---160/XXX--- 愚痴愚痴どろどろ
「まだ、来ないわね。どれだけ待たせるつもりなのかしら」
「……」
いつまで経っても、あの男は戻ってこない。他の誰かも現れない。白い部屋。動く物の無い部屋。だから、時間の感覚は失われていく。ただ、間延びするように長く、長く。
「今はいつで、ここは何処なの? あの男は何で、勿体ぶって教えてくれなかったの?
ねぇ、ポンちゃん、聞いてる……?」
こくん。
「……」
「不安だわ。ねぇ、ポンちゃん。ここでじっとしているしかないってだけでもう、不安で堪らなくなってくるわ。私一人だったら、暴れ狂ってたかも。なんてね。……」
「……」
その部屋には、扉は一つしかない。だから、何がやって来るにしても、そこからしかない。
だから、二人とも、結局、席にかけることなく、扉の前に居るままなのだ。
黙っている必要も無くなって。沈黙を保っている理由はない。自分の中での閉じた考え。置かれた環境。それが二人を、口を開く方向へと持っていく。
互いに話し掛けようと口を殆ど同時に開いて――そこからは堰を切ったかのように。得てしてそういう時、会話というのは、理性的ではなく、感情的になる。そして、二人はここまで、溜めに溜めて、ここに至ったのだから、そうなるのは当然の帰結だった。
「静かだと、怖くなってくるの。いらないことを考えてしまうの。いけないと分かっているのに、考えないで、いられないの……。どうして、こうなったの……。どうして、どうして、こんなことになってしまったの……」
リールが愚痴を吐き続け、少年はそれをひたすら聞いて、いや、聞かせられ続けていた。もうだいぶ長いこと。
「シュトーレンは死んで、私たちは、戻っては来れたけれど、こんなの、軟禁されているようなものじゃない! ポンちゃんもそう思うでしょ? 今はいつなの! ここはどこなのよ! あれから数日しか経っていないだなんて、生易しいのはありえないわよ……。ポンちゃんも、感じてるでしょ。何か、おかしいって……。私の感覚がそう、言っているの。おかしいわよね。おかしく、ないわよね……?」
そして、それは堂々巡り。そして、リールは半狂乱な不安定。
「どうして、どうして……。気が狂いそうなの……。どうしたら、いいの、ポンちゃん……怖いの、怖いの……。怖い……の……。どうして、どうして、どうして、こうなっ…―」
「そんなん言ったってしゃあないやろ!」
少年はうんざりしながら、荒げた声でとうとう、苛立ちを返した。
『どうして、こうなったの……』
リールの愚痴は、それを起点に、何度も巡っていた。いつもであればあるはずの、言葉を返すための間を、リールは与えてくれなかった。だから少年は、相槌を打つことしか許されなかった。けれど、それも限界だったのだ。
だが、叫びで怒りが抜けると、残るのは辛さ。
(こんなお姉ちゃん……見たく……なかった……)
少年が違う行動をしたことで、リールの言葉は、ループから出た。
「私のせいだって……言いたいの……」
これもまた、少年の望まない形。
「誰がそんなん言った!」
堪ったものではなかった。結局、堂々巡り。違う繰り返しに入っただけ。
「じゃあ、誰のせいにしたらいいの! 誰かのせいにしないと、もう、立って……いられない……。ポンちゃん……、ごめん、なさい……」
逆切れするように叫び返して、リールは涙目だった。うじうじと、鬱々《うつうつ》しい空気が二人の間に漂う。
(どうして、分かって、くれないの……)
(もう……嫌や……)
心底嫌と思ったのか、二人はがくんと、力なく崩れ落ちる。
「……」
「……」
リールは俯いて、ぽろぽろ。声なく、涙する。少年は自身への苛立ちと今の現実をどうしようもできない辛さに頭の中で言葉は浮かびそうになっては、形になる前に崩れた。
ぼそぼそとした声で、少年は呟く。
「数か月でも、数年でも、数十年でも、数百年でも、変わらへんやろ……。何が……変わるって言うねん……。人間みんな……独りやんか……」
思っていても、言わなかったこと。それが、リールの考えとはだいぶ外れたものであるということは分かっていたから。
けれども、本当のところ、どうしてそれを今の今まで口にしなかったのか。その理由に少年が辿り付くことはない。少年は、自身のその才以外、結局のところ、持たざる者であったから。そうである期間が生の大半を占めているから。
だから、たくさんのものを持っているリールと、そこで決定的に相いれない。
「……ごめん、なさい……」
リールは少年とは違い、分かるのだから。然るべき場所に、立場に生まれ、積み重ねてきた。抱えてきた。家から出ても、完全にそんな自身の土台を切り離せることは決してない。
過去こそが、人を作る。だからこそ、今はまだ――少年は、決して理解には届かない。
 




