---159/XXX--- 二人きり、相談の猶予
長い長い道を、男に先導され、歩く。決してはぐれることがないように念を押されて。
そう言われるだけのことはあった。どれくらいかというと、あんなにも感覚の鋭い二人が方向なんて変わらなくなってしまう位に。
幾つかの、円弧が幾重にも重なったような、白で統一された標識も目印になりそうなものも何一つない道を、曲がって、曲がって、曲がりくねって、進んで、目が回っていた。気分もなんだか変になっていたのかも知れない。
そうして――着いたある白い扉の前。二人がそう判断したのは、男がその扉の前で、先導を始めてから初めて足を止めたから。
男がその扉を開ける。そうして、先導の間一度も二人の方を向かなかったのに、そこにきて漸く背後の二人の方を向いて、言葉無く、手招きする。
二人も黙ってただそれに従う。何も訊かず、そこへと足を踏み入れた。そして、二人は各々にその場所を観察し、考える。
(ここも真っ白やなぁ。大きな円卓が一つ。周りに椅子が並んでる。ってことは、会議室なんかなぁ? 天井が高い。ドーム状になってるからか、圧迫感はあんまないけど、広さは並の部屋一つ分位……。ま、檻じゃあ無いわなぁ。ふぅ)
(椅子の数は――あぁ、ここからが本番、ていうことね……)
少年は呑気なもので、リールは先の展開を予想して気を重くしていた。二人は敢えて、自分たちだけの会話をしないでいた。最低限の警戒を遅ばせながら始めていた。二人とも、示し合わせた訳ではないが、思考停止することはなく、先を考えているということは共通していた。
「じゃあ、また後でな」
と、男が扉に手を掛けながら二人に言う。そこからの、二人と、男との遣り取り。
「ん? どうして誰もいないんだって? そりゃそうさ。どいつもこいつも忙しいからな」
「ん? そういうことじゃない? 見張ってなくていいのかって? はは。お前ら、ここのこと全然知らねぇじゃねぇか。それに、逃げる理由も無いだろう?」
そうして、男は部屋を後にして、ぽかん、と拍子抜けた二人だけがその部屋に残された。
「……」
「……」
男が出ていってから数十分。二人は、椅子に掛けることもなく、扉の方を見て、並んで立っている。ただ、扉の方を眺めている。戸惑いと緊張。揃ってそれらを、顔に浮かべていた。
「……」
「……」
数時間が経過した。緊張はなりを潜め、困惑が代わりに浮上してきた。そうして漸く、互いが互いの顔を見合し、目で会話する。
(何なん……?)
(私も、分からないわよ……)
しかし、それには限度がある。
(相談するべきなんやろうけど……)
(自由に話できたら……)
二人ともそれだけでは事足りないことをいたく分かっている。それでもそうできないのは、置かれた状況。そして、聞かれているかどうか。
「……っ、あっ!」
リールは突然声をあげた。そして、少年に言うのだ。
「ポンちゃん。アレ出して!」
「あれ?」
伝わらないことに苛立って、
「あぁ、もうっ!」
もう、無理やりな手段に出る。まだ、安全かどうか確認はできていないのだから。
そうして、リールは少年をまさぐる。少年が戸惑っても止めない。そして――それを掴んで、少年を抱き寄せる。そして、少年の頭を押さえ付けて、俯かせる、自身も頭を下げる。二人の体と、頭を使って、死角を作る。
そしてリールは、それ、両手を合わせたよりも少し大きい程度の丸い薄灰色の板の、ざらざらな面を自分たちの方へ向けて、その表面を指先でなぞった。
それは――"モンスターチェッカー"。間髪入れずに、もう一本の指をつけ、二本。限りなく、狭める動作。対象は世界ではなく、今の自分たちの周囲なのだから。そうして表示の縮小限界――半径1kmの敵対の有無をそれは示した。
赤点は無く、警告音もしなかった。
「これで安心してお話できるわね、ポンちゃん」
「……。ふぅ」
リールはやっと、警戒を緩め、少年は困惑しつつも結局安堵した。
(……。まっ、ええか)
物申したい気持ちは、リールの表情を見たらどこかへ行ってしまったのだから。警戒音がしなかっただけでもう十分。それを使って、確認できることを微塵も確認しようとしなかったことを突っ込みはしなかった。
腹の中の島で授かった道具。それらを使えば、容易く分かる筈なのだから。ここはいつの何処なのか、なんて。




