
もう、嫌悪なんてどこかに行ってしまって、ただ、悲しかった。
「俺が……いらんことしたからや。俺が、お姉ちゃんを連れ戻しに来たから、こうなったんや……」
リールが口にしたのと同じように、自分のせいだと口にしてしまう。
確かに自分は間違えた。そう。決定的に間違えた。間違えたのは、追いかけてまで連れ戻してしまった、あの時。
けれども、それを否定することは、全てを台無しにして、踏みにじること。だから、言わなかった。今まで堪えて、抑えてつけて、静かにさせて、心の奥底に沈めたのだ。だが、それは消えた訳ではなくて、ずっとずっと、存在し続けていた。
心の中のもの。だからこそ、感情の揺れによって、それは、膨張し、浮かび上がる。意図に反して。そしてもう、それに抵抗することすら、少年は諦めてしまっていた。
(あーあ……。言ってもうてる。俺、言うてもうてる……。鼻水垂らして、涙流して、ほんと――ずるい……。昔から、ずっと、こんなや……)
そしてとうとう、
「だから、シュトーレンさんは死ぬことになったんや。お姉ちゃんの五年を奪うことに、なったんや」
言葉にしてしまった。
それを言ったなら、御終いだ。何もかも、台無し。選択の結果を、犠牲を、意思を、無為だと、無意味だと断じてしまったようなもの。
(頼むわ。俺。もう、口動かすんやめようや。……止まらんな。止まらんわな……)
「俺が、おで……が、間違っ……た……から……」
堰が崩れるように少年が口にした思いは、リールが一番聞きたくない言葉だった。それをさせたのは――そう。自分だから。
少年は首を落とし、リールの肩にうなだれた。力無く。
リールは心を抉られるような感覚と共に、我にかえる。
(そう……、なのね……。きっと、そう……。ポンちゃんは、汲み取ってしまったの。私の狡い、甘い夢を。……。…………。………………。駄目よ。絶対に、駄目。違う、って、言わないといけない。違うんだって、分かって貰わないと、いけない……。そうしないと、ポンちゃん、折れちゃう……。折れちゃう……。だから、今だけは、)
「……。自惚れないで。なんでも知った風に」
(逃げない。たとえ、ここで愛想つかされても。貫くの。こんなの絶対に、駄目、だから)
意思の籠った、強く通る言葉。
ギィユゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――
軋む程強く、抱きしめながら、そう言って、耳元に、囁く。
「間違ったのは、私」
そして、ぴたり。伸ばした生身の右手で少年の左頬に触れた。
「狡く、選んだのも私。だから私はこうなった」
ぴたり。
義手となった、異形の右手で少年の右頬に触れた。
「やったことの報いを受けて、この身以外のぜんぶ、失ったの」
穏やかに、悲しそうに、リールが口にしたのは――諦め。けれども、
「けどね」
リールが続けた言葉こそ、
「それが、私の決断。私の運命。だから、ポンちゃんは関係ない。私が決めて、進んたの」
彼女の意地。
「かわいそうに無知に利用された、可哀想な私、って……。ほんとバカよね、私って。誰のせいなんて、そんなのないんだもの。けどね、だから、言えるの。助けてくれて、救い出してくれて、ありがとうって。生きているから、こうやって、後悔の後にだって、本当にありがとうって、心の底から思えるんだから。言えるんだから。私は今、ポンちゃんのおかげで、こうやって、ここに、ポンちゃんといっしょに、いられるんだからっ」
ぎゅぅっ。
強く、しかし、暖かく、抱きしめ直される。
ぐにゅっ。
リールの頬が少年の頬に触れる。
少年は暖かみを感じた。伝ってきた涙だけがそれの原因ではないような気がした。それが何かは分からないけれども。だが、もうそんなものどうでもよくなる位、何だか、心が安らいだのだった。




